「おい、一九九四号、起きてるか――!」
看守の後ろから、スーツ姿の二人の男が入ってきました。
私は、「おっ、保釈(ほしゃく)で外に出られるための使者だな」と直感しました。
(おや?)
私は心の中で首をかしげました。
二人の客のうちの一人は、顔見知りの医務長でした。
もう一人は、顔が日焼けした、背の高いスポーツマンみたいな男でした。
「この男ですよ。入ってきたときは、本当にひどい痔でしてね。それが私の自慢の治療法で、思っていたよりもずっと早く治ってしまったんです」
「はあ、はあ」
「どうぞ、何でもお話しください。あとでこの男の患部をお見せしましょう」
「いや、そこまでは結構です。ただ、少し本人と話をしてみたいんです」
「それはどうぞご自由に……」
その見慣れない紳士は、私の痔の病気について、いろいろと質問をしてきました。
私はそれに対して、つかえることなくスムーズに答えようと頑張りました。
だけど、あの病院のことだけは絶対に言いませんでした。
紳士は大した質問もしないまま、医務長と一緒に帰っていきました。
そのあと、私はすっかりガッカリして、便器の上にフタをして椅子代わりにしてある場所にドスンと腰を下ろしました。
(どうも変だな……)
あの紳士は一見すると医者のような質問をしていたけれど、どうも医者特有の雰囲気が少し足りないような気がしました。
何か秘密を抱えている私の心臓は、ピーンと嫌な音を立てて波立ちました。
(もしかして、探偵なのかな……?)
突然やってきた不安に、私の胸はドキドキと震え始めました。
(これはいけない!)
私は真っ先に、あの隠し持っているラジウムをどうするかという問題を考えました。
この様子だと、私の肉のポケットに入れて刑務所を出るのは、あまりにも危険だと感じたのです。
きっと出獄する前に、さっきの二人が私の体を検査するに違いありません。
もしそうなったら、今度こそおしまいだ――!
私は大急ぎで、ラジウムの「別の隠し場所」を考え出さなければなりませんでした。
「おい、丸田!」
作業場でそう声をかけてきたのは、五十嵐でした。「昨夜は大したお客さまだったな」
「うん」
「あの若い方を知っているかい?」
「背の高い男のことだろう?
――知らないね」
「知らない? はっはっはっ。
馬鹿だなァ、お前は。
あれは帆村(ほむら)という探偵だぜ」
「探偵? やっぱりそうか」
「どうだ、何か思い当たる節があるだろうがな」
「うん。
――いや、何もないさ」
「う、嘘をつくなよ。
おれが力になってやるからさ。
お前のやった仕事の中で、まだ警察に知られていない隠し事があるだろ」
「いや、何にもないよ!」
私はいつになく、この無二の親友の好意をきっぱりと退けたのだった。
いくら五年間苦楽を共にした親友だって、こればかりは絶対に打ち明けられない秘密というものがある。
それから私たちは、一言も喋らずに黙々と仕事を続けた。
それは私たちにとってはとても珍しいことだった。
普段の私たちなら、たとえ大した話じゃなくても、軽い冗談を言い合ったり、元気よく声をかけ合ったりしながら仕事をするのが決まりだったからだ。
でも、黙っていたおかげで、私はついに「とんでもない素晴らしいこと」を発見してしまった。
それは、あのラジウムを、誰にも怪しまれず安全に刑務所の外へ持ち出すためのとっておきの作戦だった。
これなら絶対にうまくいくはずだと思える、完璧な思いつきだった。
その日の昼ごはんが済むと、囚人たちはいったんそれぞれの部屋に戻され、しばらくの休憩時間が与えられた。
やがて鐘の音とともに、またゾロゾロと列を作って作業場に戻っていった。
そのとき私は、あのラジウムを包みから出し、裸のまま持ち出した。
それを、柿色の制服の、ちょうど腰のあたりの縫い目に隠し入れておいたのだ。
作業場に入ると、私はみんなに準備をするよう命じた。
私は組長だったから、仕事の最初には、みんなの様子を見て回るためにあっちへ行ったりこっちへ来たりすることが許されていた。
「おい、材料を見せてくれ」
私は痩せっぽちの青年に声をかけた。
「へえ、これだけできています!」
私はその紙風船の花びらの束を受け取ると、パラパラとめくりながら、
「おい、一枚足りないぞ」と言った。
「えっ?」
「なに、いいよいいよ」と私は言いながら、部屋の隅にある「ダメになった花びら」が山のように捨ててある場所へ近づいた。
そしてその中から、柿色の花びらを一枚ひょいと取り出した。
「こいつを混ぜておこう」
「それはダメですよ!」
その柿色の花びらというのは、実は本来なら不合格にして捨てるべきものだった。
それは蝋紙(ろうがみ)の黄色い紙の上に、うっかり桃色のインクが二重に重なって印刷されてしまったものなのだ。
二つの色が重なったことで、思いがけず囚人服と同じ「柿色」になってしまっていた。
もともと子どものおもちゃだから、少しぐらい色が違っていても大目に見てもらえることになっていたけれど、「柿色」は刑務所の制服と同じ色だったから、私たち囚人は縁起が悪いと嫌がってハネることにしていたのだ。もっとも、看守たちもそこは見て見ぬふりをして大目に見てくれていた。
「なに、たった一枚じゃないか。
これでいいんだよ。
残りのゴミ山は、すぐに捨ててきなさい」
そう言いながら、私はちゃっかり柿色の花びらを良品の花びらの束の中に混ぜ込んだ。
たった一枚くらい余分に混ざっても、仕事の邪魔にはならない。
それが終わると、私は自分の作業台のところへ戻っていった。
そこでは五十嵐が何食わぬ顔で待っていた。
作業が再開された。
私は「あの柿色の花びらがついた紙風船は、まだか、まだか」と、首を長くして待ちわびた。
(あ、来たぞ!)
その柿色の紙風船は、ついに私たちの方へと回ってきた。
五十嵐はいつもの調子で無造作に二つに折り、パサリとフットボール型の木型の上に被せた。
「やあッ!」ポーン!
と、私は丸い風船の尻あてを素早く貼りつけた。
だが、そこに千に一つの絶妙なタイミングで――いや、そんな大げさなもんじゃないが、糊のついた部分に例の「裸のラジウム」をくっつけるが早いか、その面を下にしてポーンと柿色の紙風船にピタリと貼りつけたのだった。
つまり、鉛筆の芯の先っぽほどしかなかったラジウムは、紙風船の花びらと尻あての紙の間に、見事に隠し挟み込まれてしまったというわけだ。
「いやァ――!」ポンッ!
五十嵐はいつも通りの調子で、そのラジウム入りの風船をスポッと型から外し、ひっくり返した。
私はチラリと彼の顔を盗み見たが、彼はだらしなく口を半開きにし、眠そうに目を半分閉じていた。
彼は私のこの大それた計画になど、爪の先ほども気づいていない様子だった。
私は心の底から安心し、「ポーン」と反対側の丸い色紙を貼りつけたのだった。
五十嵐はその柿色の紙風船には目もくれず、腕をサッと横に伸ばして、今まで出来上がった紙風船の山の上にドンと積み重ねた。
そこへタイミングよく検査係がやって来て、その紙風船の山を向こうの方へと持って行ってしまった。
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