今まで姿を見せなかったのは、一つには防衛のためであり、また一つには君たち劣等な人類がわれわれを見て、気が変になるような事態があっては困ると思ったからだ」
劣等な人類――とは、何事であるかと、僕は少々ムカムカしたが、それは抑えた。
誰が気が変になんかなるものか。「ご丁寧にどうも。こちらの正気は大丈夫ですから、早くお互いに顔を見せ合いましょう」
そう言ってから、僕はしまったと思いました。なぜなら、こっちは潜水ヘルメットをかぶっているのです。これを外して素顔を見せたりすれば、たちまち息ができなくなって、死体となって海に浮かぶ羽目になるからです。
その時でした。僕は驚きのあまり息が止まりました。見よ、一斉にトロ族が姿を現したのです。例の背の高い土饅頭のようなものがとろとろと溶け落ちると、その後に残ったのは、僕の二倍ほどの背丈がある、不思議な顔をした人間に似た生き物でした。
彼らの全身は真っ白で、肉付きは悪くありません。その顔は首がなく、肩の上に直接ついているようでした。いや、首がなくなって肩とあまり変わらない幅になっていた、と言った方がいいかもしれません。頭には毛が一本もなく、丸い兜のような形をしていました。額は狭く、目はひどく大きくて顔から飛び出しています。しかも両目の間はかなり離れていて、言い方を変えれば、目は顔の側面の方へずいぶんと移動していました。鼻はあるかないかというほど低く、その代わりに口元が膨らんで大きく前に突き出し、唇は尖っています。顎はたくましく膨らんでいました。腕は短く、手は広がってヒレのようになっています。脚は太くて長いのですが、足首から先はやはり尾ヒレのような形をしていました。ヒレらしいものが背中や、胸と腹の境目にも続いています。乳房がある者とない者の両方がいました。
ざっと彼らの身体つきについて感想を述べると、確かに人間らしくもありますが、多分に魚の特徴を備えています。とはいえ人魚というほどではなく、それよりもずっと人間に近い存在です。とにかく、こんな奇妙な相手の身体だと知っていたら、もう少し正体を現してもらうのを待ってもらえばよかった、とも思いました。
「どうだね、君。気は確かかね」
僕の前にいた一際大きな魚人が、そう言って口から泡を吹きました。
「大丈夫ですよ。君たちの姿を見て気が変になるなんて、そんな気の弱い者じゃない」
僕はトロ族たちに、そう伝えました。
「ふうん、どうかな。君たちヤマ族は、よく嘘をつくからね」
魚人が言いました。
「さあ、そんなことより話をつけよう。一体君たちトロ族は、われわれに対して何を希望するのかね。僕はできるだけ、君たちの希望が叶えられるように努力するつもりだ」
僕は早く交渉を切り上げてしまいたいと思い、本題に入りました。
「よろしい。われわれの不満を聞いてもらおう――近頃、君たちヤマ族の海中侵入はひどいではないか。われわれトロ族としては非常に不安だ。前もって挨拶もなしに、どんどん海底まで侵入してくるとは、よろしくないのではないか」
トロ族の委員長らしい魚人は、はっきりと要旨を述べました。他の魚人たちは、頭を僕の方へ突き出して、今にも飛びかかってきそうな格好です。
「君の申し出は分かった。われわれは侵入を正しいと思っているわけではない。われわれは君たちがこんなところに住んでいることを全く知らなかったのだ。やむを得ず地上の生活を捨てて、この海中や海底に下ってきたのだが、まさかこんなところに君たちが住んでいるとは思わなかったものだから、どんどん工事を進めて海底都市を建設したのである。これだけ言えば、われわれに不正な侵入の意図などないことを分かってもらえるだろう」
僕は秘密裏に、後方のカビ博士からの指示を受けながら、雄弁に述べ立てました。
「われわれが住んでいるとは知らなかったと言うが、それは本当だとは思えない。われわれのことについては、地上にも文献が残っているはずだし、またわれわれの一部は地上にも残留していて、われわれの移動についても伝えたはずだ」
「そんなことは知られていない。地上ではたびたび人類をはじめとする生物が死に絶えたことがある。少なくとも三回の氷河期や、回数も分からないほどの大洪水、恐ろしい地殻変動などによって、地上の生物は何度も死に絶え、言い伝えも途切れ、記録も流失して、ほとんど何にも残っていないのだ。ねえ、分かるだろう」
「しかし、どうだろうか。あれほど巨大で無数のものが完全に失われたとは思わないが、まあそれはそれとして――その外にもわれわれは、侵入してくる君たちに対して、たびたび警告を発している。しかるに何の誠意も示さないのはけしからん」
「いや、それも君たちが一方的に警告を発しているだけであって、われわれにはそれが通じなかったのだよ。通じなければ何の意味もない」
「ふふん、ヤマ族は昔から劣等なんだな。われわれとの知恵の差は、その後ますますひどくなったものと見える」
魚人はあざけりの意をはっきりと示しました。「それを知っているのなら――つまり君たちトロ族が、われわれよりもずっと文化的に進歩しているということを認めるのなら、君たちはわれわれを親切に指導してくれなくてはならないはずだ。
それなのに、むやみにあざ笑ったり、われわれをおそろしがらせたり、不意打ちのひどい攻撃を加えたりするのは間違っていると思わないか。どうだ」
僕は、ここぞとばかりに熱弁をふるいました。
「それこそ君たちの一方的な考え方だ。
とにかく、われわれが現に被っている損害を見てくれれば、どちらの主張が正しいか分かるはずだ。
われわれは今までに、我慢できるだけ我慢してきた。
しかしもう、これ以上は我慢できないのだ。
君はこれから海底の下へ降りて、われわれが被っている実害を視察するがいい。
その上で改めて、君の言い分を聞こう」
海底の下へ――とは、海底の下に、まだ国があるのだろうか。
彼らトロ族の住んでいる国がそこにあるのだろうか。
魚人は、僕を海底の、さらにその下へと引きずり込もうとしているのだ。
どうしよう。
行こうか、それとも断ろうか。
「よろしい。
僕は視察する。
万事は視察した上でのことだ」
「来たまえ。
そして見たまえ」
魚人は僕の手をとると、どんどん足元を掘り始めました。
彼の足はプロペラのように動いて、みるみるうちに穴が大きくなっていきました。
僕の体はその穴へ引きずり込まれました。
穴の縁は、僕の目の高さよりもはるかに上にありました。
「来たまえ。
こっちだ」
魚人が手を激しく引っぱりました。
僕は魚人に引きずられるようにして歩きました。最初はとても歩きにくかったのですが、そのうちに楽になりました。
しかし、かなり強い抵抗を体の正面に感じました。
それはまだいいとして、憂鬱だったのは、あたりが真っ暗で、墨壺の中を歩いているような感じがすることでした。
地底居住者
僕は途中のことをよく覚えていません。
あの気持ちの悪い海底の、そのまた下の泥の中へ引きずり込まれていったとき、途中で気を失ってしまったらしかったのです。
「あ、痛っ!」
高圧電気に触れたときのような激しい衝撃を感じるとともに、全身に鋭い痛みをおぼえました。
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