「これは何ですか?
中に穴が通っていて、こっちの太い方には、ゴムの口あてみたいなものがついていますね」
「わからないかね?
きみたちの得意なものだと思うんだが……」
「僕たちの得意なもの、ですか?
ははあ、そういえば思い出しました!
これ、吹き矢を入れる筒みたいですね」
「そのとおり! 大正解だ」
「博士、吹き矢を入れる筒を、どうするのですか?」
「もちろん、中に吹き矢を入れて、息で吹くのさ。
火星人にあてるためにな」
千二は「ななんだ」という顔をして言いました。
「吹き矢なんかで、火星人が参るでしょうか?
それに、遠くから敵が攻めてきたときに、こっちが吹き矢を吹いたって、そんなの届きませんよ」
すると博士は、ふっと軽く笑って言いました。
「千二くん、きみは一番大事なことを忘れているよ。
火星の上で吹き矢を吹くと、ものすごく遠くまで飛ぶんだ。
地球の上で機関銃を撃ったときよりも、もっとずっと遠くまで飛ぶのさ」
「そんなことありませんよ!
人間の息の力なんて、そんなに強くありませんからね」
「まったく、わからん子供だなあ。
千二、火星の上では重力が小さいのじゃ。ぷっと上に吹けば、かなり長いあいだ落ちてこないのだ。
だから、吹き矢といえど、侮れない。
遠くまで飛ぶのだ。
言われて、千二はやっと納得した。
先生からも聞いたが、火星の上では重力が小さいから、上へ放り投げたものは、なかなか落ちてこないのであろう。
すると地球の上では、ちょっと頼りない吹き矢も、ここでは強力な武器になる。
吹き矢についての質問と答えはまだ続く。
「博士、吹き矢が火星の上ではかなり強い武器だということはわかりました。
しかし、どうしてこの吹き矢を使えばいいのでしょうか」
と、千二は不思議そうに言った。
「なんでもない。
口でぷうと吹けばいいのさ。
お前たち、得意の吹き矢ではないか」
千二は、そこが問題だという顔をして、
「だって、博士。
こんな酸素かぶとをかぶっていたんでは、吹き矢を口にあてようとしても、あてられないではありませんか」
博士は、なるほどとうなずき、
「ああ、そのことかね。
それは心配いらんよ。
かぶったままでも楽に吹けるのだ。
かぶとの中に、口のあたるところがある。
そこへ口をつけるのさ。
それから、吹き矢の差し込み口は、かぶとの外に穴がある。
ほら、ここのところだ。
口よりすこし下のところに、へそみたいなものがあるだろう。
この穴にあてればいい。
そうして、口でぷうと吹けば、吹き矢はちゃんと普段どおりに飛んでいくのだ。
わけのないことだよ」
「ああ、そうですか。
なるほど、この穴ですね」
と、千二は、かぶとの下についている、へそのような穴に触ってみた。
「しかし、博士。
こんなところに穴があいていると、かぶとの中の酸素がみんな外に漏れてしまいませんか。
また、外から火星の空気が入ってきませんか」
「それは大丈夫だ。
人間の心臓に、弁というものがついているだろう。
その弁は一方からは通るけれども、その反対の方向からは通らないのだ。
これを弁といって、心臓だけではなく、世の中にある機械にも、弁の働きをするものがよく使われている。
このかぶとの中につけてあるのは、強い特殊ゴムでできた弁なのだ。
だから、お前のいう心配はないよ」
と、博士は弁の仕組みを説明した。
67 出陣
「カリン岬が見えました」
と、ロロ公爵が博士のところへ知らせに来た。
「もう見えるか。
おい、新田、操縦室へ来い」
「はい」
千二もあとからついていった。
「そこにあるハンドルをしっかり握っておれ」
「はい、これですね」
「そうだ。
わしが命令したら、その盤の上にかいてある数字を見ながら、左へまわしてくれ」
「はい、わかりました。
このハンドルを動かすと、どうなりますか?」
「それは、いよいよ火星へ上陸した時、この大空艇の扉をあけるためだ。
扉をうまくあけないと、大空艇の内部と外部との空気の圧力がちがうから、大事な機械がこわれるおそれがあるんだ。
だから、わしの言うとおり、うまくハンドルを動かしてくれ」
「はい、わかりました。
どうぞ……」
博士は操縦席につき、しきりに計器類の表面を見まわしながら、たくみにスイッチを切ったり目盛り盤を動かしたりしていたが、大空艇はだんだんと速度をゆるめ、ふわりふわりと静かに下へおりていくのであった。
白く光るのは、海面であろうか。
そうして、その中に象の鼻のように長く伸びている、黒いものがある。
それこそカリン岬であった。
「おい新田、はじめるぞ。
用意はいいか」
「はい、大丈夫です」
大空艇はそのあいだにもどんどん下がっていた。
大地だ。
真っ黒な大地であった。
その大地がもりあがってくる。
そのうちに機関はぱったりと止まった。
大空艇はたくみな滑走をつづけながら、岬の上を低く飛んでいく。
そしてやがて、ごうんという音とともに、砂浜の上に着いた。
いよいよ火星に着いたのだ!
砂のうえに着陸した大空艇はそのままじっと動かない。
勢いよくまわっていたエンジンも、今やぴたりと止まった。
死のような静けさである。
そのとき、蟻田博士は言った。
「おい、新田、ハンドルを二十一へ!」
「はい、二十一」
いよいよ扉をあけるときが来たのである。
「ハンドルを十九へ」
「はい、十九!」
どこかでしゅうしゅうと空気の漏れるような音がきこえる。
「ハンドルを十七へ!」
「はい、十七」
千二は目をみはって、博士と新田先生の二人を見つめていた。
「ハンドルを十三へ」
「はい、十三」
「ハンドルを、あと静かに零までまわせ」
「はい、静かにまわします」
しゅうしゅうといっていた音はもう消えてしまった。
そのとき、千二のうしろで、かたんかたんと金属のすれ合うような響きがきこえた。いったい何の音だろうかと、千二がうしろをふりかえると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「あっ、ロロ公爵とルル公爵が!」
千二は思わず大声をあげた。
ロロとルルが、床の上にばたりと倒れていたからだ。
ああ、せっかく火星まで戻ってきたというのに、この二人の貴族は、その喜びを味わう間もなく気絶してしまったのだろうか――と千二はびっくりしたが、本当はそうではなかったのだ。
そのとき千二の目の前で、ロロとルルの胴体がぱっくりと縦に二つに割れた。
「おや?」
千二が目を丸くした瞬間、その中からむくむくと起き上がってきたのは、二人の怪物の姿だった!
おお、その姿は!
千二は目を大きく見開いた。
ロロ公爵とルル公爵の死骸(抜け殻)の上に立ち上がった、二つの怪しげな影!
「千二君、なにをそんなに驚いているのですか」
と、その怪しい影のひとつが言った。
「えっ?」
千二は胸をドキドキさせた。
彼はまだ、何が起きているのか気づいていなかったのだ。
すると、その怪しい影は千二の方へ手を差し伸べ、
「千二君。
君は、わたしが誰だかまだわからないらしいね。
わたしはロロ公爵だよ。
そして、こちらはルル公爵だ」
と言って、隣に立っているもうひとつの怪しい影を指さした。
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