初級翻訳・宇宙の迷子 第4話

宇宙の迷子

下界から空を見上げたところでは、流星なんか大したことに見えないけれど、今みたいにすぐそばを通られると、急行列車が五、六本、一度にこちらへとんでくるような気がして、ひやっとしたよ」
そういっている山ノ井のひたいから、汗のつぶがぼたぼたと流れおちた。
原子力エンジンは、この宇宙船で地球から月の世界をらくにおうふくさせてくれる。
それがわかっていたから、二人の少年はカモシカ号に乗って地上をとびだしたわけである。
しかしそれはかるはずみであったと、今になって気がついた。
やはり本職の宇宙旅行案内人をやとって、いっしょにこのカモシカ号に乗組んでもらうのがよかった。
二人のたのみの綱は、ある雑誌の増刊で、「月世界探検案内特別号」という本が一冊あるきりだった。
その本によると――地上からの高度六十キロメートルから百三十キロメートルの間の空間において、いん石は空気とすれあって火をだしてとぶ、これすなわち流星である――と、かんたんに書いてあるだけだった。
その流星の中には宇宙船に命中して船をこなごなにするような大きなものがあることや、それがとんで来たときにどうして船を安全にすることができるか、などということはちっとも書いてなかった。
だからここまで来たのはいいが、二人はたいへん心ぼそくなってしまった。
山ノ井の方はとくに心配をはじめた。
「やあ、あれは何だろう。
大きな山が光ってみえるぜ、おい千ちゃん、あれを見な」
川上が急に大きな声をだして、横ののぞき窓に顔をおしつけて、わめきたてる。
山ノ井は、はっとした。
大きな山が光ってみえる。
もしそれが大いん石であって、それに正面からぶつかられると、もうおしまいだ。
かれは席からのびあがって、川上がのぞいているとなりに顔をおしつけて、外のようすをうかがった。
うるしを流したようにまっ黒い大空。
きらきらとダイヤモンドのように無数の星がきらめいている。
ことに大銀河のうつくしさは、目もさめるようだ。
その銀河が橋をかけている下に、川上がさわぎたてる大きな光りの山があった。
それは五色の光りのアルプスとでもいいたい。
空中の博覧会の大イルミネーションだ。
目をすえて見ると、その五色の山脈はすこしずつ動いている。
「ああ、きれいだなあ」
山ノ井は思わず嘆声をはなった。
「千ちゃん。
きれいだなどと、見とれていていいのかい。
あれは何だい。
原子力のたつまきじゃあないのかい」
原子力のたつまきなんて、そんなものがあるかどうか知らないが、川上はそういうものがあったらさぞおそろしかろうと思って、そういったのだ。
「ちがうよ、ポコちゃん。
あれはオーロラだ。
極光ともいうあれだ。
そして山形をしているから、あれは弧状オーロラだよ」
「オーロラ? ははあ、なるほどオーロラだ」
川上は、本に出ていた三色刷りのオーロラを思いだした。
「あそこがちょうど北極のま上にあたるんだ。
地上からの高度はいくらだったかな」
山ノ井が、れいの増刊のページをぺらぺらとくって、オーロラの説明の出ているところをだした。
「書いてある。
――弧状オーロラは高度百二十キロないし百八十キロの空間に発生する。
また幕状オーロラは、さらに高き場所に発生し、その高度は三百キロないし四百キロである――とさ」
「ふうん。
ぼくたちはとうとうオーロラの国まで来たんだね」「ゆかいだねえ」

   しんぼうくらべ

 オーロラの国も、いつの間にか通りすぎて、宇宙の旅の道のりは、いよいよワンパターンで退屈なものになってきました。
なぜなら、宇宙はどこまで進んでも、黒い漆(うるし)をとかしたように真っ暗で、その黒い幕のあちこちに針で突いたような穴があいていて、そこから大小さまざまな星がキラキラと光っている――という景色が、いつまでたっても変わらなかったからです。
要するに、終わりのこない夜がずっと続いているようなものでした。
ただ、ふつうの夜には見られないものが、二つだけありました。
その一つは、真っ暗な大空を、よーく磨いた丸い鏡のような太陽が、しずかに動いていくことでした。
それはとても不思議な光景でした。
太陽はギラギラと激しく輝いているのに、まわりは真っ暗な夜の世界なのです。
どうして太陽は、まわりの空を明るく照らさないのでしょうか。
まるで力が弱くなった太陽。
急におじいさんになってしまったように見える太陽でした。
しかし、これについては「月世界探検案内」の本にちゃーんと説明が載っていました。
地上で見上げる太陽がまわりの空をすっかり明るくしているのは、空気中にあるチリや水蒸気の粒が、太陽の光をいろんな方向に跳ね返すからだというのです。
ところが、空高くへのぼると、チリもなくなれば、水蒸気ももちろんなくなってしまいます。太陽の光はまっすぐ進むだけで、ぶつかるものが何もありません。
だから、光をあちこちに跳ね返す現象(乱反射)は起きないのです。
そのため、燃えさかる太陽はギラギラと光っていても、まわりは明るくならないというわけでした。
いくら太陽がすごくても、チリや水蒸気がなければ、空はお昼のような明るさに輝かないのです。
そう考えてみると、チリや水蒸気って大した魔法使いだなあ――と、ポコちゃんはすっかり感心してしまいました。
「それにしても、なんと可哀想なお日さまだろう」
 ポコちゃんは、窓の外で見上げる太陽に、とても同情するのでした。
もう一つの変わった景色は、後ろへどんどん遠ざかっていく私たちの地球が、ついに完璧な丸い球の形に見えるようになったことです。
その地球の大きさを、どう例えたらいいでしょうか。
大きな丸いテントを張って、すぐそばに建っている塔の窓から身をのりだして見たようだと言うか、家の二階まですっぽり隠れちゃう大きな雪の玉を作って、そのそばにかがみ込んで見上げたようというか、とにかくものすごく大きな球の形に見えて、それが太陽の光を浴びて明るく輝いているのでした。
海と陸の区別は一応つくのですが、それはあまりはっきりとは分かりません。
陸の色は黄色っぽい緑色で、海はうすい青色でした。
それでも、よく見ていると「あそこが太平洋だな、こっちがアジアで、あっちがアメリカだな」と分かりました。
この大きな球である地球が、ちぎれた雲に包まれているのを見ると、なんだかゾッとするような恐ろしい気がしましたし、また、そんなに大きな地球が、支えてくれるものもないのに宇宙にぽつんと浮かんで落ちもしないのが、不思議で、なんだかあぶなっかしく思えて、山ノ井も川上も、ずっと地球を見つめていることができませんでした。
二人がめざしている月の方は、あんなに近づいたというのに、海から出たばかりの満月くらいの大きさにしか見えませんでした。
月の世界に到着するには、まだまだ時間がかかりそうです。
こうして、我慢くらべのような日が、何日も何日も続きました。
地球からのラジオ放送は、一番の楽しみでしたが、それもだんだん音が小さくなり、聞こえる放送局の数もへっていきました。
こちらのカモシカ号から地球へ送る無線通信もうまくいかなくなって、やがてモールス信号(トン・ツーという暗号)のほかは、地球へ届かなくなってしまいました。

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