ラスキン大尉の作戦は、すっかり図に当たりました。
さすがの海底超人も、催涙液のために目を刺激され、涙が止めどなく溢れて、すっかり参ってしまいました。
先を争って、舷側から海面へドボン、ドボンと転げ落ちていきます。
中には、もう舷側を越える元気さえなくなって、甲板上にへたばるものさえ出てきました。
海底超人側に敗戦の色はしだいに濃くなっています。
ラスキン大尉の指揮する空軍部隊は、繰り返し繰り返し、この液を撒き続けました。
クーパー事務長は、このありさまを食い入るように眺めています。本船の左舷後方の海面に浮かんでいるはずの「鉄の水母」は、今一体何をしているのだろうか。
ロンドンが沸き上がる
「クイーン・メリー号発見!」
この一大ニュースは、はるか遠くロンドンまで届きました。まだ深夜のことでしたが、BBC傘下の各放送局はあわただしく送信機を起動し、夢のように再出現したメリー号のニュースを、全国に向けて臨時放送しました。サイレンが鳴り響きます。真っ暗な夜空に、花火がぽんぽんと音を立てて咲きました。号外を売る少年が、街路で大声を張り上げて走ります。
「大変だ! クイーン・メリー号の消息がわかったぞ、大号外! 今出たばかりの特大号外だ!」
日ごろは冷静なロンドン市民も、この大きなニュースを聞いて、誰もかれもが興奮してしまいました。どこの家の窓も次々と開き、往来へ駆け出す人、何のためか自動車を引っ張り出して出かける人。まるで深夜の大地震のような騒ぎです。
「クイーン・メリー号が見つかっただって?」
市民たちは、メリー号がどうやって見つかったのか、もっと詳しいニュースを知りたがりました。また、その後の様子を一刻も早く知りたくて、放送局や新聞社には電話が殺到し、群衆が押し寄せて、収拾がつかないほどでした。やがて、待ちに待った第二報が発表されました。
「クイーン・メリー号は、ラスキン大尉の指揮する空軍の手によって救い出され、現在、海上をロンドンに向けて帰航中です。船客と乗組員は皆、すこぶる元気です。ただし、今回の遭難事件によって死傷者が出ているようですが、まだ詳しい報告は届いていません」
市民たちはこの第二報を聞いて、ひとまずは満足の歓声を上げました。しかし、しばらくすると、またもっと激しく、次の詳しい報告を知りたがりました。
「メリー号が無事に帰ってくるなんて、まるで死人が棺桶の中から生き返ったようなものだよ」
「そうだ、それよりももっと神秘的な奇跡だ。メリー号がロンドンに戻ってきたら、見物人で大変な騒ぎになるぞ」
「うん、わしのような老人は、ニュース映画と放送で我慢するしかないだろうが、これで五年も若ければ、人を押しのけてでも埠頭まで見に行くんだがなあ」
ロンドン市民は、寝ることも忘れて、ついに夜明けを舗道の上で迎えた人も少なくありませんでした。無理もありません。世界に誇る大西洋の女王、クイーン・メリー号が奇跡的に生還したのですから、これくらいの騒ぎは当たり前でしょう。
クイーン・メリー号は、今どのあたりの海を航行しているのでしょうか。そんなにあっけなく、海底超人族の手から離れることができたのでしょうか。催涙液は、ついに海底超人族を完全に追い払ってしまったのでしょうか。海上は広くて暗いままです。安心するには、まだ早いようです。
あとしまつ
事実、クイーン・メリー号を挟んで、ラスキン大尉が指揮するイギリス空軍と、海底超人の群れとのにらみ合いは、まだ完全に終わったわけではありませんでした。奇襲的に催涙液を裸の体へ撒かれた海底超人たちは、奇妙な悲鳴を上げて、ドボン、ドボンと真っ暗な海へ落ちていきます。あとからあとへと、この哀れな敗走者たちが、メリー号の手すりを乗り越えて海へ転落していく姿が、光弾の明かりの下で見えていました。
「痛い、どうにかしてくれ!」
「殺してくれ、その方がましだ!」
などと、苦しみにあえぐ海底超人たちは、催涙液を呪い続けていました。今やメリー号の現場指揮官であるクーパー事務長は、窓の隙間から、甲板上で展開されるこの凄惨な光景に魅入られたように、じっと見つめていました。これでメリー号の全員が、安心して眠れるようになるはずです。
そのとき、マルラ秘書がクーパーの肩を叩きました。
「事務長、ラスキン大尉からの無線電話です」
「何、ラスキン大尉から?」
クーパーは夢から覚めた人のように、深い溜息をついて窓から離れました。電話に出ると、確かにラスキン大尉の声でした。
「やあ、クーパーさん。怪潜水艇――『鉄の水母』とか言いましたね。あれをとうとう捕獲しましたよ」
「えっ、鉄の水母を捕まえましたか! それは大変な手柄です。しかし、よく捕まりましたね」
「私は、わが軍の潜水艦に連絡して、捕獲させたのです。ところがこの『鉄の水母』ですが、捕獲はしたものの、このような場所でもあり、状況でもあります。このまま監視を続けることもできないので、わが艦隊の手で『鉄の水母』を爆沈させたいと言っているのですが。これについて、何か意見はありますか?」
ラスキン大尉は、鉄の水母を爆破処分することについて、一応クーパー事務長に問い合わせをしたのでした。クーパーはそれを聞くと、まずなによりも第一に、鉄の水母に乗っているはずの恩人・長良川博士一行の身を案じました。次に、生け捕りにして手柄にしようと狙っているロロー殿下のことも頭をよぎりました。
「大尉、それは困ります!
あの鉄の水母には、私たちがこうして海の上へ脱出できるよう力を尽くしてくれた、長良川博士が乗っているんです。
まずは博士を助け出してください。
それに、海底超人国の王子であるロロー殿下も乗っています。その方を生け捕りにしておけば、今後、海底大陸から脅かされる心配もなくなるはずです。
とにかく乗っている人たちを助けた後でなければ、撃沈してもらうわけにはいきません」
「ほう……」
ラスキン大尉は、飛行機の操縦席で目を丸くしているようでした。
「どうか、鉄の水母の乗員は助け出してください。
特に長良川博士には、けが一つさせないように」
「うむ、少しややこしいことになったが、艦隊と相談してみよう。
なにしろ艦隊の連中は、これから海底大陸を爆撃しようと意気込んでいて、やる気満々だからね」
ラスキン大尉は、そこで一旦電話を切りました。
クーパーは博士のことが心配で、まるで胸のあたりに何かがつかえているようで、苦しくてたまりません。
(――だから長良川博士に言ったんだ。
一緒に逃げてください、とね。
あのとき逃げていれば、こんな危ない目に遭わずに済んだのになあ。
しかし、ああ、本当に心配だ)
クーパーはパイクソンとマルラにこの話を伝え、また大尉から連絡が入ったらすぐに取り次ぐよう頼みました。
あの鉄の水母が、そう簡単にイギリスの潜水艦隊に生け捕りにされてしまったというのは、意外な出来事でした。
鉄の水母は、怪力線とでも呼ぶべき強烈な放射線を出す装置を積んでいたはずです。
それを飛行機に当てれば行動の自由を奪い、人間に当てれば視力を奪うという、恐ろしい武器を持っていたはずでした。
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