三郎はそれを聞いてひとまず安心しましたが、それでも一体どうやって月の上に降りるのか、それに、どうやって月の上で人間が息をして生きていられるのか、不思議でたまりませんでした。
「艇長さん、月の上には空気がありませんよね? それじゃあ人間は息ができないんじゃないですか?」
「ははは、そんなの簡単なことだよ。酸素吸入をすればいいんだ。現にワシたちも、このロケット艇の中でこうして酸素吸入をしながら安全に宇宙を飛んでいるじゃないか。だから月の上に降りたら、一人ひとりが酸素吸入をしながら行動すればいいのさ」
「なるほど、そうか! じゃあ、一人ひとりが背中に酸素タンクを背負うんですね!」
「まあ、そういうことだな」
三郎少年は、やっと納得がいった気がしました。
でも、月の上に降りて、みんなが背中に大きな酸素タンクを背負って歩いている姿を想像すると、なんだかちょっと可笑しくなってきます。
「おい、給仕の三郎。もう他に心配なことはないかね?」
艇長は、空になったコーヒーのコップを三郎に返しながら尋ねました。
「息ができるなら、もう何にも心配はありません!」
三郎は本当にそう思っていたので、思った通りに元気よく返事をしました。
すると艇長は、ニヤニヤと楽しそうに笑い出しました。
「三郎、お前は月の世界に行ったら、きっとすごくビックリすることになるぞ。今から楽しみにしておきなさい」
「えっ、どうしてですか艇長さん? ビックリすることって、一体どんなことですか?」
「ふふふ、まあ今はお楽しみにしておこう。とにかく、お前たちが月の上に安全に降りられるように、ちゃんと立派な宇宙服が用意してあるから安心しなさい。それを着て月の上を歩いてごらん。きっと目を丸くして驚くに違いないよ。まあ、後のお楽しみだ」
「そうなんですか! 早くその宇宙服を着てみたいなぁ!」
「そのうちに、誰かが宇宙服の正しい着方を教えてくれるさ」
艇長と三郎がそんな会話をしている間にも、艇長のもとへ次々と報告が飛び込んできました。
エンジンを管理する機関部からも、船体を管理する機体部からも、操縦を担当する航空部からも、休む間もなく報告が送られてきて、艇長はまたしても先ほどのような猛烈な忙しさの中に飲み込まれていきました。
「ふむ、ふむ……。うーむ、やっぱり修理は無理か……」「よろしい、では、本艇を月に着陸させることにしよう」
機関部の報告によれば、このままではどうにもならないということなので、艇長はついに決心したのです。
「命令! 本艇の針路を月に向けろ!」
航空士はすぐに舵を切って、宇宙を飛ぶロケット艇の進路を変えました。
艇長はさらに大声で命じました。
「命令! 月に着陸する準備をせよ! ――それから、本隊の司令部へも連絡を入れろ!」
いよいよ艇の中は、乗組員全員のテキパキとした動きで、急にパッと賑やかになりました。
宇宙服
「おーい、三郎くーん! 早くこっちへ来いよ!」
入口の方から、三郎を呼ぶ声が聞こえてきました。
三郎が振り返ると、そこに鳥原(とりはら)青年の顔がありました。
「鳥原さん! いったい何の御用ですか?」
「いよいよ月の世界に降りることになったからさ、みんなあっちで宇宙服の着方を教わっているんだよ。君も早く来たほうがいい!」
「あ、宇宙服ですか! もう始まったんですね! じゃあ、艇長にちょっと許可をもらってから行きます!」
三郎は、辻中佐のところへ行って許可をもらうと、鳥原青年と一緒に、乗組員たちが集まる部屋(艇夫室)へと急ぎました。
その部屋には、多くの乗組員たちが大勢集まっていました。
部屋の中央にあるテーブルの上には、位の高い艇員が立って、みんなを見下ろしながら話をしています。
「もう、大体みんな集まったようだな。よし、それじゃあ宇宙服の着方を教えるぞ。まず実物を見せよう、これが宇宙服だ!」
下から、まるで大きな深海用の潜水服みたいなものが持ち上げられました。
説明役の高級艇員は、それをよいしょとテーブルの上に抱え上げました。
宇宙服は、専用のスタンド(架台)にかけられていました。
自分の横にその宇宙服を置きながら、説明が始まりました。
「これが宇宙服だ。ちょっと見ると潜水服のようでもあるし、また昔の西洋のよろいのようにも見えるだろう。これは全部が軽くて強い合金でできていて、宇宙のすさまじい気圧の変化にも十分に耐えられるようになっているんだ。手足の関節のところや腰のあたりが、まるでハチのお腹のようにつぎはぎになっているだろう? これは、手足を曲げたり腰をかがめたりするのに、すごく動かしやすいつくりになっているからなのさ」
銀色にピカピカと光る宇宙服は、見れば見るほどすごくて圧倒される代物でしたあんなに大きなものを着て、自分たちが本当に歩けるのだろうかと、三郎はちょっと心配になるほどでした。
「……この宇宙服の下には、同じように軽合金と特別なゴムで作られた長靴を履いて、宇宙服とピタッとすき間なく取り付けるんだ。ほら、これがその靴だよ」
靴は、ミカン箱のように四角ばっていて、しかもすごく大きいのです。
「それから、頭にはこの大きな兜(かぶと)をかぶる。これもパッと見は潜水用の兜に似ているけれど、大きさはずっと大きくて、上下に長い円筒の形をしているんだ。この兜の額のあたりから、こうして二本のムチみたいなものがニョキッと生えていて、まるで釣竿(つりざお)みたいにだらりと下がっているだろう? これはまるで虫の触角にそっくりだけれど、月の世界でぼくら人間同士が会話をするためには、絶対にないと困る大切な仕掛けなんだよ」
なんだかとても妙な説明が始まりました。
三郎には、いったいそれが何のことだか、まだよく飲み込めませんでしたが……。
「……みんな、この二本の触角を見て、なんだか不思議そうな顔をしているようだな。だがこれは、ものすごく大切なものなんだぞ。
いいかい、月の世界には空気がまったくない。ということは、『音』というものが一切ないんだ。そうだろう? 音っていうのは、空気の波なんだからね。空気がなければ、空気の波だって起きるわけがない。だから、音がしないんだ。
そうなると、月の世界の上で、どれだけ大声でわめいたり呼んだりしても、声は相手に伝わらない。だから、会話をするためには、音の代わりになる何か別のものを使わなければならない。そこで、この触角が役に立つというわけなんだ!」
なるほど! 月の世界には空気がなくて、したがって音が出ないし、当然音が伝わるわけもない。
これは大問題です。三郎にも、そのことはよく分かりました。
「……で、この触角の働きだが、これは人間の声に合わせて、機械的にブルブルと震えるようになっているんだ。つまり、ぼくがこの兜をかぶって、兜の中で話をすると――兜の中には空気がちゃんとあるから声は出るよね――するとその声が、この触角を震動させるというわけだ。
つまり、声というのは空気の震動だが、それが触角に伝わって、今度は機械的な震動になって、ぶるぶる、ぴゅんぴゅんとふるえる。
コメント