柔道のことはニーナも知っているだろ?」
私はそう言って、投げ技のポーズを見せました。
「ああ、柔道! 知っているわ、あたし。日本人はピストルがなくても敵と戦えるのね。まあ、すばらしい!」
その足で、私はフリッツ大尉の部屋へ飛びこみました。
もちろん大尉はベッドの中で、ぐうぐうといびきをかいて寝ていました。
大尉の上衣(うわぎ)が壁にかかっています。
私はそのポケットを探りました。
すると、一束の鍵が手にふれたのです。私は大喜びしました。
それこそが、あの人造人間の指揮塔の扉の鍵だったのです。
私はニーナの手を引いて、階段づたいに人造人間のいる三階へと駆け上がりました。
ニーナはその途中で、私にこんなことを言いました。
「なんだかお芝居みたいに、なんでもかんでもうまくいくのね。
あまりにうまくいきすぎて、ちょっと怖いくらいだわ。
それにしても、フリッツ大尉ってなんてだらしない人なんでしょう」
ニーナはあきれ顔です。
私とて、まさかこんなにうまくいくとは思っていませんでした。
脱出の方法や、大尉が無造作にポケットへ放り込んでいた指揮塔の鍵束のことなどは、ちゃんと調べておいたのですが、それにしてもここまで順調にいこうとは思いがけなかったのです。
廊下にも階段にも、歩哨(見張り)の一人すら立っていません。
私たちは、あっけなく指揮塔の中に忍び込むことができました。
「これからどうするの?」
「これから、人造人間の背中におんぶされて、ここを脱出するんだよ」
「まあ、そんなことが本当にできるかしら」
ニーナは目を丸くしています。
脱出
「わけないさ。
ニーナ、見ていなさい」
私は指揮塔の配電盤のボタンを、ポン、ポン、ポンと押しました。
その次の瞬間、私は人造人間がガチャガチャと音を立ててこちらへ歩いてくるのを予想していました。
ところが、そうはいかなかったのです。
場内に並んだ人造人間たちは、まるで森の木々のように静まり返ったままでした。
「変だなあ」
「ほらご覧なさい!
人造人間は動かないじゃありませんか」
「そんなはずはないんだが……今押した人造人間は、故障しているのかもしれない。
別の人造人間を動かしてみよう」
私は別のボタンを押しました。
しかし、やはりダメでした。
人造人間は動きません。
私はだんだん焦ってきました。
そこで私は最後の手段として、あらゆるボタンを片っ端から押し、そこに並んでいる人造人間のすべてを動かそうと試みました。
すると不思議なことに、最後にボタンを押した三人の人造人間だけが列を離れて、指揮塔の中へと歩いて入ってきたのです。
私は涙が出るほど嬉しくなりました。
「ニーナ、やっぱり動いたよ!
三人動いてくれれば、こっちの思うツボだ。
さあ、君はこの人造人間の背中にお乗りよ。
私はこっちのに乗るから」
私は喜び勇んで、ニーナを人造人間の背中に乗せてあげました。
するとニーナは、不思議そうな顔をして言いました。
「人造人間を三人も呼んで、どうするつもりなの?
あたしたち二人を乗せて脱出するだけなら、人造人間は二人で十分じゃない。
一人あまっちゃうわ」
「そうじゃないんだ。
どうしても三人の人造人間が必要なのさ。
残りの一人の人造人間が、とびきり大事な役目をするんだよ。
見ていなさい、今すぐに分かるから」
私はそう言って、二番目の人造人間の背中にまたがりました。
そして背中の上からぐっと腕を伸ばし、配電盤のボタンをポンと押したのです。
すると、三番目の人造人間がスタスタと配電盤の前へ歩いていき、さっきまで私が陣取っていた場所ぴったりに立ちました。
そしてその人造人間が、私の代わりにボタンをポン、ポン、ポンと押してくれたのでした。
「ニーナ、走り出すからしっかりしがみついていてくれよ……!」
私の号令と同時に、私たちを背負った二人の人造人間が勢いよく動き出しました。
そして指揮塔の出入口から飛び出していったのです。
「出発も、機械の操作も、全速力の疾走も、それから国境越えまで、なにからなにまで、私が計画したとおりに、配電盤の前に残っているあの人造人間が順序正しくやってくれるんだ。
まあ、見ていなさいって!」
私はすっかり得意になっていました。
ニーナと私を乗せた人造人間は、肩を並べてスッ、スッ、スッと見事な足取りで歩き出しました。
そして階段をもう一階上に上ると、ものすごい力を出して扉を押し倒し、外へと飛び出しました。
そこには立派な一本の地下道が続いていました。
人造人間たちはその上を駆け出しはじめました。
だんだんスピードが上がっていき、風がヒューヒューと耳元で鳴り響きはじめました。
「ニーナ、振り落とされないように人造人間の背中にしっかりしがみついているんだよ!」
「うん!」
人造人間はまるで砲弾のようなすさまじい速さで走っていきます。
あっという間に衛兵所の前を通り過ぎ、ついに地下道から外へと飛び出しました。
草のいい匂いが、ふうんと鼻をくすぐりました。
二人の人造人間はなおも肩を並べ、風を切り裂きながら野原を走り抜けていきます。
(なんだか、あまりにもうまくいきすぎているな……)
私は人造人間を利用したこの脱出計画が、あまりにも順調すぎて嬉しい反面、どうしても不気味な違和感を拭えませんでした。
それにしても、衛兵が銃を撃ってくることもなければ、誰かが後ろを追いかけてくる気配もない――まったく、驚くことばかりです。
一時間ほど走るうちに、夜が白々と明けていきました。
心も感情もない人造人間に背負われ、どんどん広野を逃げていく私たちの姿は、客観的に見たら全くすさまじい光景だったに違いありません。とにかく、この勢いで、あと一時間ばかり走らなければならないが、途中、ベルギー兵かフランス兵にとがめられたとすると、人造人間にのった私たちは、化物かスパイ扱いにされて、誤解をまねくおそれがある。
そんなことも、新しい心配になって、私の頭をつかれさせた。
ニーナも、死人のように、青ざめた顔をしている。
彼女は、大きな眼をあいて、不安げに、しきりに、あたりを見まわしている。
そのニーナが、とつぜん私をよんだ。
「ねえ、私たちの前を、へんな自動車が走って行くわよ。
髯もじゃの紳士が、のっていて、反射鏡で、しきりに、こっちをみているわ」
「えっ、そんな奴が、前にいたか」
私は、うしろばかり注意していたので、この先駆者には、気がつかなかったのだった。
なるほど、前方五百メートルのところを、たしかに、私たちと同じようなスピードで、街道を走って行く無蓋自動車があった。
その自動車のうえから、とつぜん、ぴかぴかと、眩しい光線が、閃いた。
なにかの信号のように。
すると、どうしたわけか、私たちののっていた人造人間のスピードが、急におちて、おやへんだと思っているうちに、ぴったりと、道路のうえに、停ってしまった。
「こんなはずはない。
私は、国境附近に達するまで、人造人間を、全速力で走りつづけさせることにしてきたのに……」
と、私は、人造人間が、急に停ってしまったことに、大不審をもった。
「おい、千吉じゃないか」
太い声が、私をよんだ。
私は、前を見た。
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