あッ、きやがった!」
スミス老人が、ぎくりと肩を震わせたそばを、例の緑色のスカーフに顔を包んだ男が、ぎちぎちと松葉杖のきしむ音を立てて通り過ぎました。一同が、そのほうへ恐る恐る視線を集めていると、いったん通り過ぎたかの男は、ぴたりと松葉杖を止め、それから後ろを振り返りました。肩越しに、首をぬっと前に突き出して、彼はしゃがれた声でものを言いました。
「おい、お年寄り、あまり根も葉もないよけいな口をきいていると、おまえさんの腰が伸びなくなっちまうよ」
「……」
「おれは金鉱が出る山を三つも持っているパンチョという者だ。これからへんなことを言っていると、うっちゃっておかないぞ」
ぎりぎりぎりと、すごい目つきで一同を睨みつけておいて、彼はそこを立ち去りました。あとの一同は、しばらくまた息がつけませんでした。スミス老人は、いつまでも唇をぶるぶる震わせていました。
宇宙通信
「なかなか気持ちのいい旅行を続けています」
帆村荘六は、救援ロケット第一号の中から、ニューヨーク・ガゼット編集局のカークハム氏と無電で話をしていました。
「はじめは、このような球形の部屋に住み慣れなくて、変な具合でしたが、もうだいたい慣れました」
テレビ電話で話しているから、この部屋の中が相手のカークハム氏にもよく見えます。そのかわり、カークハム氏の事務室の光景が、帆村の前にあるテレビ電話の映写幕に映っています。球形の部屋の一つを、帆村と三根夫少年の二人でもらっているのです。なぜこの部屋が球形になっているのか。その理由は、もっと先になるとわかります。室内の調度は、みんなしっかり部屋にくくりつけになっています。コップ一つだって、ちゃんとゴム製のサックの中にはめるようになっているのです。そしてそのサックは、壁とか机の上とかに、しっかり取り付けられているのです。
「この窓も、もう閉めたきりです」だって、いつ窓から外をのぞいても、真っ暗な宇宙空間に星がキラキラと光っているだけですからね」
地上から成層圏のあたりまで進んでいる間は、まだ外が明るく見えていて多少のなぐさめにもなりました。しかし、成層圏を突き抜けてからは、どこまで行っても暗黒の空間に星が輝いているだけでした。
もっとも、その中で一つだけ変わった景色がありました。それは、昼間でも真っ暗な空間の中に太陽が明るく輝いていることでした。月よりもずっと大きく、赤みがかった光を放っているのですが、まわりの空間は地上で見上げるような青空ではなく、相変わらず真っ暗な空間のままなのです。
それは、そのあたりにはもう空気がなく、太陽の光を乱反射するものがないからです。だから太陽だけが明るく光って見えますが、そのまわりは少しも明るくはならないのです。これは宇宙旅行の初歩的な知識といえるでしょう。
地上から20万キロメートルほど離れたところで、空から明るさが完全に消え去りました。そこまで到達するのに、地上を出発してからちょうど12時間が経過していました。これ以上のスピードを出すことは、乗組員の命にかかわる危険があったからです。
今もスピード(加速度)はぐんぐん増していますが、それは宇宙艇隊の隊長とその部下たちが、計器をしっかりと見つめながら、非常に正確にコントロールしているおかげです。そのやり方がうまくいけば乗組員の健康も保たれ、エンジンの効率も良くなります。しかもその結果こそが、『宇宙の女王』号の救援作業が成功するか失敗するかを決める原因になるのです。
「地上のみなさんは、われわれ救援ロケット隊のことを気にしていますか?」
帆村荘六は、そのことが気になったのか、カークハム氏にたずねました。
「気にしているなんてもんじゃない。君たちが空を飛んでいるところを24時間テレビで放送してくれ、という注文が来るくらいだ。新聞でも二面全部を今回の事件に使っているよ。それでも読者は『まだ報道が少ない』と不満を言ってくるんだ」
「なるほど、近頃では珍しいほどの関心ぶりですね。しかしそのわりに、われわれが現場に到着するまでには時間がかかるので、みなさんもやきもきしてしまいそうですね」
「その通りだ。だから一刻も早く現場へ到着してほしいものだ。このあと、本当に一カ月半もかかるのかね?」
「そう言っていますね、うちの艇長が……」
「これからの一カ月半、読者を退屈させずにどう引っ張っていくか。これはうちの社だけでなく、各社や各放送局も頭を悩ませているんだ。だからね、帆村君。その間に何かちょっとした事件でもあったら、すぐに知らせてくれ。それに、自分の部屋なんかに引きこもっていないで、操縦室に詰めて、首脳部の連中が何をしゃべり、何を考えているのかをよく注意していてほしいんだ」
「それはやっていますから安心してください。今、操縦室には三根夫が頑張っていますよ。ぼくと交代で、彼が今その部署についているのです」
「三根夫少年だろう? 子供に、首脳部の連中が言っていることがわかるのかね」
「彼は勘のいい少年ですし、ぼくがこれまでに相当勉強させてありますから、大事なことは逃さないはずです」
「そうかなあ。なんだか心配だぞ」
そう話しているときでした。艇内の電話のベルが、けたたましく鳴り響きました。帆村は手を伸ばして、卓上の電話機につながっている紐線をずるずると引っ張り出し、その端を耳に当てました。紐線の先には、線と同じ太さの小さな受話器がついていたのです。
「ああ、ミネ君か。……えっ、なんだって? 第六号艇がおかしいって? 故障? えっ、火災が起こった? 爆発の恐れがあるって? それは大変だ。ぼくはすぐそっちへ行くよ!」
帆村は受話器を元に戻すと、立ち上がる勢いで、テレビ電話の画面越しに録音器を抱えて目を丸くしているカークハム氏に言いました。
「わかったでしょう、三根夫はなかなか使えるでしょう? ではぼくは操縦室へ行きます。あちらからあなたに改めて連絡します」
帆村は急いで部屋を飛び出しました。刻一刻と危険が迫っています。
三根夫少年は、操縦室の壁際で頬を真っ赤にして張り切っていました。帆村の姿が見えると、三根夫は手をくるくると動かして、なにか合図のようなものを帆村に送りました。
「六号艇ハ絶望ラシイ」
手旗信号で、三根夫は重大なことを帆村に知らせました。
「どうしたの、第六号は……」
帆村は三根夫のそばへ駆け寄ると、小さな声でたずねました。
「いまから五分前に、後部倉庫から突然火を吹き出したそうです。原因は不明。消火に努めましたが、次々に爆発が起こって――燃料や火薬に火が移って誘爆が起こり、もう手がつけられないそうです」テッド隊長は、「絶望的だ」とつぶやきました。
「わかった。ここでの指揮は私がとるから、ミネ君は急いで部屋に戻り、ガゼット紙のカークハム君を呼んで、今の状況を伝えてきなさい。そしてね、私からも後で連絡を入れると伝えておくんだよ。それが終わったら、君はもう一度ここへ戻ってくるように」
「はい、その通りにします」
三根夫は急ぎ足で操縦室から出て行きました。
コメント