初級翻訳・火星兵団 第111話

海野 十三

頭の上には長い毛のようなものが生えていましたが、これはどうやらただの毛ではなさそうでした。
普通の毛よりもずっと太いのです。
そして、タコの足のようにどちらへでも自由によく動き、伸びたり縮んだりしていました。
ふだんは、この先端がツルのようにくるくると巻いています。
これはどうやら一種の触角らしいのです。
麦わら帽子の下からこの動くツルがにょろにょろと出ていて、なんとも気味が悪いものでした。
目の下には、人間のような鼻はありません。
そのすぐ下に口のようなものがありました。
口というよりは、むしろクチバシと言ったほうが近いかもしれません。
形はタコの口に似ていました。
しかし、かなり長くて伸び縮みします。
よく見ると、その飛び出した口吻(こうふん)には、ネギについているような短い白い根のようなものが生えていて、ヒゲのようにも見えました。
だが、これはよーく見ないとわからないほどでした。
これが、丸木の偽りのない本当の顔なのです。
その下には短い胴体があり、さらにその下には長い根のような足や手が生えていました。
蟻田博士は、恐れる様子もなく丸木のほうへとじりじりと迫っていきます。
はじめはあんなに威勢がよかった丸木も、博士のすごさをよく知っているだけに、こうしてズカズカと来られると、さすがに少し気後れしてしまいました。
博士が一歩進めば、丸木は一歩後ろへ下がります。
「おい、丸木。
なぜ逃げるんだ」
「う、む。
逃げているわけじゃない。
これも作戦のうちだ」
そう言い訳をしながら、ずるずると下がっていく丸木でした。
勝負の行方は、もうすっかり明らかになりつつあるようでした。
「丸木。
逃げるな。
一騎打ちで勝負しろ。
戦うのが恐ろしいなら、降伏しろ。
そして、ロロとルルの旗の下に入れ」
「誰がそんな話にのるものか!」
丸木は大きな目をぎょろぎょろと動かしながら、こう叫びました。
「おい、博士……!」「きさまは、火星の上で、たいへん、いばりちらしているようだが、地球のことを考えたことがあるのか」
と、丸木は逆襲してきた。
「ああ、地球のことか」
博士は、平然といい放った。
「博士。
地球は、あと二、三時間のうちにモロー彗星にぶつかって、こなごなにこわれてしまうんだぞ。
そうなると地球上の人間はみなごろしだ。
きさまたち、たった三人が、地球のいきのこり人間となる。
たった三人の地球人類だ。
なんと、さびしいことではないか。
それでも、きさまは強そうなことを、いっておられるのか。
わははは」
丸木は、これこそ博士たちの一等よわいところだと、にらんでおどかした。
そんなことをいって、博士たちの元気をなくしてしまい、そのすきに、博士にとびかかろうという作戦だった。
「なにをいうか。
地球のことをしんぱいするよりも、自分のことをしんぱいしろ。
うぬっ」
博士は、大喝一声、丸木にとびかかった。
丸木はおどろいて、ばらばらと逃げだした。
博士はそれを追った。
丸木は森の中ににげこむ。
博士はそれをおいかける。
丸木は火星兵の方へ、にげようと思ったらしいが、そっちには新田先生がさかんに奮戦しているので、これはたいへんだと、方向をかえて、岩がそび立つ海岸の方へにげていった。
博士はなおもそれをおいかけた。
博士はオリンピックの選手もそこのけという風に、大きな幅とびでどんどんおいかけていく。
地球の人間がこれを見ていたら、びっくりすることであろう。
老人の博士が、若者のように宙を飛んでいくのである。
しかし、これも火星の上では、重力が小さいから、このように軽快な運動が出来るのであった。
老人の博士が、ぴょんぴょんとんでいくところを地球の子供たちに見せたら、ぼくもあのように宙をとんでみたいと、さぞ火星へいきたがることであろう。
「おい、丸木、まて」
博士はうしろからさけぶ。
「まっていられるか。
くやしかったら、ここまで来い」
と、丸木は博士をからかう。
丸木はどうやら何かたくらみを考えついたらしいのであった。
「にげると、きさまもふき矢をはなって、ねむらしてしまうぞ」
「そんなものが、おれにあたってたまるか」
丸木は岩の上を、りすのようにしきりにとんで、少しもじっとしていなかった。
博士は、これではとてもあたるまいと思ったのか、それとも、はじめからふき矢をはなたないつもりだったのか、ただそのまま岩の上をつたって丸木をおいかけた。
丸木は、いよいよとんだりはねたりしながら、とおくへにげていったが、そのうちに、どこへいったか、すがたが見えなくなった。
「はて、丸木め。
どこへ、はいってしまったのか」
と、蟻田博士は言いながら腰をたたいた。
こっちは、千二少年であった。
いつの間にか、ひとりぼっちになってしまった。
前面の森の入口には、十数名の火星兵がこっちをにらんでいたが、それも千二のもっているふき矢におそれをなしたものか、いつとはなしに、かずがへって、やがて一人残らず、どこかへ、すがたをかくしてしまった。
こうして、千二は全く、ひとりぼっちになってしまった。
「困ったなあ。
火星の上で、まよい子になるなんて、いやなことだなあ」
地球の上のまよい子ならどうにかなるが、勝手もわからなければ、まるで生まれがちがう火星人国で、まよい子になってしまっては大困りだ。
「先生はどこへいったのかしら。
それから博士も見えない」
千二は途方にくれてしまった。
これから、どうしようかと考えているところへ、ぱたぱたと足音のようなものを耳にした。
「だれ?」
千二がうしろをふりかえるのと、火星人の触手のようなものが、彼の腕にくるくるとまきつくのと同時であった。
「あっ」
千二は、おどろきのあまり立ちすくんだ。
彼をつかまえたのは、ほかのだれでもない。
それは、むぎわら帽子をかぶった丸木だった。
「おい、千二。
おれだよ。
おれは丸木だ」
「ああ、丸木さんですか」
「久しぶりじゃないか。
さっき、お前を見かけたから、ぜひあいたいと思っていた。
どうだ、おれと一しょに来ないか。
おれはお前のために、この火星国をすっかり案内するよ」
「ええ、案内もしてもらいたいけれど、蟻田博士や新田先生が僕を待っていますから、また、あとにして下さい」
「なにっ。
いやだというのか」
丸木は、千二をとらえて離そうとはしない。
「いやだも何もないよ。
ここは火星国だ。
おれは、火星兵団長であり、また戦争大臣だ。
おとなしくおれの言うことを聞いた方がとくだぞ」
千二は、はじめちょっとおどろいたけれども、だんだん気がおちついて来た。
「丸木さん。
いやだと言っているわけじゃないんです。博士と先生に、ひとこと話をしていきたいと思ったんだが、あなたがそういうのなら、つれていって下さい」
「おおそうか。
なかなかよろしい。
そう来なくちゃいけないよ。
これで、あらたまって言うようでおかしいが、おれは、君が大好きなんだ」
 丸木に好かれるとは、めいわくな話であった。
「丸木さん。
僕をどこへつれていってくれるのですか」
「まず、おれの屋敷へいこう」
「あなたの屋敷ですか。
何かおもしろいものがありますか」
「おもしろいものならいくらでもある。

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