初級翻訳・火星兵団 第102話

海野 十三

ではロロ公爵とルル公爵の御健康を祝して、乾杯します。
おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 一同は、杯をあげた。
そのとき、ロロ公爵が立ちあがり、
「ちょっと、ごあいさついたします。
わたくしと弟ルルとは、すでに命のあやういところを、蟻田博士に、助けていただき、地球へつれてこられました。
それからこっち、五年という長い月日を、いろいろと力づけてくださったり、ことに弟の病気をなおしてくださって、まことにありがたいことです」
 と、ロロ公爵は、頭を下げた。
ロロ公爵のあいさつは、なおもつづいた。
「わが火星には、生物がいます。
地球にも、人間というりっぱな生物がいます。
このひろびろとした宇宙をみわたしますと、ずいぶんたくさんの星が見える。
何億か何十億か、ほんとうのところは、とてもかぞえきれないでしょう。
しかるに、そのうえに、生物がすんでいることがわかっているのは、わが火星と地球だけである。
しかも、火星と地球とは、きわめて近くにいる。
現在の距離は、たった五千六百万キロである」
 ロロ公爵は、たった五千六百万キロだと言った。
(五千六百万キロが、たったかしら)
 と、千二は、目をぱちぱち。
公爵は、ことばをつづけて、
「そういうわけで、火星と地球とは隣組同志であります。
もし宇宙に隣組とか隣保班とかをつくるのだったら、わが火星と地球とは、同じ組にはいるべきはずです。
助けられたり助けたりの、そういうお隣同志でありながら、両方がけんかをしているのは、よくないことです」
「なるほど」
 と、新田先生が言った。
すると、ロロ公爵は、先生の方へ、ちょっと頭を下げて、
「地球の方には、火星をくるしめようと思っている人はないらしいが、火星の方には、地球をくるしめようと思っている者がいます。
むかしから、そういう者がいたのです。とくに今は、地球がものすごい大ピンチに苦しんでいて、その足もとにつけこんで、火星の生き物たちが悪いことをしようとしている。
「火星兵団」なんて呼ばれているものが、まさにそれさ。
ちょっと聞いたところでは親切そうに見えるけれど、本当のところは、地球の人間や馬、ウマやウシなんかを自分たちの星へ連れていって、家畜として数をふやし、そのうえで、パクパクと食べてしまうつもりなんだ。
本当に恐ろしい火星の生き物どもだよ」
と、ロロ公爵は、声はちょっとあれだけど、なかなか上手にお話しするのであった。
64 地球よ、さようなら

 大空艇(だいくうてい)でのパーティーは、大成功に終わった。
博士をはじめ、新田先生に千二、それからロロとルルのふたりの火星人の公爵たちも、すっかり大の仲よしになってしまった。
『宇宙のとなりぐみ』――そんな考えで、ロロ公爵は、地球と火星とがお互いに手をつないでいきたいと言ったけれど、それは本当にすてきな言葉だった。
そうこうしている間にも、大空艇はズンズンと宇宙を飛んで、火星にどんどん近づいていった。
前を進んでいる、火星兵団のリーダー・丸木(まるき)の乗っている宇宙艇のコースは、もうすっかり分かっていた。
彼は火星へにげかえろうとしているのだ。
そのことは、丸木艇のコースを調べることで、蟻田博士にはもうハッキリと分かっていたのだった。
丸木艇が火星へ向かうというのなら、こちらの人間がずっと操縦席につきっきりでいなくても大丈夫だ。
ジャイロスコープを使った自動そうじゅうきにすべてをまかせておけば、大空艇はどんどん宇宙を走り、火星に近づいていくのだから。
なにしろ大空艇のスピードがもっと早ければ、どこかで丸木艇に追いつくこともできたのだけれど、ここまで来て、丸木艇のほうが大空艇よりも少しスピードが速いことがわかった。
そうなってしまっては、あとは自動そうじゅうきにおまかせして、火星に着く日を待つよりほかに方法はない。
火星には、いったいいつになったら到着するのだろうか。
パーティーが終わったあと、千二は新田先生といっしょに大空艇の望遠鏡をのぞいて、丸木艇の姿をうしろから眺めていた。
「先生、丸木艇は相変わらず、全速力で飛んでいるようですね」
「そうだねえ。
ずいぶん小さくなったような気がするよ。
丸木艇は、なかなかすごいスピードが出るんだなあ」
「先生、佐々(ささ)刑事はどうなったのでしょうか」
と、千二はふと、佐々刑事のことを思い出した。
「ああ、佐々刑事か。
あの人はどうしているだろうな」
と、新田先生も佐々刑事のことを思い出して、望遠鏡からパッと目を離した。
いつだか、佐々刑事あてに無電を送ったけれど、まったくお返事がなかったのだ。
「先生、あの人は火星の宇宙艇に乗っているはずなのに、何の準備もしていないから、火星に着いても外に出られないでしょうね」
千二は、ずっと前からそのことを心配していたのだ。
「そうだな、そのことだよ。
火星は空気がすごくうすいから、そのままでは外に出られないわけだ。
空の高いところをとぶときみたいに、酸素きゅうにゅう器をつけて、下に下りるよりしかたがないだろうね。
そのままでは、酸素が足りなくなって倒れてしまうだろう」
「そうなると、佐々刑事はいよいよかわいそうですね。
きっと困っているでしょうね」
もしかしたら、佐々刑事は火星に着いたはいいけれど、そこで命を落としてしまったのではないかと、千二はそこまで考えたけれど、それは口に出すのをがまんした。
新田先生がまた心配してしまうといけないと思ったからだ。
「先生、地球はどうなったでしょうかね。
それから、大江山隊(おおえやまたい)はどうなったでしょうね」
「おお、そのことだった!
火星に行くことばかりに気がとられていて、地球のことはすっかり忘れていたよ。
大江山隊はどうしているだろうなあ」
そこへ、博士がすーっと部屋に入ってきた。
「なにを話しているのかね」
「大江山隊のことを思い出して、心配していたところです」
「ああ、大江山突撃隊のことか。
あれなら心配いらんよ」
「えっ、心配いらないのですか?
どうなったのか、博士はご存じなのですか」
「大江山隊は、とうとうがんばって、火星の宇宙艇のグループをぶっ飛ばしたよ。
わしはちゃーんと、それを見て知っているぞ」
「博士はいつ、それをごらんになったのですか」
大江山突撃隊が火星兵団をやっつけたのを博士が見たというので、新田先生はびっくりした。
「わしはそういう大事なものは、けっして見おとさないのさ。
きみのように、いつもビクビクハラハラしてばかりいるのでは、すぐ目の前で起きていることさえ気づかないだろうさ」
博士は、先生のいちばん痛いところをズバッと突いた。
だけど、博士と先生をくらべて言うのは、先生がちょっとかわいそうだった。
博士はなにからなにまで知りつくしているし、新田先生は知らないことばかりにぶつかるので、いつも落ち着いていられないのだ。
千二となると、この少年は、知らないことは知らないぶんだけ、かえって先生よりもずっと気楽な気持ちでいたのである。だから、三人の中で、このところ一番げっそりとやつれて見えるのは、新田先生であった。

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