初級翻訳・火星兵団 第106話

海野 十三

66 ふき矢

「おお、お前たち、どこへいったのかと思って、さがしていた」
 そう言って、はいって来たのは、蟻田博士であった。
新田先生と千二が、ふりむいて博士を見るとともに、おうと声をのんだ。
「博士、ものものしい、おすがたですね」
 博士は、まるでサンタクロースかエスキモー人のように、厚い毛皮の服に、ズボンに長靴といういでたちだった。
しかも、そのうえに、例の大きな酸素かぶとを、かぶっているのであった。
「さあさあ、もうすぐ火星につくぞ。
お前たちも、このとおりのかっこうをしなければならないのじゃ。
服やなにかも、むこうに出しておいた。
酸素かぶとは先に教えたとおり、かぶり方がむずかしいから、気をつけてやれよ。
服やズボンや靴は、あたりまえにつければよろしい。
さあ、いそいで、やりなさい」
「はいはい」
 先生と千二とは、博士にいそがされて、別室へいった。
「博士、服と酸素かぶとと、どっちを先につけるのですか」
 と、千二がたずねた。
「それは、わかっているじゃないか。
先にズボンをはき、それから服を着、そのうえから、酸素かぶとをかぶるのじゃ」
「靴は、いつはくのですか」
「わかっているじゃないか。
靴は、ズボンをはいてから、はけばよいのじゃ。
酸素かぶとをかぶってからでもよいぞ。
なかなかせわのやける奴じゃ」
 博士は、千二をしかりつけながらも、にこにこしている。
博士にとっては、二度目の火星訪問だが、たとえこれから、たいへんな戦闘がはじまろうとも、大空艇で宇宙の旅をつつがなく終え、ついに目的地の火星までやって来たことが、うれしくてしかたがないらしい。
先生と千二は、博士にならって、ものものしいすがたになった。
(こんな重いものを着て、どうなるであろうか。
重すぎて歩けないであろう。
これで千メートルも歩けばへとへとになるであろう)
 千二は、はじめ、そう思っていた。
ところが、不思議なことに、それを着てみると、思いのほか軽かった。
「おや、不思議だ。
これは、みんな紙で出来ているのかしら」
 まさか、紙で出来とは思わなかったけれど、思いのほか、たいへん軽いのであった。
それをからだにつけて歩いてみても、平気であった。
博士は、千二が感心しているのを聞いて、
「それは、軽いのがあたりまえだ」
「へえ、なぜかしら」
「それは、つまり、重力というものが、火星の上では減るからじゃ。
地球の重力よりも、火星の重力の方が軽いのじゃ。
だから、火星の上では、ものが軽くなったような気がするのじゃ」
「はあ、そうですか」
 すると、新田先生が、
「そういえば、このごろなんだか、からだが軽くなって、ふわりと飛べそうな気持がすることがあるのですが、重力が軽くなったせいですね。
うっかりしていて、それを忘れていましたよ」
 と言った。
「今ごろ気がつけるようでは、たよりがないねえ」
 と、博士が、かぶとの中で、にやにや笑った。
ところが、それと反対に、火星人のロロ公爵とルル公爵とは、着ていたものを、ぬぐ話をしている。「やれやれ、もうすぐこれを脱いで、はだかになれると思うと、本当にありがたいなあ」
「僕は体が弱いから、余計にその日が待ち遠しいよ」

「あははは、丸木艇は、どうやら無事に火星に着いたようじゃな」
 博士はテレビジョンの画面を指さしながら笑いました。
「さあ、丸木先生、これから火星の王様に何と言って報告するつもりじゃろうか。
きっと、ものすごい大ぼらを吹くんだろうな」
「火星には、『火星王』っていう王様がいるのですか?
丸木が火星で一番えらそうにしているわけではないのですか?」
 千二がたずねました。
「いや、ちゃんと別の火星王がいるのじゃ。
その火星王というのが大変な悪者でね、ロロ公爵とルル公爵のお母さんである前の火星女王をほろぼして、王様の位を奪ったのじゃよ。
丸木は、その火星王のもとで軍部大臣の仕事をしているというわけさ」
「じゃあ、これからロロ公爵とルル公爵が火星へ帰ったら、火星王につかまってしまいませんか?」
「もちろん、ふたりの公爵が帰ってきたと知ったら、すぐに捕まえにやって来るじゃろうな。
だが、ロロ公爵もルル公爵も、いまがりっぱな大人になった。
それに、わしのところでいろんな勉強も積んできたのだ。
だから、たとえ火星王が攻めてきても、そう簡単にはやられないさ。
わしも今回はできる限りの力を貸して、ロロ公爵とルル公爵がふたたび火星を治められるようにしてあげたいと思っているのじゃ」
「それはとってもいいことですね!
僕も、そんな日が来ることを心から祈っています」
 日本語がすっかりわかるふたりの公爵は、その話を聞いて大喜びしました。
「まあ、見ていてください!
僕たちはやりますよ。
そして火星を、すばらしい国にしたいと思っているんです。
これまでの火星は、文化こそ進んでいましたが、本当に恐ろしい国でした。
悪いことをするやつこそがえらいんだ、という考え方だったのです。
はっきり言えば、丸木などは、どろぼうをするために地球へ攻め込んだようなものですからね」
 大空艇は、ゆっくりと針路を左へ曲げました。
すると、火星の大地はそれと反対に、右の方へどんどん回っていきます。
しばらくすると、火星の端っこが、まるで黒いフチで囲まれたように見えはじめました。
それは火星の「夜」にあたる部分でした。
大空艇はさらに左へ進み、火星の表面で見えている明るい部分がどんどん小さくなっていきます。
そしてついに、あたりはまっ暗になりました。
「このあたりでいいだろう。
音を消す装置を動かして、下りていくとしよう」
 蟻田博士が計器のつまみを回しました。
すると、大空艇はほとんどまっすぐ下に、スーッと下がりはじめました。
「わざわざ暗いところへ下りていくのですか?」
 千二が博士にたずねました。
「そうじゃよ。
明るいところへ下りていくと、丸木たちに見つかってうるさいからな」
「じゃあ、火星の夜の場所に大空艇を着陸させるわけですね」
「そのとおり、カリン岬に着陸するよ」
「博士、丸木は、僕たちが後を追いかけてきたことを知っているでしょうか?」
「もちろん、知っているはずじゃ。
だから、火星に上陸しても、絶対に油断はできないぞ」
「そうですね……。
僕たちも、丸木と戦わなくてはならないのですね」
「それくらいの覚悟はしておかなければいかんね。
もっとも、ロロ公爵の味方になって集まってくれる兵士もたくさんいるじゃろうが、とにかく最初は危ないぞ」
「博士、火星の兵士たちと戦うには、何を使うのですか?
もう、ガス弾などは役に立たないんでしょうねえ」
「ああ、ガス弾のことか。
ガス弾を使えば、たしかに火星兵たちは死んでしまうだろう。
しかし、こっちの味方の兵士まで殺してしまっては意味がないからな。
今度は、また別の兵器を使うのじゃ」
「別の兵器? それはいったいどんなものですか?」
「火星の上で使う新しい兵器は、ここにあるこれだよ」
 そう言うと、博士はうしろの壁にかけてあった、長さ一メートル半ほどの黒いパイプのようなものを取り出して、千二に見せました。

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