初級翻訳・火星兵団 第108話

海野 十三

「えっ、ロロ公爵とルル公爵? ああ、そうだった!
そう言えば、いつだか見た火星人の本当の姿を、今やっと思い出しました。
どうも失礼しました!」
千二は、やっとロロ公爵とルル公爵の本当の姿を思い出したのだった。

「いや、わからなかったのも無理はありませんよ。
火星に着いたということで、あなたがたは防寒服を着たり、酸素かぶとをつけたりしました。
ところが反対に、われわれは今まで着ていた窮屈な耐圧缶を脱いで、もとの裸(本当の姿)になりました。
とても身軽になって、みんな喜んでいるんですよ」
「なるほど、なるほど。
あなた方と僕たちは、ちょうどあべこべなんですね」
千二はそう言って、思わず笑い出した。

火星人は千二少年よりも少し背が低いので、ロロ公爵と話していると、まるで年下の子どもと話しているような気がしてくるのだった。
その間、ルル公爵の方は相変わらず黙っていたが、その時ちょうど扉が開いて外の風が入ってきたので、ルル公爵はロロ公爵を振り返って言った。
「さあ、出かけましょうぜ」

ロロ公爵とルル公爵は、蟻田博士のところへ別れのあいさつにやって来た。
「蟻田博士、いろいろとお世話になりましたが、それではこれから出かけます」
「おお、いよいよお出かけかな。
では、どうぞお元気で。
大勝利を祈っていますぞ!」
博士はロロ公爵とルル公爵の手をしっかりと握りしめて励ました。

普段は無口なルル公爵も、
「蟻田博士、ご恩のほどは忘れません。
たとえこれで討ち死にしましても、私はもう思い残すことはありません」
と、感激の言葉であいさつをした。
「あなたは体が弱いのだから、くれぐれも気をつけてくださいね」
博士の短い言葉の中には、とても温かい思いやりがこもっていた。

「じゃあ、新田先生も千二君も、さようなら」
「どうぞ、しっかりやって来てください!」
「ロロ公爵、ルル公爵、万歳!」
「ありがとう、ありがとう!」
二人の公爵は、思い出の詰まった大空艇から外へと歩み出た。
足の下で踏みしめたのは、ひさびさの火星の大地だった。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、お元気で……!」
二人の公爵は、ついに暗闇の中にその姿を消していった。

大空艇の中には、今や地球から来た蟻田博士と新田先生、そして千二の三人きりになってしまった。
「博士、これからあの二人の公爵はどうするのですか?」
新田先生がたずねると、博士はこう答えた。
「いよいよ旗揚げをするのさ。
二人はペペ山へ向かったはずだが、そこには二人のために火星国をもとに戻そうと考えている『三角軍』という秘密の兵士たちがいるそうじゃ。
二人の公爵がペペ山に戻ったと知れば、同志の仲間たちも次々と集まってくることだろう」

「博士、僕たちはこれからどうするのですか?
この吹き矢を持って、すぐに火星兵団のほうへ攻め込んでいくのですか?」
千二がワクワクしながらたずねた。
しかし、博士はそれを聞くと首を横に振って言った。
「いや、火星兵団を攻めると言っても、たったわれわれ三人ではどうにもならない。
結局のところ、ロロ公爵とルル公爵の成功を待って、火星兵団と話し合いをするほかないのじゃ」

「おやおや、戦争をするわけじゃなかったのですか?
この吹き矢を使って、火星兵団をやっつけるのだとばかり思っていましたが……」
千二は少し不満そうな顔をした。
「いや、それは違うんだ。
――」ふき矢は万一のときに、われわれが身をふせぐ道具なのじゃ」
「じゃあ、ぼくたちは、これからどうするのですか」
「ロロ公爵とルル公爵の旗あげが、うまくいくかどうかわかるまで、まっているのさ。
いや、こんどは多分うまくいくだろうと思っている」
と話をしていると、新田先生が、とつぜんおどろきの声を発した。
「博士、いま向こうのやみの中で、なんだか、きらきらと光るものが、よこにとびました。
流星のようでもありますが、よこにとびました」
すると、博士はうなずき、
「そうか、どのへんかね」
「あのへんです」
と、先生が窓から外をゆびさした。
「よろしい。
暗視テレビジョンで、のぞいて見れば、すぐわかる」
博士は機械室の暗視テレビジョンをかけた。
すると、その映写幕の上に、まっくらな外のありさまが、まるでひるまのように、ありありと写った。
見よ、岩山のかげから、しきりにぎょろぎょろと目を光らせている怪物がある。
それも一つや二つでなく、かなりかずが多い。
光っているのは彼等の目であった。
カリン岬の岩山のかげから、こっちをのぞいている気味のわるいたくさんの目!
「ふん、やっぱり、丸木のやつ、わしたちを見つけたな」
と、博士は、暗視テレビジョンを、うごかしながら言った。
「ああ、やっぱり火星兵団でしたか」
と新田先生は、こぶしをにぎる。
「それでは、やっぱり、僕たちは戦争をしなければならないわけですね」
千二は、さっきから、しきりと、ふき矢をいじっている。
早く、ぷうとふいてみたくて、たまらないらしい。
博士は、岩山のあいだから、目をぎょろつかせている火星兵団の様子を、くわしく見ていたが、
「うむ、一つ、丸木を呼出してやろう」
と言って、マイクを手にとると、配電盤のスイッチを切りかえた。
こうすると、高声機が、外にあらわれるのであった。
「おい千二、この映写幕を見ておいで。
わしが今しゃべると、この岩山のかげにいる連中が、どんなことを始めるか。
おもしろいから見ておいで」
そう言って博士は、マイクに口をつけると、火星語でしゃべり出した。
「おれは蟻田だ。
丸木にここへ来いと言え。
いま十分のうちに来なかったら、おれは、丸木の体を水のように、とかしてしまうとそう言え」
博士の言葉は、火星兵のあたまの上に、大きな声となってふりかかった。
火星兵は、びっくりして、じぶんのあたまの上を見た。
なんだか、丸木をつれて来いなどと、けしからんことをいう怪物が、じぶんのすぐ頭の上にいるような気がしたのである。
しかし、そこには、くらやみがあるばかりで、生き物のすがたも見えなかったので、火星兵は、いよいよ気味わるがって、岩山のかげからとび出した。
そうして、にげるわ、にげるわ、その奇怪な体をむき出しにして、岩山づたいに、にげ出した。
岩山のかげからとびだした火星兵のむれは、ぴょんぴょんとカンガルーのように軽く、そうして早くとんでいく。
「おい、お前たち、逃げるのはいいが、さっきわしが言った通り、丸木に伝えるのだぞ。
丸木が来なければ、こっちから丸木のところへ出かけるからそう思え」
博士は、盛に火星兵をおどしつけた。
火星兵は、いよいよ驚いて、それこそ雲を霞と逃げていく。
「あははは、逃げちまった。
火星兵って、いくじがないんだなあ」
と、千二少年は、嬉しそうに笑った。
そばにいた新田先生は、博士に向かい、
「博士。
われわれは見つけられたのです。
今にここへ火星兵団の大軍が、押しよせて来るでしょう。
ですから、またガス砲をうつ用意をしては、いかがでしょうか」
と言えば、博士は首を左右にふり、
「それはそうだが、火星国へ来たら、なるべく彼等を殺さないのがいい。
なるべく彼等を降参させるのがいいのだ。

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