初級翻訳・ふしぎ国探検 第3話

ふしぎ国探検

小さい樽の中で、うまくはいれるだろうか。
またそのふしぎの樽の中には、どんなにおどろくべき世界が待っているのだろうか。
樽の中

 ポーデル博士の話のおもしろさにつられて、東助もヒトミも、ふしぎの樽の中へ入ってみようと思った。
しかし、なんだか気味がわるい。
「では、三人で、手をつないではいりましょう。
東助さん、先へはいります。
東助さんの手、ヒトミさん、にぎります。
するとヒトミさん、次に樽の中へはいります。
ヒトミさんの手、私にぎります。
すると三番目に、私、はいります。
これ、よろしいではありましぇんか」
 博士は、三人が手をつなぎあってはいることを、すすめた。
「だって、こんな小さい穴の中へ、ぼくの大きなからだがはいるはずはないです」
「まだ、あなた、そんなこといってますか。
私のことば信じなされ。
その小さな樽の中にきっとはいれると思いなさい。
そうしてとびこむ、よろしいです。
ふしぎに、はいれます。「嘘は言いませんよ」
「そうかなあ」
「平行線というものは、どこまでいっても決して交わらない。そう決めているのは、昔からのユークリッド空間です。しかし、私のご案内する非ユークリッド空間では、平行線もやがて交わるのです。だから、大きなものも、先へ進んでいけば小さくなっていきます。あなたの体も小さくなって中に入れますよ。疑う必要なんてありません。さあ、早く中にお入りなさい」
 東助には、博士の言っていることがよく理解できなかったけれど、平行線がやがて交わるものだというなら、やがて体も小さくなるような気がしたので、思いきって樽の小さな穴へとびこんでみることにした。
「ではお先に、ワン、ツー、スリー」
 東助は、思いきって小さな穴の中へとびこんだ。
水泳のとびこみのように、手と頭の方を先にして。
……ただし左手はヒトミと手をつないでいるので、右手だけを先にのばした。
すると、東助の頭は急にクラクラとめまいがした。
耳もとで、すごい雷のような音が聞こえた。
しかしそれもほんのちょっとの間だけですんだ。
次は急に気もちがよくなった。
さわやかな音楽が耳に入ってきた。
すばらしい良い香りが、鼻の中へと入ってきた。
あたりが明るくなった――見なれない部屋の中に、彼は腰をおろしていた。
あまり広くない部屋ではあるが、まわりには機械がいっぱいに並んでいた。
そうだ、どうやら大きな飛行機の操縦室のようだ。
しかしそれにしても、あまりに立派で複雑な機械がたくさん並んでいる。
こんな大掛かりな操縦室を持った飛行機は、よほど大きな飛行機にちがいない。
「東助さん。
なにをぼんやり考えこんでいらっしゃるの」
 ヒトミの声だった。
うわっと現実にかえって振り返ると、いつの間にはいってきたのか、ヒトミの姿もあり、ポーデル博士もにこにこと髭だらけの顔をうごかして笑っている。
「どうです。
私言ったとおりだったでしょう。
小さな穴に入れました。
そして中は、このとおりなかなか広いでしょう」
 博士はとても得意げだ。
いつの間にか服装が変わっていた。
まるで探検家がアフリカの猛獣狩りにいくような半ズボンの軽装になっている。
頭の上には、四角い大学帽のかわりに、白いヘルメット帽がのっている。
そして口には、とうもろこしで作ったパイプをくわえて、タバコの煙をぷかーり、ぷかーりとかし出している。
東助は、自分が通ってきた道のりを考えて、ふしぎでしかたがなかった。
「ここは樽の中なんですか。
それとも、別の場所なんですか」
「もちろん樽の中ですよ」
 すると、自分たちの体は小さく縮まってしまったということになるのかな。
「さあ、私がこれからこの樽を操縦して、おもしろい国へご案内しますよ。
あなたがた、そこのイスに腰かけて十五分ほど待っていなさい」
 そう言うと博士は、操縦席らしいイスの一つに腰をかけた。
そしてレバーをうごかしたり、操縦桿(かん)をひねったりした。
かすかな振動が起きて、部屋が動きだした。
ああ、今、樽がとびだしたのだ。
どこへ行くのだろう、この奇妙な飛行樽は?

何の注射か

 博士は、その行き先について、なにも語らなかった。
そこへ着いてから、目を開けて見れば、自然とよくわかるだろうと言った。
東助とヒトミは、向こうへ行き着くより前に、すこしでもその国がどんなところであるか知りたかった。
だから博士に、何度も何度もねだった。
しかし博士は怒ることもなく、ますます上きげんに見えた。
そしてやっとパイプのすきまから、すこしばかり言葉をもらした。
「世界には、だれが住んでいますか」
「世界にですか。
人間が住んでいます」
 博士の質問に、東助がこたえた。
「人間だけですか。
アリはどうですか。
桜の木はどうですか」
「ああそうか。
さっきの答を訂正します。
世界にはたくさんの動物が住んでいます。
人間も含めて、ここは動物の世界です」
 東助はヒトミをふりかえって、この答で正しいだろうかと、目で尋ねた。
ヒトミはうなずいた。
「そうでしょうか」と博士は言った。
「では、もう一つ聞きます。
地球の上で動きまわっているものは何ですか」
 まるでクイズ番組のようであった。
「それは動物です。
人間や馬や鳥や魚、それから甲虫や蝶々やミミズ……みんな動物です」
 これはヒトミが答えた。
「そのほかにいませんか」
「動物のほかに、動いているものはありません。
動物とは、動くものと書くんですから、動くものはすべて動物です」
 ヒトミが自信をもっていった。
「そうでしょうか」と博士は言った。
「ではもう一つだけたずねます。
地球の上で、感覚を持っているものは何でしょうか。
行きたいと思ったほうへ行ったり、寒くなれば寒さに耐えるように用心したり、おいしい空気を吸ったり、飲みたければどんどん水を飲んだりもする。
それはいったい何でしょうか」
「それは動物です」
「わたしもそう思います。
動物です」
 二人はそう答えた。
そんなの決まりきっているからだ。「そうでしょうか」
 と、博士は、こんども疑うような言葉で答えました。
なぜ、そんなに誰でも知っているようなことを疑うのですか。
――と、東助もヒトミも博士に聞き返したいくらいでした。
「世界は動物のもの。
地球の上で動くのは動物。
感覚があり、したいことをするのも、また動物。
あなたがた、そう言いましたね。
――よくこのことを覚えていてください。
あとになって、私はもう一度、あなたがたに同じことをたずねます」
 博士は、なぞのようなことを言いました。
「話をしているうちに、もう着きました。
そのふしぎな国へ降りていきます。
ちょっとめまいがするかもしれません。
少しですから、がまんすると、よろしいです」
 博士の言葉が切れると同時に、どこからともなく、変な音が聞こえはじめました。
それは奇妙な音色を響かせながら、変化していきました。
すると、二人は急に胸がわるくなって、吐きそうになりました。
けれど、まもなくそれは消えました。
いやな音も消えました。
揺れもなくなりました。
博士がのっそりと操縦席から立ち上がりました。
「いよいよ、あの国へ来ました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました