それなのに、そんな武器を持ちながらあっさりと潜水艦隊の軍門に下ったとは、まことに不可解なことでした。
なぜ鉄の水母は、自分たちを捕らえようとする潜水艦隊に対して、怪力線を浴びせて抵抗しなかったのでしょうか。
実は、そこには長良川博士の並々ならぬ努力があったのです。
博士は常に、人類と海底超人との間で衝突が起こることを極力避けたがっていました。
なぜなら、この前代未聞の衝突事件は、目も当てられないような大惨劇を生むに違いないと確信し、それを深く案じていたからです。
しかも博士の考えでは、人類はかなりの苦戦を強いられるだろうという見通しでした。
これまでの研究から、海底超人族は人類よりもはるかに恐るべき科学力を持ち、その残忍性においても警戒が必要な存在だと考えていたのです。
博士は、ロロー殿下をなだめるのにどれほど骨を折ったことでしょう。
最初、ロロー殿下は、たとえ一時であっても潜水艦隊に降伏することなど、どうしても承知されませんでした。
しかし博士は、これ以上、海底超人が催涙液の攻撃を受けることは得策ではないと説きました。
そして同時に、双方の誤解から始まった今日のクイーン・メリー号事件をこれ以上悪化させて、人類対海底超人の全面戦争に発展させてしまえば、両者にとって大不幸であると説きました。だから今は事を荒立てず、しばらく忍耐して、一時的にロロー殿下の方が手を引く形をとるべきだと、誠意をもって説得したのです。
さすがに海底超人の若き王であるロロー殿下も、博士の言葉をよく理解し、万事を博士に委ねたのでした。
しかしながら、この博士とロロー殿下が抱いている平和への信念を、果たしてクイーン・メリー号の捜索隊の人々は理解してくれるのでしょうか。
ロロー殿下の一行に対して、イギリスの潜水艦「ローン号」へ乗り移るよう信号が送られました。
博士はこの信号を了解しました。ロロー殿下も、今は承知してくれました。
ドン助教授は黙々と、長良川博士の指示に従っています。
三千夫少年は、非常に心配していました。
子供のように純粋な性格であるロロー殿下を、捜索隊の人々が乱暴に扱ったりしないだろうか、と案じていたのです。
ロロー殿下に対して、三千夫は言葉では言い表せないほどの同情を抱いていました。
潜水艦ローン号は、荒れ狂う波と戦いながら鉄の水母へと近づいていきました。
艦橋には、若々しく勢いのある艦長ザベリン中尉が、すらりと高い長身を雨合羽に包んで立っていました。
探照灯がマストの上から、鉄の水母を明るく照らし出します。
ローン号の船倉が開かれ、一隻の軽火艇(ボート)が乗組員を乗せたまま、海面へぼちゃんと降ろされました。
「おっと、危ない。ひどい荒れ模様だ」
軽火艇は、降ろされるやいなや、木の葉のように激しく揺れ始めました。軽火艇は、今にも潜水艦の船体にぶつかりそうなほど激しく揺れ動いています。
鉄の水母の方を見ると、こちらも海面に浮かび上がっており、展望塔のハッチが開いていました。
その中からロロー殿下をはじめとする四人の乗員たちが、こちらをじっと見つめています。
「さあ、急いでこっちへ乗り移るんだ。波をかぶると沈んでしまうぞ!」
水兵が船べりに立って、手を差し伸べました。
三千夫少年がまず軽火艇へと飛び移ります。
「おっ、お前は東洋人の子供だな。子供のくせに、あんな化けタコの味方をしていたのか」
口が悪いことで有名なジム水兵が、いつもの調子で言いました。
「水兵さん、何を言うんです。あとから詳しく説明しますから」
三千夫は流暢な英語で言い返しました。
「おっ、お前、英語が話せるのか。へぇーっ」
続いて、ドン助教授が鉄の水母から飛び出してきました。
三人目は誰かと思っていると、そこに現れたのはロロー殿下でした。
いつもの通り、殿下は潜水夫がかぶるような大きな丸い鉄のヘルメットをかぶっています。そして全身もまた潜水服のようにゴムの服に包まれていました。
首のところには、人間の言葉がわかる通話器が取り付けられています。
そのすぐ後ろから、長良川博士の顔が見えました。
二人は前後して、軽火艇へと飛び移りました。
「うわっ、こいつがあの化けタコの王子様か。潜水夫を内職にしているらしいな。ずいぶんと立派な殿下だこと」
口の悪い水兵が言いました。
「……おお、そして最後の一人は、南京路の魔術師のお出ましだな。いや、中国人じゃないな。ええと、フジヤマの国の占い師か」
長良川博士は、ロロー殿下のそばを片時も離れません。
「おい、船内にはもう誰もいないのだね?」
ザベリン中尉が尋ねました。
「ええ、誰もいません」
ロロー殿下が通話器を通して、少し変わった響きの英語で答えました。
「おっ、この巨人先生も英語が使えるんだぜ」
ジム水兵がびっくりして声を上げました。
「ジム。向こうの艇内をちょっと見てこい」
ザベリン中尉が水兵に命令を下しました。
「向こうの艇内を覗いてくるんですか。承知しました。何か宝物でも落ちているといいなあ」
そう言ってジム水兵は、鉄の水母の上にさっと飛び移り、入口をまたごうとしましたが、なぜか足が何かにぶつかって中に入れません。
「おやおや、ガラス張りというわけでもないのに、これは一体どうしたことだ。ちくしょう、ふざけるなよ」
入口を透明な硬膜がふさいでいることなど知る由もないジム水兵は、なおも必死に中へ足を入れようと焦っていました。
その時、鉄の水母が徐々に水中に沈み始めました。
ジム水兵がハッと気づいた時には、彼の下半身はすでに海の中でした。
「うわーっ、た、助けてくれ!」
「鉄の水母、待て!」
怪潜水艇・鉄の水母は、ジム水兵を乗せたまま、どんどん海の中へと沈んでいきました。
真っ青になったのはザベリン中尉です。
鉄の水母を撃沈せよという命令が下っているのに、このまま逃げられてしまっては、中尉としての責任が果たせません。
「おい、ジム! 鉄の水母を沈ませるんじゃない。なぜ艇内に入って調べないんだ!」
腰から下が水に浸かったジム水兵が、呆れ顔で顔を上げました。
「鉄の水母を沈ませるなとおっしゃっても、俺に何ができるんですか。第一、内部へ入れと命令されても、なぜか中が見えているくせに、体が入口につかえて入れないんです!」
「馬鹿を言うな。入口から内部が見えていて、入れないとはどういうわけだ。さっぱり意味がわからんぞ」
「その通りなんです。まったくわけがわからないので……」
そう言っている間にも、鉄の水母はどんどん沈んでいきます。
海水はジムのおへそを濡らし、胸元まで迫ってきました。彼は必死に艦橋の帆柱にしがみついています。
「おーい、鉄の水母が沈んじまうぞ!」
ジムが悲鳴を上げました。
ザベリン中尉は、ジム水兵よりもさらに慌てふためきました。彼は突然、主砲を鉄の水母の方へ向けさせました。
これを見て、腰を抜かすほど驚いたのはジム水兵です。
「あっ、撃つんですか! こっちを撃っちゃいやですよ。重大な任務を帯びてここにいるジム水兵がいるんですからね。見落としちゃいけませんよ!」
砲手の方も、ジム水兵のことは気がついていました。
「ザベリン中尉、鉄の水母の上にはジム水兵が乗っています。
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