楽しいはずの地球への帰りの旅が、一瞬にしてハラハラドキドキの不安な旅に変わってしまったのです。
「いったい、どうすればいいんですか! もう、ぜんぶ艇長さんの命令に従いますよ」
みんな、艇長の言うとおりにするしかないと覚悟を決めました。
そこで蜂谷学士は、つらい、苦しい決心をしなければならなくなりました。
「みんな、聞いてくれ。こうなったら、誰か一人にこのロケットから降りてもらうしかないんだ。公平にするために、これからクジ引きをする。赤いしるしのついたクジを引いた人が、みんなを救うためのたいせつな犠牲となって、この窓から外へ飛び出してもらう……」
みんなは顔を見合わせました。
一本、また一本と、運命のクジが引かれていきます。
ミドリさんがはじめに引きましたが、白いクジでした。
つぎにお兄さんの天津飛行士が引いて、これも白いクジでした。
そのつぎにクジを引いたのは、進くんでした。
「……あっ、赤い! 僕がロケットを降りるんだ……!」
みんなはハッとして、少年のお顔を見つめました。
佐々記者はぐっと決心して、「まえに自分の命を救ってくれたこの少年の代わりに、こんどは自分の命を差し出したい」と申し出ました。でも、艇長は最初にかわした約束だといって、首を横に振り続けました。
それはあまりにも悲惨な光景でした。
送り出す人のつらさは、外へ出ていく人の悲しさの何倍もありました。
「じゃあ、みんな、お元気で!」
くよくよするのが大嫌いな進くんは、キリッとした顔で窓に近づくと、「エイッ!」と思い切ったかけ声とともに、ロケットの外へ飛び出していきました。
「ぼくも一緒に行くぞ! 待ってくれ……!」
あっという間の出来事でした。なんと、進くんに命を助けてもらった恩がある佐々記者までが、あとを追うように窓の外へと飛び出してしまったのです。
それを見るやいなや、艇長はサッと窓のところに身を寄せ、ぐっと涙をこらえて大声で命令しました。
「このふたりの尊い犠牲をムダにしてはならない! 私たちの義務を果たすんだ! ――さあ、全員自分の持ち場について、スピードを上げるぞ! ここはちょうど、恐ろしい無重力(むじゅうりょく)の空間のすぐ近くだ。油断するな!」
でも、艇長の目はあふれてくる涙でいっぱいで、目の前が何も見えなかったのでした。
奇跡中の奇跡
進くんと佐々記者が、蜂谷艇長のロケットよりも一日も早く、無事に地球に到着したと言ったら、みんなは信じるでしょうか?
いや、それは本当に「奇跡のなかの奇跡」でした。
そのわけをちゃーんと聞いてみなければ、誰も信じられないに違いありません。
だって、ロケットの外は、何もない果てしない宇宙空間なのですから。生き残れる人なんて、いるはずがないのですからね。ところが、この幸運な二人の身に起きたのは、まさにその「めったにない奇跡」そのものだったのです。
二人がロケットの外へ飛び出した場所は、ちょうど例の「重力がない空間(無引力空間)」のど真ん中だったのです。
その空間では、からだが上へも下へも落っこちたりはしません。
ただ、ロケットから外へ放りだされたときの勢いのまま、無重力の空間をユラリユラリとただよっていくばかりでした。
もちろん、後から飛びだした佐々記者は、すぐさま進くんのところへ追いつきました。
二人がしっかりと手を取り合って、お互いに最後のお別れの言葉を語り合っていると、その横からフワフワとただよってきた一つの大きな船影がありました――それこそ、まさかこんなところで会うとは夢にも思わない、「意外中の意外」、あの裏切り者の猿田飛行士が乗り逃げしたはずの「新宇宙号」だったのです。
二人は「これは夢じゃないだろうか!」とびっくり仰天しました。
「どうしてこんなところに、新宇宙号がプカプカと浮んでいるんだろう?」
気を取り直して、その船体に近づきよく調べてみると、ロケットのエンジン(噴射ガス)へとつながっている電線の入ったパイプが、どこか固いものにぶつかったらしく、プツリとちぎれて(断線して)いました。
これでは、エンジンへガスがいかなくなって止まってしまうのも無理はありません。
それにしても、何もない空中で、よほど硬くて大きな物体にぶつからなければ、こんな風にパイプが壊れるはずがありません……。
そのとき、進くんは「ハッ!」と手を打って、なるほどとひらめきました。
「そうか、こう考えればすべてがぴったり当てはまるんだ!
――まず最初、犬吠(いぬぼう)が乗り逃げした古い宇宙艇は、まちがってこの無引力空間に入り込んでしまい、ずっとここをただよっていたんだ。
そこへ今度は、猿田が操縦した新しい宇宙艇(新宇宙号)が通りかかって、運悪くドーンと衝突しちゃったんだよ。
そのときにパイプが裂けて、エンジンが動かなくなり、そのままこの無引力空間をただようことになったんだ。
一方で、あの古い型の宇宙艇は、このぶつかった勢いでピョーンと跳ね飛ばされて、その勢いのまま月世界へ落っこちていったにちがいないよ!」
「なるほど、本当に見事な推理だな! 悪人のたどる末路なんて、みんなこんなものさ」
と、佐々記者も大きくうなずいて相槌を打ちました。
そこで二人は、さっそく新宇宙号の扉をこじ開けて中から工具を引っ張り出すと、外に出てちぎれたパイプと電線を自分たちの手でしっかりと修理し、つなぎ合わせました。
そして、そのピカピカの新宇宙号にふたりで乗り込み、再びしっかりと操縦して地球へと急いだのです。この新しい宇宙艇はものすごくスピードが出るものだったため、蜂谷艇長の一行よりも一日早く、無事に地球へとたどり着くことができたのでした。
なお、乗り逃げした猿田は、宇宙艇の中でピストルを使って自分で命を絶っていました。
機械がまったく動かなくなってしまい、もうどうしようもないと観念したのでしょう。
日本中の新聞やラジオは、進くんと密航記者である佐々記者の、信じられないような大奇跡を大々的にニュースとして報道しました。
すると、お祝いの電報や、無事を喜ぶお見舞いの電報が、山のように二人の机の上に届きました。
それは日本国内だけでなく、遠く離れたベルリンやローマから、さらにはロンドンやニューヨークからのものまでありました。
人々からの大きな温かい同情は、やがて「いまも月世界で病気に苦しんでいる、進くんのお父さんである六角博士を、一刻も早く救い出さなければならない!」という、世界中からの熱い声援にかわっていったのです。
この盛り上がり方を見れば、おじいさんである六角博士を助けに行くための「新しいロケット」が飛び立つ日も、そう遠くはないに違いありません。
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