そのあたりなら、空気がうすくて、水蒸気もないし、ゴミもないから、太陽の光がちらばってあちこちに反射することがないんだ。
だから昼間でも、成層圏の中は真っ暗なのさ。
ことに高さが二万三千メートル以上ともなれば、空は黒っぽい灰色に見えるものなのだ――と、「宇宙地理学」の教科書に書いてあったけど、なるほど、本当だったんだな……!
寝ぼけていたとはいえ、もう夜中だなんて、ばかなことを言ったものだ。
千ちゃんはぼくの今の発言に気がついたかなあ――と、ポコちゃんは、タヌキがやぶをにらむような、ちょっと変な目つきをして、隣の席の千ちゃんの様子をうかがった。
すると千ちゃんは、まっすぐ顔をポコちゃんの方に向けて、にやにやと笑っていた。
「あははは!」
「わっはっはっはっ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
それぞれ違う理由で笑ったんだけどね。
カモシカ号のスピードは、前もって計算していた通り、だんだん早くなっていった。
地上からいきなり猛スピードで飛び出すのは、とても危険なんだ。
乗っている人は気がとおくなったり、ひどいときには命を落としてしまうかもしれない。
だけど、地上を発進するときはわりとゆっくりしたスピードで飛び出して、それから少しずつスピードを上げていけば、乗っている人に危険をあたえないで、ものすごく速いスピードを出すことができるんだよ。
つまり、人間の体にこたえるのはスピードそのものではなくて、スピードの変わり方――つまり「加速度」が、ある一定の数値をこえると、危険が起きてしまうからなんだ。
着陸のときも同じで、着陸の場合はスピードの減り方が問題になる。
なにしろカモシカ号としては、二ヶ月の間に地球と月のあいだを往復して、さらに月の世界を見物する日数もこのスケジュールに入れておかないといけないから、とってもスケジュールがきつかったんだ。
だから、地球と月のきょりである四千二百万キロメートルの往復を、二十日くらいでパパッとやってしまいたい。
そのためには、宇宙船カモシカ号は、少なくとも時速二十四、五万キロメートルというものすごい最高スピードを出さなくちゃいけないんだ。
ガソリンのエンジンや、火薬を使ったロケットじゃあ、今まではとてもこんなすごいスピードは出せなかったけれど、原子力エンジンが完成した現代なら、これだけの最高スピードを出すなんて簡単なことなのさ。
人間が原子力を利用できるようになったおかげで、それまでは絶対に不可能だと言われていた、北氷洋とインド洋をつなぐ大運河の工事もできるようになり、さらに土佐の沖の海底都市のような大土木工事も大成功して、そのうえ地球の外への宇宙旅行までどんどんできるようになったんだ。
なんて素晴らしい原子力時代なんだろう!
じっさい、この二人の少年は、とっても気楽な気持ちで、こうして宇宙を飛んでいるんだよ。
地上から測って高さ五万五千メートルあたりの場所が、成層圏の終わりなんだ。
そこを通りすぎると、まわりの空気はいよいようすくなって、地上の空気の四千分の一くらいになっちゃうんだ。
もちろん、宇宙船の中では、いつも酸素を出しつづけながら、空気をきれいにして、二酸化炭素を取りのぞいているよ。
宇宙船はすきまのない気密室になっていて、空気が外に漏れないように作られているけれど、この高さまで来ると、外の空気の圧力がすごく低いから、どこからともなく船の中の空気が外へスーッと抜け出してしまうんだ。
だから、船の中では絶えず酸素を補給してあげなくちゃいけないのさ。
ガンガンガーン!
ガガーン、ガガガガン!
とつぜん、ものすごい大きな音がして、宇宙船がグラッとゆれた。
音がした場所は、操縦席よりもずっとうしろにあたる、宇宙船のおなかのあたりみたいだった。
「いったい何だろう、千ちゃん!」
ポコちゃんは、ただでさえ小さい目をできるか限りのこして見開いて、千ちゃんの腕をぎゅっとつかんだ。
「さあ、何だろうね……」
千ちゃんにも、見当がつかなかった。
だけど、音もゆれもそのまますーっとおさまったし、計器のパネルを見まわしてみても、とくに異常はなさそうだった。
ガンガンガーン!
ガガーン、ガガガガン!
とつぜん、またしてもものすごい音がして、宇宙船が気味の悪いふるえ方をしたんだ。
「あっ、また起きたぞ!」
「変だなあ、どうも……」
「なんだか気持ちが悪いね。
きっとこのカモシカ号は、空中分解しちゃうんだよ。
予定よりちょっと早すぎらあ!」
「……」
千ちゃんはポコちゃんには返事をせず、顔をぐっと前につきだして、ガラス窓ごしに外をじっとのぞきこんでいたけれど、次の瞬間、さっと顔を引きしめて、こうさけんだんだ。
「ポコちゃん、あれを見ろ!
外を見るんだ!」
千ちゃんは右手で外を指さしたけれど、その手をすぐに操縦パネルに戻して、操縦席であかあかと光っていた電線をパッと消した。
たちまち二人のまわりは真っ暗になった。
千ちゃんはどうして電気を消したんだろうと思いながら、ポコちゃんは宇宙船の外へと目を向けた。
外は、まるで墨をにじませたような真っ暗な空。
その中で、銀河の星たちが美しくきらめいていた。
そのとき、上の方から、すぐ目の前へものすごいスピードでおりてきた大きな赤い火の玉!
みるみるうちにその火の玉は、目がくらむほど激しく燃えあがりながら、下界のほうへ落ちていった。
あのガンガンという音は、そのときに起きたんだ。
「いったい何だったんだろうね、今の……」
ポコちゃんは顔を真っ青にしてさけんだ。
「いん石がもえながら飛んでいるんだよ」
暗闇の中に、千ちゃんの声がしっかりと響いた。危機脱出
「へえっ、あれが、いん石かい。
すごいなあ」
あまりものにおどろいたことのないポコちゃんこと川上少年も、宇宙船の外をひゅうひゅうと飛びまわる鬼火のようないん石の群れには、すっかり肝をたまげた様子だった。
そのとき、操縦当番の千ちゃんこと山ノ井少年は、ポコちゃんに返事もせず、前にあるテレビジョンの映写画面をにらみながら、汗を流して操縦かんをあやつっていた。
「しかし、きれいなもんだなあ。
両国の川開きで大花火を見るよりはもっとすごいや。
あっ、また一発、どすんとぶつかったな。
いたい!」
ポコちゃんは金属のわくにいやというほど頭をぶつけた。
それっきり、かれはおしゃべりをやめた。
それはしゃべっているさいちゅうにどすんと衝撃がきて、自分の舌をかみそうで心配になったからだ。
船内はしばらくしずまりかえっていた。
ただ聞こえるのは、船の後部ではたらいている原子力エンジンの爆発音の、にぶいひびきだけだった。
そういう状態が十五分ほどつづいたあとで、山ノ井はスイッチを自動操縦の方へ切りかえて、操縦かんから手をはなした。
そしてほっと大きな息をついて、となりの川上の方へ顔を向けた。
「ポコちゃん。
ようやく流星群を通りぬけたらしい。
もう、だいじょうぶだろう」
「だいじょうぶかい。
いん石があんな大きな火のかたまりだとは思わなかった。
こわかったねえ」
「まったくこわかった。
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