初級翻訳・恐竜島 第35話

恐竜島

ブーン、ブーンという、蚊のような音ですね」
「うん、あれは君、飛行機の爆音だよ」
「え、飛行機?」
「そうだ。しばらく様子を見よう」
蚊の羽ばたきに似たその音は、次第にはっきりしてきました。
やがて爆音だということが確信できました。しかし、大きく広がっている青空の中に、その姿を見つけることはなかなか難しいものです。
二人は目を凝らして大空を探しましたが、蚊よりも小さい姿は見つかりませんでした。
「あ、あれですよ」
玉太郎の目は鋭いものです。
「どれ?」
「ほら、あそこです」
ケンの目にはまだ見えませんでした。
「うん、うん、ああ、飛行機だ!」
しばらくして、ケンの目にもわかったようです。
朝日を浴びて、その翼が時々キラリ、キラリと光っています。
「我々を助けに来たのでしょうか」
「そりゃわからない。しかし、なんとか僕らのいることを教えたいものだ」
「のろしでもあげましょうか」
「そうだ。しかし、僕には任務が残っている。我々が救われたいために、傷ついた友人をそのままにしておくことはできない」
ケンは厳粛に言い放つと、今まで熱狂的に見上げていた目をふせて、岬の端を再び見守りました。
「どれ、少し近づいてみよう」
オールが動きました。玉太郎は舵棒をとりました。
爆音は次第に大きくなります。
「島の誰かが合図をするだろう。僕らは今の責務を完遂しようじゃないか」
ケンは波の音よりも静かに言います。
朝日を受けたその顔には、神々しいばかりの輝きが見られました。

あとがき
恐竜島の長い物語は、ここで一まず筆を置くことにする。作者は、これ以上くどくどと長い物語を書き続ける必要を感じなくなった。
しかし、愛読者の皆さんは、島に残された人々のその後が気になって仕方がないことだろう。
そこで、この後の物語を簡単に紹介することにしよう。
ケンと玉太郎が見つけた飛行機は、二十四人乗りの大型飛行艇だった。
実は、実業家のマルタン氏が島へ出発する際、もし十五日経っても船が帰らなかったり、連絡が途絶えたりした場合には救助に来るよう、ひそかに依頼しておいたのだ。
その航空会社がマルタン氏との約束を忠実に守り、救助に駆けつけてくれたのである。
海賊船については、調査の結果、やはり大海原へ乗り出すにはあまりに古く、傷みが激しすぎることがわかった。
もし救助艇が来なければ、一行はこの船で帰国の途についていたことだろう。
しかし、その先には第二、第三の困難や冒険が待ち受けていたはずで、無事に本国へ戻れたかどうかは定かではない。
モレロ、フランソア、ラルサンの三人は、残念ながら息を吹き返すことはなかった。
そのため、キッドの財宝の秘密を知る者は、この世からいなくなってしまったわけである。
飛行機の爆音に驚いた恐竜たちは、ラウダの必死の口笛によって落ち着きを取り戻した。
帰国の旅は、探検船の出航とは比べものにならないほど安全なものだった。
「もう二度と、この島を訪れることはないだろう」
飛行艇が飛び立つとき、南国の花で作られた花束が機上から投げ落とされた。
島に建てられた四つの墓に捧げられたものである。
今でも恐竜島は、四つの墓とともに恐竜たちに守られ、南国の緑の波間に浮かんでいることだろう。
ツルガ博士はパリに帰国後、『恐竜島における動植物の研究』という論文を執筆し、発表した。
ダビットが撮影した映画は、ニューヨークを皮切りに世界各国で長期興行の記録を打ち立てた。
その功績により、ケンとダビットは映画賞を受賞し、ワシントン大学の動物学教室から名誉博士の称号を贈られた。
ラツール記者が発表した恐竜島の冒険譚は、二十四カ国語に翻訳されて広く愛読され、その年のベストセラーに数えられた。
さて、玉太郎はどうしているだろうか。
オーストラリア観光はできなかったけれど、オーストラリアに決して引けを取らない「恐竜島」という場所を見物できたのだから、結果としては大収穫だったと言える。
現在はラツール記者の紹介で、『ル・マルタン』紙に勤務している。
今でも玉太郎をラツールのアパートに訪ねると、彼は愛犬ポチを抱きながら、あの数々の冒険談を聞かせてくれる。
そして、恐竜島に負けないくらいの怪奇な島があれば、ぜひまた連れて行ってくれと意気込んでいる。
最後に、ツルガ博士の娘ネリについて触れておこう。
彼女は、中国人の張子馬氏が作った『恐ろしい思い出の島』という詩に、自分でピアノ曲をつけて発表した。
それがパリの人々に認められ、映画やバレエとして上演されて、パリ中の人気を集めることとなった。
ネリは今でも玉太郎と仲良しである。
ラツールは二人のことを、あの島が生んだ愛すべき友情だと呼んでいる。

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