初級翻訳・火星探険 第27話

海野 十三

そして自動車は、音楽を鳴らしながらズンズンと火星人の群れへと近づいていきました。

 いままでは怒りでいきり立っていた火星人の大群。
長い棒を頭の上に高くふりあげながら、ジワジワとものすごい勢いでつめ寄ってきたあの恐ろしい大群――。
それがこの瞬間、急にピタッと足を止めたのです。
それから、ふりあげられていた棍棒のようなものが、だんだんと下におろされ始めました。
それだけではありません。
やがて火星人たちは、体を左右へフリフリしはじめました。
「證城寺の狸ばやし」のリズムにピタリと調子をあわせて……!
「やったぞ! 火星人にも音楽の良さがわかるんだな!」
 運転席の上の河合は、思わず飛び上がってしまいたいくらいのうれしさに包まれました。
彼は自動車のスピードをできるだけゆるめました。
そして蓄音機のボリューム(音量調節のつまみ)をグッとひねって、音楽の音を一段と大きくしました。
自動車はついに、火星人の大群のど真ん中へと突入していきました。

 奇妙な顔かたちをした気味の悪い火星人たちは、もはやこちらへ襲いかかる気配なんて全く見せず、なんと自動車の通り道をスーッと開けてくれたのです。
河合はそこで思い切って、自動車を彼らの真ん中にピタリと停車させました。
火星人たちは自動車のまわりに大きな円陣を作りました。
彼らはますます体を大きく左右に揺らして、楽しそうに音楽のリズムにノッている様子です。
そのうちに彼らは、大きな頭をぶんぶん振り、タコのような腕を大きくふりかざして踊りだし、しまいにはその場でクルクルと回りだしました。
どうやら、箱自動車の屋根の上でいっしょうけんめい踊っている三人の少年の「狸踊り」を一生懸命に真似しているらしかったのです。
「これはいいぞ!
この調子でレコードを二、三枚まわしているうちに、火星人たちはきっとぼくたちと大の仲よしになれるにちがいない。
おーい、みんな、もっと気合を入れて踊るんだぞ!」
 河合は下から自動車の屋根に向かって、大きな声でそう呼びかけました。
けれど、音楽の音のせいか、その声はどうもう上までうまく届いていないようでした。
それでも三人の少年たちは、夢中になって楽しそうに踊り続けています。
「まあ、楽しく踊っていてくれるならそれでいいか」と河合は思いました。

 その時、とつぜんにレコードの音がプツリと止まりました。
河合は、火星人たちのユニークな踊りにすっかり見とれてしまっていて、レコードがもう終わってしまったことすら気づいていなかったのです。
するとどうでしょう。火星人たちは踊りをピタリとやめ、再びガヤガヤとざわめき出し、なにやらまた危険な雰囲気が漂いはじめました。
「これはいけない!」
河合はあわてて新しいレコードにかけかえました。
今度かけたのは、ベートーベンの「月光の曲」でした。
この静かで美しい曲が響きはじめると、ざわついていた火星人たちは、ピタリと物音を立てるのをやめました。
「ふむ、やっぱり火星人は音楽が大好きなんだな」
と、河合はひとりごとのようにつぶやきました。
しかし、火星人たちはもう踊ってはくれませんでした。
そして石のように体をピクリとも動かさず、大きな目玉をこちらへじっと向けたかと思うと、今度はなんだか奇妙な声をあげはじめたのです。
その様子はまるで、名曲の美しさに心を打たれて、しくしくとすすり泣いているようにさえ思われました。
「おーい、河合!
そんなレコードはやめてくれよ!
ベートーベンの曲じゃあ、踊りようがないじゃないか!」
 箱自動車の上から、山木がドスのきいた声でどなりつけました。
「もっと踊れるような、にぎやかな曲をかけてくれよ!
ほら見ろ、火星人たちがまた変な声を上げて吠えているぞ。
このままだと、今にこっちへ飛びかかってくるぜ!」
 ネッドも下に向かって、心配そうな抗議の声を送ってきました。
「ああ、そうだったな、みんなは上で踊っているんだったっけ。
よし、今すぐ曲をかえるよ!」
 河合はまたしてもあわてて、手探りで別のレコードをかけかえました。
手にあたったのは「越後獅子(えちごじし)」でした。
これなら絶対に、にぎやかで盛り上がる曲に違いありません。
和洋合奏のにぎやかな音楽が元気よくはじまりました。
すると、その効き目はすぐに現れました。
お墓の石のようにカチコチになっていた火星人の群れは、たちまち陽気に動きだしたのです!
彼らは手をふり、足をあげ、重そうな頭を動かして、まるで熱い釜の中にイナゴをたくさん放り込んだかのように、ものすごく活発で激しい踊りをはじめました。
「おーい、その曲はだめだぁーーっ!」
 上から山木が慌ててどなり声をあげました。「だってにぎやかでいいじゃないか」
「いや、だめだい。
にぎやかすぎて、踊りのほうがついて行けないよ。
かわいそうに、ネッドなんかまじめに踊っているもんだから、足がふらふらしているよ」
「困ったねえ。
『證城寺』をやるか」
「うん、それよりは軽快なワルツでもやるんだね。
そして火星人が少しおちついたところを見計らって、外交交渉を始めるんだね。
もういい頃合だと思うよ」
「なるほど、それでは何がいいかな。
そうだ、『ドナウ河の漣(さざなみ)』を掛けよう」
 スピーカーから「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになりました。
そして次第にからだを左右にゆすって、波の寄せるような運動をくりかえすのでした。
山木が自動車から下りて来ました。
そのあとから張とネッドが下りて来ました。
「じゃあ三人で行ってみるかね。
君はここにいて、音楽をつづけてくれたまえ」
 山木は河合にそう言いました。
「大丈夫かい。
まだ早いんじゃないか」
「いや、今が頃合いだ」
 自信があるらしく山木はそう言って、張とネッドを手招きすると、大胆にも砂の上をぱたぱたと足音を立てながら、火星人の群れへと近づいていきました。
三人とも、例の大きな円い兜をかぶり、空気服のお尻には太い尻尾をぶらさげて……。
さあどうなるでしょうか。
果して火星人の群れは、山木たちを素直に迎えてくれるでしょうか。
それとも一撃のもとに、頭を叩き割られてしまうのでしょうか。
河合はレコードの番をしながら、友の後ろ姿と火星人の様子とを見くらべるのに大忙しでした。

初会見

 三人の少年大使は、やがて進めるだけ進んで、火星人の群れの前に立ち停まりました。
あとで山木が語った感想によると、彼はあまりにも異様な火星人をたくさん目の前に見たので、頭が変になって気を失いかけたそうです。
張の感想によると、彼は火星人の身体つきを見て、これはスープで丸煮にして食べたら、さぞおいしいだろうと思ったそうです。
ネッドはどんなことを考えたでしょうか。
何とかして火星人をひとりお土産にして地球へ連れて帰り、見世物にしたら、さぞお金が儲かることだろうと思ったそうです。
それはさておき、山木はここで火星人に対して一つ敬礼をして親愛の情を示したいものだと思いましたが、さてどんなかたちをして見せれば、火星人たちはそれを敬礼だと受け取ってくれるだろうかと悩み込みました。

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