だけどね、われわれ技術者(ぎじゅつしゃ)というものはだな、何か思いついたことがあったら、すぐに本物を作ってみることが大切なんだ。
技術者というのは、すぐに自分の技術を目に見える形にしてみせる。
そこが技術者の技術者たるところだし、誇り(ほこり)でもあるんだ。
――っといかん、なんだかむずかしい演説になっちまったな。
かみくだいて言うとだな、早く本物を作りなさいってことさ。
頭の中で考えているだけで、実際に手を動かさないのでは、本物の技術者とは言えないよ。
実際に手を動かしてみれば、机の上では気づかなかった、もっと良くするための工夫(くふう)や直すべきところが見つかるものなのさ。
おい、未来の地下戦車長どの。
このへんでしっかりと考えを改めて、出直すんだな。
ぼくは楽しみにしているからさ」
そう言って、係長さんはまた一郎の頭に手を伸ばそうとしました。
「っとっとっと――!」
一郎はあわてて体をよけました。
「あははは!
これはうっかりしていたよ。
あははは」
「あははは!」
一郎もいっしょに笑いました。
まったく、こんなめずらしいところにこぶができてしまったものです。
そのとき、向こうから一郎を呼ぶ声が聞こえてきました。
「おーい、岡部!
表のそば屋さんから電話があったぞ」
「おそばなんて、だれも注文していませんよ?」
「注文じゃないよ。
コンセントのところから火が出て、電気が消えちゃったんだとさ。
早く来て直してくれってさ。
ぐずぐずしていると、代用食を作るのが遅くなって、会社へもおそばを持って行けなくなるから、早く来て直してくれって言ってたぞ。
だからお前、すぐに行ってやってくれ」
「へえ、なんだかやけに長い言葉を使って修理を頼んできたんですね」
「そりゃあ、そうさ」
「えっ?」
「頭が悪いなあ。
電話をかけてきたのは、そば屋さんだろ?
おそばは長ーいものだからさ!
あははは!」
「なんだあ、ふふふふっ」
まわりで仕事をしていた係の人たちも、みんな一斉に吹き出しました。
「こらこら、笑い話はあとにして、岡部、自転車に乗ってすぐにおそば屋さんへ行ってきなさい。
一分おくれたら、それだけ国の大きな損失になるんだからな……!」
係長さんもニヤニヤ笑いながら、みんなに混じって一郎を送り出しました。
戦車博物館
その日の夕方、一郎は家へ帰りました。
弟や妹たちがみんなで協力して、夕ごはんのしたくをしていました。
やがてお母さんが、台所から大きな丼(どんぶり)にもりつけたおかずを持って、食卓のほうへやってきました。
そして、まるで戦場のようにいそがしく、でもとにぎやかな食事が、いつものように始まりました。
一郎たちの父親は、おととし、病気で亡くなっていました。
だから、さみしそうなお母さんを、一郎をはじめとする四人の子どもたちが、おたがいに慰め(なぐさめ)合いながら、元気づけていたのです。
食事がおわると、子どもたちはみんなでお手伝いをして、あっという間にお片付けをしました。
みんながよく働くので、るんるんと片付いていきます。
そのあとは、みんなでラジオの前に集まるのが日課でした。
だけど一郎だけは、その夜にかぎってラジオの前にやってきませんでした。
彼は玄関においてある自分の机の前にポツンと座り込んで、目の前に広げた一枚の紙をじっと見つめながら、首をかしげて考えこんでいたのでした。紙の上は、まだ、まっ白だった。
「ええと、地下戦車というやつは、どんなところをねらって、こしらえればいいかなあ」
彼は、ひとりごとをいった。
それで分った。
彼は、いよいよ地下戦車の設計にとりかかったのである。
察するところ、昼間、係長の小田氏からいわれたこと――“神に祈るのもいいが、ただ祈るだけじゃ、だめだ。
また、考えているだけじゃ、だめだ。
技術者という者は、考えたことを、早く実物につくりあげて、腕をみがき、改良すべき点を発見して、更にいい実物をつくり上げるよう、心がけねばならぬ”――ということばが、深く一郎の心に、きざみつけられたものと見える。
そこで、いよいよ実物設計にとりかかったわけである。
「どうも、見当がつかないなあ。
どこを、ねらえばいいのかなあ」
一郎は、すこし苦戦のていであった。
「とにかく、地面の下を、戦車が掘りながら、前進しなければならないんだから、つまりソノー……」
つまりソノーで、困ってしまった。
一郎は、気をかえて、本箱の間をさがしはじめた。
やがて彼は、一冊の切抜帳を引張り出して、これを机の上に、ひろげた。
この切抜帳には、ものものしい題名がついている。
曰く「岡部一郎戦車博物館第一号館」と!
岡部一郎戦車博物館第一号館!
いや、これは、他の人が読んだら、ふき出して笑うだろう。
しかし一郎は大真面目であった。
各頁には、新聞や雑誌から切り抜いた世界各国の戦車の写真が、ぺたぺたと、はりつけてある。
そしてその下には、その戦車の性能が一々くわしく記入されている。
(この戦車が、みんな実物だったら、大したもんだがなあ)
一郎は、切抜帳をひろげるたびに、そう思うのであった。
なにも実物であるには及ばない。
たしかにこの切抜帳は、りっぱな戦車博物館である。
第一号館は、もう頁が残り僅かであった。
(やあ、もう陳列場所が、いくらもあいていないぞ。
近いうち、第二号館の建築に、とりかかなくては……)
一郎は、なかなか忙しい身の上だ。
さて、「第一号館」を、いくども、ひっくりかえしてみたが、そこにある戦車は、いずれも地上を駆ける戦車ばかりであった。
こいつを、このまま、地下へはこび入れても、さっぱり前進させることができないことは、明白であった。
「はて、これだけ、りっぱな戦車がたくさんあっても、参考になるものは一つもないぞ」
一郎は失望を禁ずることができなかった。
全く、いやになってしまった。
彼は、ごろんと、うしろにたおれて、ぼんやり考えこんでいたが、そのうち、ふと、誰かのいったことばを思い出した。
“欧米など、外国の工業に依存していたのでは、日本にりっぱな工業が起るわけがない。
はじめは苦しいし困るかもしれないけれど、日本は日本で一本立ちのできる独得の工業をつくりあげる必要がある。
それは一日も早く、とりかからなくてはならないことだ!”
一郎は、むっくり起き上った。
「そうだ。
真似をすることなら、猿まわしのお猿だって、うまくする。
よし、自分で考えよう!」
「なにを、ひとりごとをいっているの、兄ちゃん」
後で一番とし下の弟の二郎の声がした。
「二郎、だまっておいでよ」
「いやだい。
兄ちゃん、いくよ。
お面!」
ぽかりと、一郎の頭に、新聞紙をまいてつくった代用品の竹刀が、ふりおろされた。
「ああッ、いたい!」
一郎は、とび上った。
なんとまあ、災難な頭の瘤だろう。
ちょうど、頭のてっぺんにある。
弟までに、その痛いところを殴りつけられて……。
だが、一郎は、逃げ足の早い弟を、追おうともしなかった。
じつにそのとき、彼は、神様のお声をきいたように思ったのである。
「そうだ。
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