初級翻訳・大宇宙遠征隊 第9話

大宇宙遠征隊

そこで、ぼくの触角と、話をしようとする相手の人の触角とをペタッと触れ合わせておくと、ぼくの言った言葉がその震動になって、ぼくの触角から相手の触角へと伝わっていく。
その結果、相手の耳のところにつけてある『震動板』――まあ、小さなスピーカーのようなものさね――それが震動して、音を発生させるんだ。
その音というのは、つまり、ぼくが話した言葉そのものなのさ。
どうだ、みんな、わかるかい?」

すばらしい性能

「つまり、つまり……」と何度も「つまり」を繰り返しながら、説明役の人は汗をダクダクとかきながら懸命に説明を続けました。
三郎には、詳しい仕組みまでは完全に飲み込めませんでしたが、ふと、以前に庭でアリたちが集まって話をするとき、触角をピクピクと動かしてお互いに触れ合わせているのを見た光景を思い出しました。
アリは言葉が話せない代わりに、触角をツンツンとふれあわせて、お互いの気持ちを伝えているのだろうとずっと思っていましたが、いま、人間である自分たちが、まさにそれと似たようなことをやろうとしているらしいのです。
「触角は、一人につき二本ずつついています。右側の触角は、こちらから言葉を発するための方で――」左側の触角は、相手の言っていることを聞き分ける方です。
つまり右は送信、左は受信というわけですね。
わかりましたね?」
三郎は、あの説明者が、アリとアリが触角をつけ合って話をしているのを例にとって説明すれば、みんなは一層はっきりわかるだろうと思った。
「そのほか、この宇宙服にはいろんな仕掛けがついていますが、どれも自動的に動くようになっていますから、みなさんは特に触らなくて大丈夫ですよ。
つまり、その仕掛けというのは、保温装置や酸素送出器が自動で働いてくれるんです。
照明装置や小型電機などもついていますが、これも自動で動くから心配いりません。
つまり、暗くなれば、兜の上や、お腹のあたり、靴の先から強い電気がつくようになっています。
明るくなれば、自然にスイッチが切れて消えるんです。
無線もいつでもちゃんと動きます。
号令はすべて無線で入ってきます。
すごく便利にできているでしょう。
感心したでしょう?」
「うまくできているなあ」
艇夫たちは、口々にこのすばらしい宇宙服のことをほめたたえた。
「ちょっとお尋ねしたいのですが……」
とつぜん声をあげたのは、三郎だった。
「何ですか、君の質問は……」
三郎はちょっと赤い顔をして、
「どうも心配なことがあるのでお聞きしますが、この宇宙服を着ている間は、何も食べられないし、何も飲めないのですか?」
と尋ねた。
月の世界を歩き回るのはいいけれど、そのうちにのどが渇いたりお腹が空いたりして、その場で倒れて行き倒れになっては大変だと思ったからである。
「ああ、飲食装置のことだね。
それは今説明するのを忘れていたよ。
失敬失敬」
と、説明者は苦笑いをして、
「飲食物は兜の中に入っています。
そして、左の腕に三つのボタンがついているでしょう。
その三つのボタンには、水、肉、薬と書いてあるんです。
水のボタンを押すと、水が兜の中に出てきます。
ちょうど口の前に管の出口があって、そこから出る仕組みなんですよ。
だから口を開けていれば、うまく口の中に入るわけです。
どうです、うまい仕掛けでしょう?」
と、説明者は自分が発明者であるかのように、得意になって続けた。
「……肉と書いてあるボタンを押すと、同じ管の出口から肉が飛び出します。
これは硬い肉ではなくて、煮たものをひき肉にしてあって、おまけに味もついているんです。
それから薬と書いてあるボタンからは、練り薬が飛び出します。
これは野菜を精製したもので、やはりノリのようになっているから食べやすいですよ。
この水と肉と薬の三つを少しずつ食べていれば、十分に活動できるのです。
わかりましたか?」
「なぜお弁当を持って行って、手でつかんで口から食べないのですか?」
三郎が質問すると、説明者はぷっと吹き出した。
「冗談じゃない!
兜をかぶっているんだから食べられませんよ。
だからお弁当をぶら下げていっても無駄なんです。
――皆さん、ボタンには十分気をつけてくださいね」

着陸命令

三郎たちはその場で宇宙服を配給され、さっそくそれを身につけた。
金属で作られた鎧や兜は、見たところずいぶん重そうだったが、実際に体につけてみると、思いのほかそれほど重くはなかった。
なかなか優れた軽合金で作られているらしい。
さて、みんなが宇宙服を着終わった姿は、実に奇妙な光景だった。
なんだか銀色の芋虫の化け物に足が生えて、両足で立ってわいわい騒いでいるとしか見えなかった。
「どうです?
思いのほか楽でしょう」
と、説明者が言った。
「なんだか変ですね。
だって、この兜をかぶったら音は聞こえないはずなのに、ちゃんとお互いの話し声が聞こえますよ」
三郎はどうしてもそれが不思議でならなかった。
「それは何でもないことですよ。
いま、この部屋には空気があるから、あたりまえに声が空気を伝わって聞こえるんです。
しかし、触角を触れ合わせてごらんなさい。
みなさんが声を出すと、触角は空気中でも同じように振動しますから、触角を触れ合わせてもちゃんと話は聞こえるはずです。
練習がてら、ちょっと皆さん同士で試してみてください」
説明者がそう言うので、三郎たちは「なるほど」と思い、笑い出したいのをこらえながら、アリのまねをしてお互いの触角を触れ合わせてみた。
「なるほど、こいつは面白い!」
「本当だ、あなたの声がちゃんと聞こえるよ。不思議だなあ」
「あははは、こりゃ奇妙だ。僕はわざと小さな声で話しているんだよ」
あっちでもこっちでも、この触角を使って話をする練習が、みんなを驚かせ、そして大喜びさせた。
こうして艇夫たちは、宇宙服をすっかり使いこなせるようになったのだった。
「さあ、それではみなさん、それぞれの職場に戻ってください!」
「はいはい!」「宇宙服を脱ぐのですねえ」
「いや、宇宙服を着たまま、それぞれの職場へ戻ってください。
もうすぐ、月へ上陸することになるから、今から宇宙服に身をかためていてください」
「たばこが吸えないから、つらいなあ」
「たばこは吸えないですよ。
しかし我慢をしてください。
月の世界への上陸が失敗したり、それからまた、噴行艇の故障がうまく直らなかった日には、それこそわれわれ一同は、そろって死んでしまうわけだから、それくらいのことは、我慢をしてください」
「わかりました。
たばこくらい、我慢をします」
異様な姿をした艇夫たちは、ぞろぞろと、それぞれの持ち場へひきあげていった。
三郎も、艇長のところへもどった。
司令塔に入ってみると、艇長や、その他の高級艇員たちも、いつの間に着たのか、すっかり宇宙服に身をかためて、持ち場についていた。
艇長の宇宙服には「艇長」と書いた札が胸と背中にはりつけてあった。
「いつの間にか、艇長も宇宙服を着られたのですね」
「おお、お前は艇夫の風間三郎だな。
どうだ、なかなか着心地がいいだろう」
「そうですねえ。
思いのほか、重くはないんだけれど、なんだか動くのがおっくうですね。

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