初級翻訳・火星兵団 第54話

海野 十三

先生、あなたは、やっと、我々の話を、本気で聞いてくれるようになりましたね」
「で、私に、政府へ話をしろと、おっしゃるのですか」
「その通りです。
そうして、こういうことも、よく話をしてもらいたいのです。
わが火星の宇宙艇の着陸場として、この附近の山中を我々にゆずってもらいたいのです」
「えっ、何ですって」
 丸木は、少し言葉じりをふるわせながら、
「つまり、この山梨県の山中を、我々火星人に、自由に使わせてもらいたいのです」
 と、何でもないことを、おずおずと申し出た。
どうも、丸木の話しぶりがへんだ。
31 火星人

 たいへんな相談をかけられたものである。
地球人類を救ってやるから、この山梨県の山中一帯を、火星人にゆずれと言うのだ。
新田先生は、そんな相談をかけられても、返事をすることは出来ない。
先生は、この山梨県の地主でも何でもないのだから。
「そんな相談を受けても、私にはとりきめる力がありませんよ」
 先生は、正直に怪人丸木に返事をした。
すると丸木は、むっとしたようであった。
「なぜ、とりきめが出来ないのかね」
 丸木は、時々らんぼうな口のききかたをする。
「私は、そんなことに力のない一国民ですからねえ」
「そんなことはない」
 と、丸木は強く言いきった。
「我々は、君を人間の代表として、相談をしているのだ。
力があるもないも、もう一箇月もすれば、地球の人類は、誰も彼も、なくなってしまうではないか。
君は人間だろう。
人間なら、人間として、りっぱに我々に返事が出来るはずだ」
 どうもよく、丸木の言っていることが、のみこめないが、火星人は、人間界のことなら、どの人間に相談してもいいのだと、思っているらしかった。
先生は、はからずも人間の代表に選ばれて、むしろ、たいへんめいわくだった。
どうしたものかと、なやみながら、ふと前を見ると、怪人丸木のまわりには、いつの間にか例のドラム缶に、細い手足をはやしたような火星人が、たくさん集って来て、しきりにこっちを見ている。
先生は、その時、火星人が、まん中に妙な機械を抱えこんでいるのを見つけて、あれは一体何であろうかと、不思議に思った。
それは、ラジオの機械の上に、うちわを立てたような機械だった。
先生がこっちから何か言うと、丸木以外の火星人は、その機械の方に、ねっしんに顔をよせる。
「どうしても、そんな相談に、約束は出来ません」
 先生は、きっぱり言った。
「まだ君は、そんなことを言うのか」
 怪人丸木は、いよいよきげんを悪くした。
すると、他の大勢の火星人も、とつぜん奇妙な声を立てて、騒ぎ出した。
その時先生は、その大勢の火星人が、大事そうに抱いているへんな機械が、ひょっとすると、人間の話を、火星人にわかるように直す変話機ではないかと、気がついた。
その時先生は、とつぜん火星人の一人に、胸ぐらを取られて、びっくりした。
「こら、らんぼうし給うな」
 と、先生は彼の手を振りはらったが、彼はしっかと握って、放さなかった。
その時、先生は火星人の手が、まるで鋼鉄の棒のように固くて、そうして冷たいのを知っておどろいた。
そのらんぼうな火星人は、先生をなぐりつけるつもりか、一方の手を振上げた。
その時、火星人の腕のつけねに妙な音がした。
ぎりぎりぎりと、何か歯車で鎖を巻くような音だった。
「何をするっ」
 先生は、必死になってそれを防ぎながら、火星人の目を見た。
火星人の目は、じっと遠いところを見つめているようであった。
ガラス玉のような、うつろな動かない目であった。
そのくせ、火星人の腕はのびて、先生の頭をめがけて、はげしくうちおろすのであった。
「あっ!」
 先生は、受損じて、頭が割れたかと思った。
そうして、ふらふらと倒れそうになったので、先生は前後の考えもなく、火星人の胴中に抱きついた。
すると、火星人はあわて덜ったようであった。
そうして急に弱くなって、ごろんとその場に倒れた。
新田先生は、火星人を下に押さえつけたまま、ふうふうと苦しい息をはいた。
何かどなりつけてやりたかったが、あまりに息切れがはげしくて、声を出そうにも、声が出なかった。
下になっている火星人は、両手、両足を動かして盛にもがいた。
ひゅう、ひゅう。
ぷく、ぷく、ぷく。
火星人は、妙な声をあげてうなった。
新田先生は、この時火星人の体について、重大な発見をした。それは、ひゅうひゅう、ぷくぷくという奇妙な声が、火星人の口から出ているのではなく、のどのあたりから聞こえてくるということでした。
先生はびっくりして、その火星人ののどをじっと見つめました。
すると、火星人の首は、今にも肩からポロリと外れそうになっていたのです。
やっぱり、首のない生き物なんだ――火星人というのは!
ひゅうひゅう、ぷくぷくという声は、首と肩のつぎ目のあたりから漏れ出ていたのです。

首が外れる生物! 首なしの生き物!
そんな不思議な生き物が、この世の中にいていいものでしょうか。
ハッとして、先生はもう一度火星人の目をじっと見直しました。
目は相変わらずガラス玉のように遠いところを見つめていたまま、少しも動きません。
まるで作りものの目のようです。
のたうち回る火星人を必死におさえつけながらも、先生は苦しい息の下で、敵の体に油断しないよう注意を払い続けました。

先生は火星人の口を見ました。
口は半開きになったままで、うるおいもなく、ピクリとも動きません。
もちろん、そこからはげしい息づかいが聞こえることもありませんでした。
どう考えても、この火星人は、作りものの首を肩の上にのせているとしか思えません!

(驚いたぞ。
火星人のやつめ、作りものの首をのせているらしい!)

先生が下に組み敷いているこの火星人だけが、特別というわけではありません。
丸木だと思われるあの怪人も、この前、首をコロンと落としたことがあったのです。
先生は急に気持が悪くなりました。
首がないのに生きているなんて、とても信じられない、不思議なことです。
とても本当のことだとは思えません。
しかし、火星人はまさしく、首がないままで生きているのでした。

それを証明するかのように、ちょうどその時、先生の下でもがいていた火星人の首がポロッともげて、ころころと向こうへ転がっていったのです。
「あっ、とうとう首が落ちた!」
あまりの奇怪さに、新田先生はもう我慢できなくなり、火星人の腹の上から飛び退こうと上半身を起こしました。
その時でした、先生がもう一つの恐るべきものを見たのは……。

それは一体、何だったのでしょうか?
新田先生が上半身を起こした時、先生は、火星人の胸についている大きな二つのボタンに、まるでグッと睨みつけられたような気がしたのです。
ボタンに睨まれる?
そんなことがあってよいのでしょうか。
とにかく、確かにその大きな二つのボタンに、じっと睨まれたような気がしたのです。
そして、確かにそのボタンは、目玉のようにぐるぐると動いたのでした。

「ああっ!」
先生は思わず叫び声をあげて、もう一度その目玉のように動く大きなボタンを見つめました。
するとどうでしょう。

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