初級翻訳・未来の地下戦車長 第12話

未来の地下戦車長

だが、その日も正午になったが、彼が睨んでいる方眼紙の上には、やはり一本の線も引かれなかった。
こうした日が、三日間続いた。
しかも彼は、方眼紙の上に、あいかわらず一本の線も引くことができなかった。
頭をつかいすぎたことと、夜眠られないためとで、さすがの彼も、半病人のようになってしまった。
その日の午後、加瀬谷少佐から電話がかかってきて、すぐ部屋へ来いということだった。
はい、まいりますと応えたものの、岡部は、たいへん憂鬱だった。
きっと隊長は、三日間の結果を報告しろといわれるであろうが、彼は、報告すべき何物ももっていなかった。
報告すべき何物もないということは、遊んでいたと同じだと思われても仕方がない。
彼は、いやでいやで仕様がなかったけれど、隊長に命令で呼ばれて、いかないわけにもいかなかったので、唇をかみしめながら、隊長室の扉を叩いた。
加瀬谷少佐は、待っていた。
そこへ入っていった岡部の顔を見ると、少佐は、いちはやく万事を察したが、それとは口に出さず、
「おい岡部。わしのところへ、このような投書が廻ってきたよ。民間にも、地下戦車をつくることに熱心な者があると見えて、これを見よ、田方松造という少年から、地下戦車の設計図を送ってよこした。よく見て参考になるようだったら、使うがよろしい」
「はい」
「こういう図面だが、どうじゃ、うまくいくと思うか」
 そういって、加瀬谷少佐は、封筒の中から一枚の紙をとりだして、それをひろげた。
その紙面には、別記のような田方式地下戦車〔第一図〕が描いてあった。
この戦車は、頭のところが、例のロータリー除雪車に似た廻転鋸になっていて、そのうしろに、車体があり、後方は流線型になっていた。
そして車体には、小さな車輪が左右で十二個つき、なかなかいい恰好であった。
「どうだ、岡部。これは実現できるか、どうか。お前の意見は、どうか」
 加瀬谷少佐は、かさねて、岡部にたずねた。
「はい。これは、前進しないと思います」
「前進しない。なぜか」
「たとえば、これを山の中腹に突進させたといたします。なるほど、この廻転鋸がまわれば、周囲の土をけずりますが、しかし前方の土をけずりません。ですから、この車体で前方へ押しても、前方から押しかえされますから、前進出来ません」
「なるほど」「では、これをどのように改良すればいいでしょうか」
「自分の考えとしましては、この先の回転のこぎりは力がありませんから、のこぎりではなく、きりに変えた方が有効だと思います」
「きりか。
どんな形のきりを用いるのか。
ちょっと、ここへ描いてみよ」
「はい」
 少佐に命令されて、岡部は少しドキッとしたけれど、ぐずぐずしているわけにはいかないので、鉛筆を手に取りました。
そして、簡単な図ではありましたが、急に思い浮かんだ形をそこに描き出しました。
〔第二図〕

「なんだ、これは? 芋(いも)か葉巻きたばこのような形だな」
 と、少佐は苦笑いしながら、岡部伍長の顔を見上げました。

第一号の試験

「はい。
すごくシンプルですが、これなら必ず前に進む自信があります」
 岡部伍長の顔は、真っ赤にほてっていました。
「どういうことかね。
説明を聞こう」
「はい。
この大きな部分が車体であります。
エンジン、乗員、そのほかの武器もここに付いています。
この前のほうの三角形は、実は円錐(えんすい)形の回転きりを横から見たもので、これがぐるぐると回転するのです。
自分が一番苦心したところは、この回転きりなんです」
「ほう、ここを苦心したか。
どういうふうに苦心したのかね」
「はい」
 と岡部は言いましたが、まさか夢に出てきたもぐらの話をするわけにもいかないので、
「……ええ、要するに、この円錐形の回転きりが深く土の中に食い込み、土を削りながら、車体を前に進めるのです」
「なるほど、ぐりぐりと深く食い込みそうだな。
車体が、大根のしっぽみたいに、きれいな流線型になっているようだが、これはどうしたんだ」
「はい。
これは、きりのために削り取られた土が車体のまわりを滑って後ろへ送られますが、それがスムーズにいくためであります」
「そううまくいくかなあ」
 と、少佐は首をかしげました。
「少佐殿。
削られた土はどんどん後ろへ送られますが、その場所にちょっとした真空ができます。
そのため、土はまるで飛ぶように、ますます後ろへ押し出されていくと考えています」
「ふむ。
これだけかね。
ほかに何か、付属品はつかないのか」
「いいえ、つきません。
これだけで十分であります」
「それは少し乱暴だなあ」
「自分はそうは思いません。
これで大丈夫です」
「そうかなあ」
 加瀬谷少佐はしばらく考え込んでいましたが、
「ふむ、何事もやってみることで勉強になるから、大至急、これを本物を作らせてみよう。
そして、その上で君が実際に運転してみるのだ」
「はっ、承知いたしました!」
 机の上で、念には念を入れて、じっくり考えることはとても大切なことです。しかし、考えただけで万事が解決すると思ったら大間違いです。
つまり、頭で考えただけでは解けないこともあるのです。
それをいつまでも考え込んで、時間も気にせず悩み続けていると、結局のところ解決できない問題ばかりが増えていき、まるで泥沼に足を突っ込んだように、身動きが取れなくなってしまいます。
だから、考えるのもある程度にしておかなければいけません。
そして、一刻も早く実物を作って試してみることが、問題を早く解決するコツなのです。
そのうえ、実物を作って実際にやってみると、机の上ではまったく気づかなかったような困難な問題が次々と飛び出してきて、進路を邪魔するものです。
そこを乗り越えなければ、本当に役立つものは作れません。
それから三ヶ月の月日をかけ、岡部伍長がはじめてデザインした地下戦車が、工廠(こうしょう)の中でいよいよ本物の形に仕上がりました。
さあ、いよいよ待ちに待った試運転の日がやってきました。
秘密を守るため、その地下戦車第一号は厳重なシートで包まれ、夜行列車に乗せられて、東京からほど近い某県にある試験場へと運ばれました。
そこは広大な原野でした。
あちこちに塹壕(ざんごう)が掘られていたり、爆弾のせいで赤い地層がむき出しになった穴がぽっかりと空いていたり、ボロボロの有刺鉄線が張り巡らされていたりする場所です。
試験に参加するのは、加瀬谷少佐を隊長として、そのほかに戦車兵の一小隊でした。
問題の地下戦車第一号は、大型の二台の牽引車(けんいんしゃ)に頑丈なワイヤーでつながれ、まわりを小型戦車に守られながら、ひきずられて移動しました。
その大きさは、三十トン戦車くらいの立派なものでした。
岡部は当然、その地下戦車の中に入り込み、座席にしがみついていました。
試験をするには、ちょうど都合よく地面が切り開かれていました。
「さあ、あの斜面に、地下戦車の鼻先を突っ込んでやれ!」
 少佐は、ときどきニヤリと笑いながら部下たちに指示を出しました。
なにしろこの地下戦車は、土の中ならぐんぐん走るのかもしれませんが、地上では前へ進むのも後ろへ下がるのも、とても不自由な代物だったのです。

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