初級翻訳・火星探険 第29話

海野 十三

そのうえ壊れた宇宙艇の中に細々と生き残っているだけで、これからどうやって自分たちの命の安全を守ったらいいものかと、すっかり途方に暮れていたのです。
そんなところへ、君たちが大勢でわっと押し寄せてきた。
あのおびただしい人数、あのはげしい勢い!
もしあのまま宇宙艇の中に乗り込まれてしまったら、わずかに残っている空気までみんな外へ抜けてしまって、ぼくたちは息ができなくなってしまう。
おまけに、命綱である大切な機械や道具、材料なんかを壊されたら、ぼくたちにはもうすべての希望がなくなってしまうんです。
だからこそ、ガスを使わざるを得なかったのです。
あのガスは、毒ガスなどという恐ろしいものではなく、宇宙艇を守るために張った防御用の網みたいなものだったんです。
これで分かっていただけたでしょう。
ぼくたちは、あなたがたの襲撃から自分たちの身を守るために、やむを得ずあのような手段をとったにすぎないのです」あなたがたを、ぼくたちの方から不意に攻め込んだわけではありません。
そのことをよく分かってください」
 山木は、自分のまっすぐな思いを包み隠さずぶつけたのだった。
「いや、どうだかなあ」と、ブブンはそれでも疑いの目をゆるめず、「おれたちはこういう噂を聞き込んでいるんだ。
地球では、人がどんどん増えていくのに資源が少なくなって、ものすごく困っているそうじゃないか。
そのせいで、何年も前から火星を乗っ取るための戦争の準備をしていたっていうじゃないか。
地球人の言うことなんて、まったく油断ができないな」
「そのことだって、あなたの大きな勘違いです。
たしかに、地球にはたくさんの人間がいます。
それに、これまでの歴史の中では戦争が何度も起きました。
でも、もう侵略のための戦争なんて根っこからなくなりました。
なぜなら、戦争でひどい目に合うのは、負けた国の人たちだけでなく、勝った国の人たちにとっても同じことであり、戦争は地球上のすべての人に大きな不幸をもたらすだけだとみんなが気づいたからです。
だから、もう二度と戦争なんてごめんだと、どの国も戦争を起こすのはおしまいにするって宣言したのです。
こうして、地球にはずっと続く平和がやって来ました。
この永遠の平和は、地球の中だけにとどまらず、惑星と惑星の間でも必ず守られなければならないものです。
いや、宇宙に生きるすべての生き物たちは、仲よく助け合って、幸せになる道を進まなければいけないのです。
お互いを思いやり、助け合おうという気持ちさえあれば、戦争なんていう不幸なやり方に頼らなくても、穏やかな話し合いですべてのことがうまく解決できるとぼくたちは信じています。
人間が増えすぎて困ることだって、資源が足りなくて困ることだって、お互いに助け合う心さえあれば、きっと乗り越えられるはずです。
ぼくは心からそう信じています」
 山木は、ますます顔をまっ赤にしながら、自分が固く信じていることを熱っぽく語った。
「じゃあ聞くがね、君たちはなぜ、この火星へ前もって断りもなく勝手に入ってきたんだ。
来るっていうなら、あらかじめこっちの都合を聞いて、『いいですよ』という返事を待ってから来るのがすじってもんじゃないのか。
それを何も言わずにずけずけと入ってきたんだから、やっぱり君たちは侵入者だとしか思えないね」
 ブブンの代表は、一歩もゆずる様子がなかった。
たしかに、デニー博士の宇宙艇は火星に許可をとらずに着陸したのだから、そう言われてしまうと返す言葉がなかった。
それでも山木は引き下がらずに言った。
「それは仕方のないことなのです。
なぜって、ぼくたちには火星のみんながどんな言葉を使っているのかなんて、まったく分からなかったからです。
それを知る方法なんてどこにもなかったから、とにかく思い切って火星へ宇宙艇を飛ばすしかなかったのです。
第一、ぼくたちには、この火星にあなたたちのような立派な方々が住んでいるかどうかさえ、来るまでは分からなかったのですからね」
「はっはっは!」と、ブブンは体を反らせて大笑いした。
「火星の言葉の研究もしないで、いきなりズカズカと侵入してくるなんて、なんと野蛮なやり方だろう!
おれたちは、ちゃんと地球人の言葉を知っているぞ。だからこうして君たちと話ができているんだ。
あっはっはっは!
どうだ、分かったかね?
地球人は、われら火星人にくらべて、ずっと文化のレベルが低いということが……!」
 そう言われてしまうと、山木には言い返す言葉がまったく見つからなかった。
たしかにブブンの言う通りなのだ。
地球の人間で、火星の言葉を知っている者も、研究したことのある者も一人だっていない。
あのデニー博士でさえ知らなかったのだ。
それなのに、火星人たちはこうして流暢な地球の言葉をあやつって話している。
この事実によって、「火星人の方が地球人よりすぐれているのだ」と言われてしまうと、返す言葉がどうしても見つからなかったのだった。
だが、一体どうやって火星人たちは地球の言葉を覚えたのだろうか?

最後の努力

 少年たちの形勢は一気に不利になってしまった。
山木は言葉を失い、ブブンの鋭い言葉にすっかり言い負かされてしまった様子だ。
ブブンの大きな目はぐるぐると回り、頭の上に生えている触角がまるで蛇のように気味悪くくねくねと揺れている。
ネッドは不安のあまり息が止まりそうになり、張の服のすそにぎゅっとすがりついた。
「ねえ張、ぼくたちは一体どうなっちゃうんだろうね?」
 お地蔵さまのようにどっしりと立っていた張は、ネッドの震える手を優しくなでてやった。
そして、こう言った。
「大丈夫だよ。心配しなくていい。
今にきっとうまく解決するからさ」
「本当かい……?
だけど、相手の剣幕(けんまく)はものすごくすごいぜ。
いっそ逃げ帰ろうか!」
「まあ待てよ、あわてて動いちゃいけない。
ぼみたいに落ち着くんだ」
「そんなの無理だよ!
ぼくは落ち着いていなんかいられないよ!」
「ネッド」
「なんだよ、張」
「お前、忘れたのかい?
あの牛頭仙人(ごずせんにん)のことをさ」
「ああっ、牛頭仙人のこと……って、それはお前のことじゃないか!」
「そうとも。
お前はいつも、あの偉大な仙人の力を信じていたじゃないか。
その仙人であるぼくは、さっきからひそかに、あの霊験(れいげん)あらたかな水晶をなでて未来を占っていたんだ。
ほら、その水晶はこのとおり、ぼくの腰にぶら下がっている袋の中に入っているんだよ。
さっそく占ってみたら、たしかに今のこの大ピンチは無事に切り抜けられるって、お告げが出たんだ。
だから安心していいぞ」
「えっ、お告げが出たのかい……?
本当か!
それならもう安心だね!」
 ネッドは急に元気を取り戻し、パッと顔を輝かせたのだった。「それにしても、このむずかしい場面が、どうしてうまく解決するのだろうか」
 ブブンはなおも声高にどなっていた。
そのときとつぜん、音楽が始まった。
牛乳配達の自動車の運転台にひとりで待っている河合が、電気蓄音器を鳴らし始めたのだ。
その曲はトロイメライ。
聞いていると眠くなるような夢の曲がチェロによって奏でられる。
ブブンの声がぴったりと停まる。

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