初級翻訳・海底大陸 第21話

海底大陸

三千夫少年もまた、自分もがんばると言い出しました。
事務長クーパーは、クイーン・メリー号が釈放されると知って酔っ払いのように喜んで踊っていましたが、その代価に長良川博士以下三人がこの国にとどまると聞いて、それはよくないと主張しました。
「こんなところにのこっていると、海底超人のためにどんな目に遭わされるかわかりませんよ! 何でもいいから、メリー号が海上へもどるところまでついてきてください。そしていよいよというところで、ぼくらと一緒に逃げるんです。海上にはきっとわが英国艦隊や空軍が待っているはずですから、それに助けを求めれば大丈夫ですよ。それがいいではありませんか」
と、クーパーは博士たちに、超人をだまして海上へ出たら、その足でメリー号の乗員と一緒に逃げ出すことをしきりに勧めるのでした。

借りた恩

クーパー事務長は、しきりに長良川博士を説いて、海底大陸からの脱走を勧めるのでした。
それも無理のないことでした。クイーン・メリー号がもしふたたび海上に浮かべば、その恩人は長良川博士だからです。
だからこそ、恩人を今後一年もこの海底大陸に置き去りにしておくには忍びないと考え、英空海軍の手を借りて、恩人である長良川博士を助け出さねば相済まないと思っていたのでした。
「いや、クーパーさん。わたしのことなら心配は無用です」
と長良川博士は、きっぱりと答えました。
「わたしはやはりこの海底大陸でこの一年間を暮らします。約束はやっぱり約束ですからね」
「約束といっても、人間同士の約束ではなく、相手は化け物じゃありませんか。博士、ぼくたちと一緒に逃げることにしてください」
「いや、なりません。相手が人間でない化け物であればこそ、わたしたちは細心の注意を払い、そして約束を守らねばならない。さもないときは――」
と言って、博士はぐっと口をつぐみました。
「さもないときは――どうしたというのですか」
「クーパーさん。どうしてもここは平和的解決が必要ですぞ。わたしは人類の幸福のためにそう言っているのです」
「わかりました。博士、あなたはあまりにこの化け物を恐れすぎている。しかしわが英国の空海軍はすばらしく強い!」
クーパーは言いました。
「なんとあなたがいおうとも、わたしはここに残る決心です。わたしは信義を第一に重んじるよう教育されてきたのです」
と、博士はきっぱりと答えました。
「そうですか。しかしそれはあまりにも愚かな義理立てというものです。ぼくはどうしても恩人たる博士を救い出さずにはいられない」
責任感の強いクーパーは、自分の信じるところをどこまでも変えようとはしませんでした。
そのとき、ロロー殿下の大きなマスクがこちらへゆらゆらと近づいてくるのが見えたので、二人はともに黙り込んでしまいました。
「長良川博士。父は、あなたがたが同意してくださったので、すこぶる満足の意を表しました」「それでは、わたしどもはすぐ準備にかかりまして、今から四時間後には、メリー号を大西洋上へお返しするように手配いたします」

「ロロー殿下、承知いたしました。今から四時間後というと……」

と博士は時計を見て言いました。

「おお、大西洋上ではちょうど夜が明けたばかりの時刻になりますね」

**決心**

長良川博士、ドン助教授、そして三千夫少年の三人は、宿舎としてあてがわれた馬小屋のような乾いた海藻のベッドに横たわり、昼間の疲れを癒やしているうちに、いつのまにか四時間は過ぎ去り、いよいよクイーン・メリー号を海上へ返還する時刻となりました。

「長良川博士、さあ出発ですよ」

と、入口からクーパーが入ってきました。博士は少し迷惑そうな顔をしました。

「わたしたちがついて行かなくても、あなた方は海上へ帰れるでしょうに」

「そう言わないで、ぜひ一緒に来ていただきたいのです。ロロー殿下にも、よろしく頼んでおきましたから。ああ、ちょうどいい。ロロー殿下もあなたをお迎えに来たようですよ」

そう言っているところへ、果たしてロロー殿下の大きな頭が入口から入ってきました。

「長良川博士。それから、ドンさんも三千夫君も、メリー号を海上へ戻すところを見に行きましょう」

「わたしはここに残っていたいのですが」

「なぜですか?」

とロロー殿下は問い返しました。

「わたしたちは一刻も早く、この海底大陸の研究をしたいのです」

「いや、博士。わたしは『鉄水母(てつくらげ)』に乗り、メリー号について海上まで行かなければなりません。その間、あなたがたを後に残しておくことは少し心配でしてね――はっはっはっ、心配するほどのこともありませんが、万が一、まだ人間になれていないわが国の住民たちが無礼なことをしては申し訳ないので、ぜひ海上までわたしと一緒に来てください。わたしと一緒にいれば、絶対に安全ですから」

と、ロロー殿下は、博士たちを後に残しておきたくない気持ちをはっきりと説明しました。博士もそこまで言われては、とどまっているわけにもいかず、ようやくロロー殿下に従って「鉄水母」に乗り込むことを承知したのでした。

午後八時――それは、大西洋上の時刻でした。長く海底大陸に捕らわれていた巨船クイーン・メリー号は、いまや奇妙な帰還の途につくこととなりました。

果たしてどのような方法で、この巨大な船を海上に浮かび上がらせるのでしょうか。博士も内心、その浮上作業について大きな興味を抱かないわけではありませんでしたが、それ以上に、メリー号が多数の乗客や乗組員とともに、安全に本国へ帰りつくことを祈る気持ちのほうが強かったのです。

実際、この海底超人たちの恐るべき科学力と、人間の頭脳では到底はかり知ることのできない超人的な思想を理解しているのは、長良川博士ただ一人でした。

(恐るべき海底超人族よ。そして地上の人類とは、なんとのんきな生き物なのだろう)

そうした嘆きの声が、今もいくたびとなく博士の胸の中で繰り返されていることを、おそらくドン助教授も、また他の誰一人として知らないでしょう。

クイーン・メリー号は、今から洋上へ出発するということで、乗組員も船客も全員が船室の奥深くに押し込められました。クーパー事務長と、腰を激しく打って長いあいだ呻吟(しんぎん)していたメリー号の老船長の二人だけが、連絡のために船橋に近い一室に残され、他の者は皆、船底にぎゅうぎゅう詰めにされていたのです。

彼らの半分は、再び人間世界へ帰れることを喜んでいましたが、残りの半分は、果たしてこの巨船が無事に洋上へ浮かび上がるだろうかと、しきりに胸を痛めていました。

「さあ、いよいよ出発だ」

浮上係の海底超人が、どんどんどんとクーパーのいる部屋を外から叩き、出発の合図をしました。

**海底出発**

例の海底超人国の受話器を胸につけているクーパーは、出発だと告げる浮上係の言葉を了解しました。

「船長、いよいよメリー号が浮き上がりますよ!」

老船長は安楽椅子の上に寝そべって、ずきんずきんと痛む腰をさすっていましたが、クーパーのこの言葉に子供のように目を輝かせると、

「わしは夢を見ているのではないかな。まったく信じられんことだ」

と、首を左右に振りました。

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