初級翻訳・人造人間事件 第2話

人造人間事件

彼は後ろの方で、深いため息が二つ聞こえるのを聞いた。
帆村は気にせず、竹田博士研究所の門の前に近づいた。
石段の上に、玄関のドアが開け放たれていて、その奥には電灯が一つ、寂しい光を投げかけていた。
しかし、人影はない。
彼はそのまま石段を上っていった。
石段を上りきったと思った瞬間、
「こらっ!」と大喝一声(だいかついっせい)、塀(へい)の陰から剣をジャラジャラ鳴らして飛び出してきた一人の警官!
警官は帆村の首をギュッとおさえつけたので、帆村の帽子が前にスポーンと飛んでいった。
「まあ待ってください。
帆村ですよ」
「なんだ、帆村だと!?」
警官はびっくりして彼の顔をのぞき込み、
「――いやあ、これは失礼しました!
帆村さん、どうしてそんなに嗅ぎつけるのが早いんですか?」
「なに、この辺は僕のなわばりだからね」
と言って彼は笑った。
帆村理学士といえば、遊び半分に私立探偵をやっていることで、警官たちの間でもとてもよく知られていた。
彼のすぐれた学問をいかした一風変わった探偵のやり方は、検察の人たちにもとても重宝がられて、むずかしい事件が起きるとよく助けを頼まれるのだった。
彼は有名な毒舌家で、事件のせいで緊張している下っ端の警官たちのこわばった顔の力をふっと抜かせるのがとても上手だった。
「ねえ君。
ここは逃げたフクロウでも捕まえる訓練でもしているのかい?」
「冗談言わないでくださいよ。
ここの主人が殺されたんですからね!」
「ほう、竹田博士が殺された事件かい。
それにしては、なんだかやたらと静かだなあ。
おまわりさんたちは押入れから布団でも出して、みんなでいっしょにお昼寝でもしているのかい?」
「じょ、冗談を……!」
と言い合っているところへ、建物の外で自動車のエンジン音が元気よく鳴り響き、帆村の言うところの「国際連盟の委員たち」がドヤドヤと入ってきた。
雁金(かりがね)検事、丘(おか)予審判事、大江山(おおえやま)捜査課長、帯広(おびひろ)警部をはじめ、たくさんの捜査員たちの顔がすっかり勢ぞろいしていた。
「おっ、帆村くん、もう来ていたのか。
電話をかけたときは、行方不明だと言っていたがね」
と、雁金検事が彼の肩をポンと叩いた。
「いやあ、あなた方が知らないうちに、うちの助手に殺人現場を教えておくのは失礼だと思いましてね」
と帆村はユーモアたっぷりに挨拶を返した。
「さあ、始めましょう」
大江山課長が先頭に立って、家の中へ入っていった。
帆村もいちばん後ろからついていった。
階段を二階ぶんのぼると、そこが博士の実験室である三階だった。
そこは広々とした三十坪(畳が約六十畳分の広さ)ほどの部屋だった。
たくさんの機械棚が壁ぎわにずらりと並んでいる。
部屋の隅には、小さな鉄工場にあるような大きな工具の機械がすえつけられていた。
それとは反対側の東側の窓ぎわには、紫色の厚いカーテンがかけられていて、その手前に大きなベッドがあり、その上に竹田博士の無残に亡くなった体が、上を向いて横たわっていた。
捜査員たちは、博士の死体のまわりにぞろぞろと群がった。
本当におそろしくて見ていられないような、無残な死にざまだった。
顔はぐちゃぐちゃに押しつぶされていて、だれだか分からないほどのひどい状態だった。
もし、まっ赤な血まみれになった、ピンと逆立ったあごヒゲの根もとに、一掴みほどの真っ白な毛を見つけられなかったら、これが博士だと見分けるのはかなり難しかっただろう。
竹田博士はまだ年が四十歳になったばかりなのに、無精ヒゲを生やしていた。なぜかその黒いヒゲの中に混じって、ちょうどあごの先の一部分だけ、真まっ白なヒゲがフサフサと生えていることで有名だった。
帆村は、竹田博士の死体をちょっとのぞき見ただけで、すぐに頭を寄せ合っている捜査員たちのそばを離れた。
そして彼は、部屋の中をじーっと見回したのだった。
そのとき、彼の目に飛び込んできたのは、機械棚の並びで、まるで大きな棺桶(かんおけ)を壁に立てかけたような箱におさまっている、鋼鉄(こうてつ)でできた人造人間だった。それは人間より少し背が高く、中世の騎士がふため盛りほど大きな鎧(よろい)を着ているような姿をしていて、なかなったりっぱなものでした。
そして、あごの張った顔をまっすぐ正面に向け、高い鼻をツンと前に突き出し、その下に切り込んだ三日月形の口の奥にはスピーカー(高声器)が見え、丸い二つの目は光電管でできていました。
また、両方の耳は、昔流行したラジオのラッパのように顔の横に取りつけられ、前を向いたラッパの口には黒い布でおおいがしてありました。
人造人間に近づいてしばらく見ていると、どこからともなく「ギリギリギリ」という低い音がしているのに気がつきました。
「おや?」
と思った帆村は、試しに人造人間の鋼鉄でできた胸に耳を押しつけてみました。
すると驚いたことに、ヒヤリとするだろうと思っていた鉄板が生温かく、さらにその鉄板の向こう側で、ギリギリギリと何か小さな機械が回っているらしい音を聞き取ることができたのです。
「ほう、この人造人間は生きているぞ」
彼は目を丸くして、改めてこの人造人間を見つめ直しました。
そのとき、彼は本当にびっくりするような大発見をしたのです。
「あっ! 血だ、血だっ!
人造人間のこぶしに、血がたっぷりついている!」

     3

帆村の驚きの声を聞いて、警察の偉い人たちは、箱に入った人造人間の前にどやどやと集まってきました。
「なに、血がついているだって?
おお、こりゃひどい」
「おい、箱の底にも血のあとがたれているぞ。
おい、みんなちょっと箱の前をあけてくれ!」
血痕(けっこん)と聞いて、一同はつま先立ちになって左右にサッと分かれました。
「ほらほら、ここにもあるぞ。うん、そこにもある。
血のあとがズーッと続いている!」
「なんだ、ベッドのところまで血がつながっているじゃないか。
ということは、もしかして――」
「すると、この人造人間が、博士を殺したってこと……なのかぁ?」
「えっ、この人造人間が犯人だというのか……!」
一同はゾッとしてその場に立ちすくみ、この不気味な鋼鉄の怪物をこわごわと見つめました。
人造人間はピクリとも動きませんでした。
しかし同時に、今にも「ウオーッ!」と怒鳴り声をあげて、箱の中から飛び出してきそうな雰囲気もありました。
「みなさんはまさか、こんな鉄の機械が人間みたいな心を持っているなんて決めるわけじゃないでしょうねぇ」
と、帆村が横から口を出しました。
「いや、そこまで考えているわけじゃないが、とにかくこの人造人間の右のこぶしには、博士の顔をめちゃくちゃに砕いたかもしれない証拠がバッチリ残っているんだ」
と検事は言いました。
「こいつが生きた人間だったらなぁ」と大江山課長は人造人間を指さして言いました。
「私は迷わずこいつを逮捕するのですがね。
しかし、まさかそんな……」
「そうだ。だからわれわれは、この人造人間が博士を殺してこの箱の中に入るまでの動きを、ちゃんとやり遂げたんだと証明できればいいわけだ。

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