初級翻訳・海底都市 第22話

海底都市

さて、どうやら分かってくれたようだから、早速、例の謎の陰謀者たちの真っ只中へ入り込んでもらいたい。通信機もここに用意してある。彼らの正体をつきとめてくれたまえ。そして、われら海底都市に対して何をするつもりなのか。われらと平和的に話し合う気はないのか。それから、できれば彼らの生活の弱点というものを見てきてほしい。さあ、そう決まったら、この潜航服を着せてあげよう」

博士はいつの間にかメバル号を海底に停止させていた。そして座席から立ち上がり、僕の着替えをうながした。

海底を行く

変なことになった。カビ博士と名乗る辻ヶ谷君の切なる頼みにより、僕は海底深く分け入って、凶暴な未知の怪生物たちを探し、彼らと重大な交渉をしなくてはならない羽目になったのだ。カビ博士は、僕に着せた潜航服をもう一度綿密に点検して、異常のないことを確かめたあと、僕に門出の祝福を述べてくれた。

「じゃあ、行ってくるよ」
「しっかり頼んだよ」
「何か異変があったら、すぐ救い出してくれるんだぞ。いくら僕がこの海底都市では幻の人間だと言っても、やっぱり自分が殺されるなんて気分が良くないからね」
「それはよく分かっている。こっちも十分に君を監視しているんだから、もし間違いが起きたと分かれば、全力をあげて救出する。安心して行きたまえ」

カビ博士はそう言って請け合ってくれた。
僕はついに海底に降りた。軟泥の中に鉛の靴がずぶずぶとめり込み、あたりは煙が立ち込めたように濁ってしまった。
「兜(かぶと)につけてある電灯のスイッチを入れるんだ」
博士の声が、超音波を使った水中電話機を通って聞こえてくる。僕は言われた通りにした。
ぱっと前方が明るくなった。僕がかぶっている潜水兜の額のところについている強力なヘッドライトが点いたのだ。なかなか明るくて、前方百メートルくらいまでのものは、昼間と同じようにくっきりと見えた。

「百十五度の方向だよ。間違えないようにね……そのうちに、クリッ、クリッという怪音が聞こえ出すはずだ。その音の方向へ進んでいくんだ。多分七、八百メートル先に、例のトロ族の哨戒員か何かがいると思うよ」
カビ博士はよほど心配なのか、またギャアギャアと水中電話機を通して話しかけてくる。僕は羅針盤をにらみながら、百十五度の方向へよたよたと歩いていった。あたりは軟泥ばかりで、海草も何にもない世界だった。魚の群れさえ見当たらない。
――いや、魚が全くいないというわけではない。
ぐっと踏みしめた鉛の靴の下が、ぐらぐらと崩れ落ちるように感じたときは、決まって足元から真っ黒なものが飛び出してくる。
それは深海魚だった。
僕はそのいくつもの姿を、ヘッドライトの光の中に認めたが、どれもこれもどす黒く、おぞましい形をしていて、魚とは呼べないような代物ばかりだった。
まるで魚と両生類を掛け合わせたような姿にしか見えなかった。
普段は何一つ光の届かないこの深海にも、ちゃんと楽しく暮らしている動物たちの世界があるのだ。
いや、動物だけではないだろう。
僕には見えないが、おそらく原始的な微細植物も、ここぞとばかりに活発に繁茂しているに違いない。

行けども行けども、どこまで進んでも単調な同じ景色ばかりが続いていた。
僕は少々バカバカしくなってきた。
ひょっとしたら、カビ博士にうまいこと一杯食わされたのかもしれない、などと考え出した。
その博士は、さっきからもう黙りこくったままだ。
ただ、水中電話機から発せられる連続的な通信音だけが、かすかに受話器から聞こえてきている。

そのときだった。
全くの不意打ちだった。
僕が歩いている前方五メートルほどの海底が、急にむくむくと持ち上がった。
それはまるで、巨大なモグラがいて、大地の下から土を押し上げたかのような光景だった。
とにかく僕の目の前に、突然高さ二メートルほどの小山のようなものが出現したのである。
そしてよく見ると、それは生き物のようにしきりに動いていた。

「な、なんだ。
おどかすなよ、海モグラの親方さん」
僕は水中電話機を通して、何者とも正体の知れない土塊に声をかけた。
僕が声をかけたとき、その土塊は激しく上下左右へ振動したようだった。
しかし相手は返事一つしなかった。
「おい、おい、通り道を邪魔しないでくれよ」
僕はふてぶてしく言い放った。
そして、そのまま土塊に近づいて、その横を通り過ぎようとした。
すると、僕の行く手に当たって、また別の土塊がむくむくと頭をもたげた。
一つではなかった。
五つ、六つ――いや、その数はぐんぐん増えて、十四、五にもなっただろうか。その土塊たちは、まるでダンスでもしているように上下左右に揺れながら、僕の行く手を完全にふさいでしまったのである。

このとき僕は、それまでに聞いたことのない、あやしい音響を耳にした。
トロ族。

僕は当惑の絶頂にいた。
むくむくと、土饅頭のような怪物が、僕の周りを這い回る。
耳の奥を突き刺すような変な怪音が、だんだん激しくなっていく。
最初はそれが何の音だか見当もつかなかったが、そのうちに、あれは怪物どもが盛んに喋り合っている声ではないかと思い当たった。
どうせ僕のことをやかましく議論しているのだろう。
僕は立ち往生していた。
そして怪物たちの騒ぎを、見守っているしかなかった。
が、そのうちに気持ちが少し落ち着いてきた。
あとはどうにでもなれと、腹をくくったせいだろう。

「もしもし、トロ族の君たち。
いつまでも僕の周りを走り回らないで、話があるならさっさと話しかけてくれたらどうだね」
相手に通じるという自信はなかったが、かねてカビ博士から教わっていたこともあったので、思い切って普通のことばで話しかけてみた。
ある程度の効き目はあったようだ。
僕が話しかけると同時に、怪物群は一斉に動き回るのを止めて、僕のほうへ頭部を突き出すようにしたからだ。
「もしもし、トロ族の君たち。
話は早いところ決着をつけようじゃないか」
「それはこっちも望むところだ」
奇妙な声が、僕に答えた。
それは、すり減ったレコードに鋭い金属針を突っ込んで無理やり回したときに出るような、ゆがんだキーキーという声だった。
「よろしい。
君たちはいったい何を望んでいるのかね、われわれ人類に対して……」
「変なことを言われては困る。
われわれも人類だよ。
君たちだけが人類じゃない」
返事とともに、怪物群は一斉に頭部を揺さぶって奇声を放った。
それはあざけりの笑い声のように響いた。
「僕には信じられない。
本当に君たちも人類であるなら、ちゃんと姿を現したほうがいいじゃないか。
そんな揚げていない前の天ぷらみたいな格好で僕の前に立っていて、おかしいとは思わないのか」
鋸(のこぎり)の目立て大会のように、キーキーという声が激しく起こった。
が、そのうち別の声がすると、キーキー声はぴたりと静まった。
「ではヤマ族の君」と相手の声がいった。
「われわれは姿を見せるであろう。

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