初級翻訳・火星探険 第30話

海野 十三

彼の勝ち誇っていきり立った触角がだらりと下がり、そしてやがてそれは曲の旋律にあわせて、すこしずつくねり出した。
ふしぎにも、音楽には弱い火星人だった。
さっきから黙っていた火星人代表のギネがブブンの肩を叩いて何かいった。
するとブブンはとびあがった。
何かおどろいたらしい。
彼は山木たちの方へ出て来て、
「へえっ。
君たちは地球人の少年かね。
おれは君たちが成人した地球人だと思っていたが……」
「そうです、ぼくたち四人は少年です」
「四人? 三人しか見えないが……」
「もう一人は、あの自動車の中にいます」
「あのうつくしい音を出しているのが、そうか」
「そうです」
「ふうん。
これは意外だ。
おれは君たちが成人の地球人だとばかり思って話をしていたが、まだ年端もいかない少年だとは思わなかった。
少年でもあれくらいの考えを持っているのだから、成人した地球人は相当えらいのだろうね」
「えらいですとも。
大人は皆、宇宙艇に残っていますよ。
ぜひおだやかに会って下さい」
「よし、そうしよう。
ああギネが、君たちが少年であることをもっと早く教えてくれたら、おれはあんなにがみがみいうんじゃなかった。
なにしろギネは地球へ行ったことがあるんで、火星人の中では一番ものしりなんだ」
「えっ、ギネさんは地球へ来られたことがあるんですか」
「二三度行ったよ。
そうだね、ギネ」
「そうです。
三度行きました。
そして地球人のことを研究してきました。
だが私の行ったことは、地球人は気がつかなかったようです」
「へえっ、それはおどろいた。
どうして行ったのですか。
何に乗って」
「ははは、それはいいますまい。
アメリカ語を話せるようになったのも、私がそれをしらべてきたからです。
しかし私の地球研究はまだその途中でした。
だから火星の方で地球人を迎える用意もできていなかったのです。
それで私がいくらなだめても皆はいうことをきかず、地球人の入っている宇宙艇の方へ押しかけたわけです。
私は地球人の長所や文化を皆に知らせた上で、地球と正式に友交関係を結ぶつもりでした。
しかし君がたがあまり早く火星へ来てしまったので、私の計画もすっかり手違いになったのです」
 ギネは、さすがに物わかりのいいおだやかな火星人で、代表者としてはもって来いの人物だった。
山木も張もネッドも、ほっと一息ついた。
トロイメライの音楽が、軽快なワルツにかわった。
「さあ踊ろうや。
ぼくたちの仕事だ」
 ネッドは張を引張りだして踊りはじめた。
すると、さっきからすっかり温和しくなったブブンもそれを真似して踊りだした。
そのうしろにいたたくさんの火星人群も、また共にワルツの曲に合わせて舞いはじめた。
河合が、こっちの険悪な場面を心配して、思い切ってまた音楽を始めたことがたいへんよかったのである。
山木とギネの間には、打合わせがどんどん進んで、デニー博士をギネたちがおだやかに訪問してくる申合わせもついた。
音楽にあわせて火星人の舞踊はだんだんにぎやかになって行き、音声を発して踊り回る姿はまことにお天道さまのように無邪気で天真らんまんであった。
四少年と火星人の交歓は、ますますうまく行って、牛乳配達車のまわりには火星人がいっぱい集って来た。
そしてその横腹に書かれた牝牛の絵を指して、ものめずらしげに打ち興じるのであった。
牛は火星にはすんでいないのだ。
いや牛ばかりではない。
馬も羊も鹿も見たことがないのだった。
火星での大きな動物といえば、蛙にちょっと似た動物が居るきりだった。
もっともその不思議な生き物は猫ほどの大きさがあったが……。
四少年が、火星人をこの牛乳配達車に乗せてやると、火星人たちはますます上機嫌になった。
彼等は箱の上に鈴なりになり、奇声をあげてわめきさけび、周囲で見物している彼等の仲間と呼びあって大よろこびだった。
その中には、たくさんの火星の子どもが交っていたが、彼等は身体がたいへん小さく、犬の子ぐらいであった。
しかし大きな頭に大きな目玉をぐるぐる動かし、短かい触手をふりたてるところは火星人の大人とかわらなかった。
かわっているところは、首から下が非常に短くて、ほうずきの化物みたいに見えた。

大団円

 さてこの物語も、ここらで結末に入らなければならない。
火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見は、四少年の下工作が功を奏してたいへんうまく平和的にいった。そして、火星と地球のあいだに、やがて定期的な宇宙飛行の路線をひらくことや、それぞれの星で足りない資源を貸し借りしあうこと、さらに両者のあいだで文化や学問の交流をおこなうことについて、ひとまずの約束がまとまりました。
これはデニー博士にとっても、予想外の大きな大成果でした。
博士が火星への宇宙旅行を成功させただけでも素晴らしい大偉業であるのに、そのうえにこうした素晴らしい功績まで加えることができたのです。
それから博士は、次の仕事へとりかかりました。
それは、地球へ無電で連絡を取れるようにすることと、壊れてしまった宇宙艇の修理ができるかどうかを調べることでした。
地球との通信は、うまくいくようになりました。
発電機を動かすための燃料も十分にあり、新しい送受信機を組み立てるための部品をそろえることもできたからです。
もう一つの仕事である、壊れた宇宙艇が修理できるかどうかの調査は、探険隊の一行の運命を左右するきわめて重大な問題でした。
この調査には一週間がかかりました。
そしてその結果、とても修理は不可能であることがわかったのです。
一行の人々の目の前は、急に真っ暗になりました。
第一に、必要な機材がどうしても足りないし、工作機械も十分ではなく、そのうえ燃料がまったく足りなかったのです。
デニー博士は、思い切って宇宙艇をもっと小型のものに設計しなおし、手に入りやすい乏しい機械からこれを造ることを考えましたが、これにも大きな壁があって成功しそうにありませんでした。
それは、エンジンをそのままのせると宇宙艇が重くなりすぎて空へ飛び立てそうになかったし、かといってエンジンを小さくすることは、ここにある道具や機械ではとても不可能な相談だったからです。
ただ、エンジンをいったんバラバラにして、これまでのものの二分の一の大きさにするか、あるいは四分の一の大きさにすることはできました。そして、博士が考えていた小型の宇宙艇にちょうどいいのは、四分の一にしたエンジンを取り付けることでした。
だから、これならできそうに見えましたが、実際にその馬力とスピードを計算してみると、エンジンがあまりにも効率を悪くしてしまうため、火星を出発してから地球にたどり着くまでに五年もの歳月がかかることがわかったのです。しかも、その五年間ずっとエンジンを動かし続けるための燃料となると、途方もない量が必要となり、とても用意できそうにありませんでした。
こんなわけで、一行はついに地球へ帰るための乗り物を自分で用意することができないということがはっきりしてしまいました。
一行の失望と落胆(らくたん)の深さは、ここに文字で書き記すのもかわいそうなほどだったのです。
「マートンさん。
地球へ助けを求めることはできないのでしょうか。

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