初級翻訳・火星兵団 第15話

海野 十三

それを聞いていた新田先生は、はじめのうちは「まさか」と笑いながら耳を傾けていましたが、話が進むにつれてだんだんと真剣な顔つきになっていき、最後の方には千二の方へヒザを乗り出して、「ほう! ほう!」とびっくりした声をあげながら、夢中で聞き入ってしまいました。

「ほう、そうだったのか……! 千二君、これは笑いごとじゃないぞ。とんでもなく大変な事件かもしれない!」
新田先生は息をのんで、千二の顔をじっと見つめました。

「先生、分かってくれたんですね! 僕、すごくうれしいです!」
千二は、これまでずっと自分ひとりだけで抱え込んできた恐ろしい驚きを、やっと他の人に信じてもらえたことが嬉しくてたまらなかったのです。

「ところで、その丸木という怪しい男のことだが――」
新田先生は、うーんと考えこみながら首を横に振りました。
「その丸木こそ、本当になぞだらけの人間だな。さっき千二君は『火星のスパイかもしれない』と言っていたけれど、とにかくそいつさえつかまえれば、すべての謎が解けるはずだ。よし、大江山課長さんにもこのことを話して、しっかり捜査してくれるよう頼んでおこう!」

すると千二少年は、また不安そうな顔をして言いました。
「ねえ、先生。僕、実はもうひとつ心配なことがあるんです」
「心配なことって、一体なんだい?」
「ほかでもありません、僕のお父さんのことです。僕が急にいなくなってしまったから、きっとすごく心配していると思うんです」
「あっ、そうだった! お父さんはさぞ心配しているだろうね。君のお父さんは、まだここ警察署へはやって来ないのかい?」
「ええ、警察の人からも何も聞いていないので、まだ来ていないんだと思います。きっと僕がいなくなったから、お父さんひとりで魚を捕らなきゃいけなくなって、すごく忙しいからだと思います」
「うーん……しかし、それはどう考えてもおかしな話だな」
新田先生は首をかしげました。

なぜなら、千二君が警視庁につかまったということは、すでに新聞ニュースにも大きく載ったことなので、お父さんが知らないはずがないからです。
もしそれを知ったなら、お父さんは千二君のことが心配でたまらなくなって、すぐにでも東京へ飛んできてここへ駆けつけてくるはずです。
それなのに、まだお父さんがやって来ないというのは、あやしいと言わざるを得ません。

(これは……想像以上にものすごい大事件だぞ。うっかり油断していると、とんでもないことになってしまう!)
新田先生は、心の中でぞくっと寒気を感じて驚きました。
けれど、ここで落ち込んでいる千二の前に不安な顔を見せるわけにはいかないと思い直し、心配な気持ちをグッと心の中に押し込めました。

「千二君、何も心配しなくて大丈夫だよ。よし、先生は決心したぞ!」
「決心……? 先生、一体なにを決心したのですか?」
「それはね、千二君のために、先生自身がこの不気味で奇妙な事件の謎を解き明かそう!と決心したんだよ。君の味方になって、全力で動くんだ。もちろん警察の人たちもしっかり捜査してくれるだろうが、それだけでは足りないかもしれない。だから先生は、しばらく大学の研究をお休みして、君のために怪人丸木の正体や、その周りで起きている不思議な謎を、一刻も早く解き明かしてみせるよ!」

「先生……ありがとうございます……!」
千二は、小さな声でお礼を言いました。
ですが、どれほど嬉しかったかは、大きな目からぽたぽたとこぼれ落ちる涙が、何よりも物語っていました。

「なあに、お礼なんていらないよ。自分が教えた大切な教え子が苦しんでいるのを、黙って見ていることなんてできるもんか。生徒がどんなに大きくなっても、大人になって立派になっても、先生はいつだって先生なんだ。教え子のために力を尽くすことこそが、先生の大切な役目なんだからね」
「先生、本当にありがとうございます。もしお父さんに会えたら、よろしくお願いします」
「よしよし、まかせなさい。君だって、もう少しすればここから出してもらえるはずだ。それまでは、メソメソ暗い気持ちにならないで、元気を出すんだぞ。それじゃあ、またね!」
「先生、もう帰ってしまうのですか?」
「ああ。僕はさっそく、あの不思議な事件についての調査を始めるつもりなんだ。たとえ半日でも、たった一時間でも早く、君をここから助け出して自由にしてあげたいからね!」

【9 ああ天狗岩】

無実の千二少年のために、新田先生はついに立ち上がったのです!新田先生は、しばらく大学の研究をお休みすることにして、自分の教え子におきた不気味な事件を解決しようと心に決めました。
本当に、なんて優しくて頼もしい先生なのでしょう。
先生は警視庁を出ると、そのまま東京駅へと走り、電車に乗って千葉県へと急ぎました。
先生はまず、千二くんのお父さんに会おうと考えたのです。
駅を降りると、先生は畑と畑のあいだの道を、あの湖の方に向かって、てくてくと急いで歩いていきました。
その道すがら、先生は「千二くんのことをどう話せば、一番心配をかけずにすむだろうか」と、あれこれ悩んでいました。
ですが、それはとても難しいことでした。
お父さんは千二くんと二人きりの家族で、千二くんのことを、目に入れても痛くないほど可愛がっていたからです。
その千二くんが、警察の留置場(ろうやのような部屋)に閉じ込められているなんて知ったら、お父さんはどれほど悲しむことでしょうか。
そう考えると、新田先生の足取りは、だんだんと重くなっていくのでした。
すると、ふと気づくと、この静かな田舎道を、湖の方に向かってたくさんの人たちが行ったり来たりしていました。
「おや、なんだかやけに騒がしいな。お祭りでもあるのかな?」
先生が不思議に思いながら歩いていると、すれ違った二人の話し声が、ふと耳に飛び込んできました。
「いやあ、とんでもないことになったなあ。千蔵(せんぞう)さんは、まだ息子の千二のことを知らないのかい?」
「知るわけないさ。千蔵さんはあんな体になっちまったんだ。そこへ息子の千二のことを教えたりしたら、かわいそうすぎるよ。下手をすれば、それを聞いたショックで、そのまま死んでしまうかもしれないぞ」
「そうだよなあ。あの大怪我でたくさん血を流して、体もすごく弱っているらしいからな。教えないのが一番だろうよ」
新田先生は、胸を突かれたようにハッとしました。
通り過ぎる人たちの話によると、千二くんのお父さんは大怪我をしてしまったというのです。
一体全体、どうしてそんな大怪我をしてしまったのでしょうか?
怪我をしていたからこそ、お父さんは千二くんの事件も知らなかったし、東京へ駆けつけることもできなかったのです。
千二くんは、お父さんのことをずっと心配していましたが、それはただの心配ではなく、本当に大変なことが起きていたのでした。
「もしもし、千蔵さんに何かあったのですか?」
新田先生は、制服のような服を着た一人の若い男の人に声をかけました。
その男の人は、不思議そうな顔で新田先生をじろじろ見ていましたが、こう答えました。
「大怪我をしたんですよ。今、家の中で苦しそうにうなっています」
「なんと……。

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