初級翻訳・大宇宙遠征隊 第10話

大宇宙遠征隊

どうも働きにくい」
「それはそうだ。
月の上へ降りれば、もっと楽になるよ」
艇長は、三郎の宇宙服を念入りにしらべてくれた。
締め金具の一つがゆるんでいたのを見つけて、艇長はしっかりと締めてくれた。
「艇長。
上陸地点の計算が出来ました」
航空士が、図板をもって、艇長のところへやってきた。
そしていつもの調子で、顔を艇長のそばへ近づけたものだから、航空士の兜と艇長の兜とが、ごつんと衝突した。
「ああ、どうも失礼を……」
「気をつけないといかんねえ」
と、艇長は、やさしくたしなめて、航空士の手から図板をとりあげた。
「なるほど。
すると『笑いの海』へ着陸すればいいんだな。
ここへ着陸すると、六日と十二時間は昼がつづくんだな」
艇長は、妙なことをいった。
六日半も昼がつづくなんて、そんなことがあるだろうか。
「さようです。
この計算には、まちがいありません」
「よろしい。
では、今から『笑いの海』を目標に、着陸の用意をするように」
「はい、かしこまりました。
あと三時間くらいで、月の表面に下りられる予定です」
「うむ、充分気をつけて……」
「かしこまりました」
いよいよ噴行艇は、月世界へ向けて、着陸の姿勢をととのえたのであった。

近づく月面

艇長辻中佐は、司令塔より、号令をかけるのにいそがしい。
風間三郎少年は、そのそばについていて、ただもう、胸がわくわくするばかりだった。
ああ月! 月の上に上陸するなんて、全く思いがけないことだ!
「重力装置を徐々に戻せ」
艇長の号令がとびだした。
「重力装置を徐々に戻せ」
信号員が、伝声管の中へ、声をふきこむ。
するとその声は、機関部へ伝わって、重力装置が元へ戻されていくのであった。
重力装置を戻すと、どんなことになるであろうか。
「おや、なんだか、身体が急に軽くなった」
風間三郎は、おどろいて口に出していった。
身体がふわりと浮き上るような気持になった。
それもその筈であった。
今までは、地球の上にいるのと同じくらいの重力が、乗組員たちの身体に加えられていたのだ。
ところが今、それがしずかに減らされていったのである。
重力が減るから、身体が軽くなる道理であった。
「おやおや、これはふしぎだ。
重い宇宙服をきているのに、楽に歩けるようになったよ。
金属製の宇宙服をきているとは思われない。
まるで冬の外套を一枚きているぐらいの軽さだ」
三郎は、ふしぎそうに司令塔の中をこつこつと歩いてみた。
ところが、おどろきは、そのくらいではおわらなかった。
彼の身体は、もっと軽くなっていったのである。
冬の外套くらいの位置に感じていた宇宙服が、もっと軽くなって、やがて浴衣をきているくらいの軽さになってしまったから、三郎は、全くびっくりしてしまいました。
「どうした、風間三郎」
艇長辻中佐が、声をかけた。
三郎が、あんまりへんな顔をしていたからであろう。
「は、どうも気持がへんです」
「気持がへんだって。
胸がむかむかしてきたのかね」
「いえ、そうではありませんです。
この宇宙服の重さが急になくなって気持がへなのです。
まるで紙でこしらえた鎧をきているようで、狐に化かされたような感じです。
艇長は、へんな気持がしませんか」
「はははは。
そんなことは、べつにふしぎでないよ。
月の上で、身体が自由に動くようにと、この宇宙服の重さがはじめからきめられてあるんだ」「これでいいのだよ」
艇長の言っていることは、三郎にはっきりとはわかりませんでしたが、とにかく心配はいらないということだけはよくわかったので、安心しました。
その艇長は、腕時計をちらりと見てから、また別の号令をかけました。
「窓を開け!」
すると信号員が、「窓を開け!」と、同じ号令をくりかえしました。
窓が開くのです。
ごとごとごと、と妙な音が聞こえたかと思うと、急にあたりが静かになりました。
それまで聞こえていたエンジンのひびきも、司令塔の中での話し声も、みんな急に消えてしまいました。
なんだか気が遠くなりそうでした。
三郎はあわてて、あたりをきょろきょろと見まわしました。
それに気がついたのでしょう、艇長は三郎の腕をぎゅっとつかんでくれました。
「あっ、艇長……」
と、三郎は叫びました。
ですがその声は、いつもの声とはちがって、たよりないものでした。
「おい、風間艇夫。
おどろいてはいけないよ。
きみも日本少年じゃないか。
しっかりしたまえ」
艇長の声が、三郎の耳もとでがんなにと響きました。
三郎は、艇長のおかげで元気を取りもどしました。
「すみません、すみません!」
三郎は叫びました。
「おい艇夫、きみは何かしゃべっているようだがね、話すときにはきみの兜から下がっている二本の触角を、わたしの触角にくっつけてから話さないと、きみが何を言っているのか、わたしにはまったく声が聞こえないよ」
艇長が注意してくれました。
「ああ、そうか、そうだった!
それをすっかり忘れていました」
三郎はやっと気がつきました。
そして自分の触角を艇長の触角の方へと近づけながら、
「ええ、たいへん失礼ですが、艇長の触角にふれさせていただきます。
あのう、艇長、いままで聞こえていた声が急に聞こえなくなったので、おどろいてしまったのです」
と、目をくるくると動かして言いました。すると、兜の中で艇長の目が笑いました。
「さっき、わたしが号令をかけて窓をあけさせたのは、知っているね」
「ええ、知っていますよ!」
三郎は、自分の触角を艇長の触角からはずさないようにと、一生けんめいに首を突きだしていました。
首の骨が痛くなります。
「窓をあけると、我が噴行艇の中の空気は一せいに外へ流れだして、艇内には空気がなくなってしまったのだ。
音というのは空気の波だから、空気がなくなれば、音は急に聞こえなくなるというわけさ。
それくらいのことは、きみにもわかるだろう」
「ははあ、なるほど!」
噴行艇の外には、空気が少しもないのです。
だから窓をあけると、空気はどっと外へ逃げだして、大きくひろがってしまったのです。
音が聞こえなくなったのは、こういうわけだったのか!
三郎はその理由をやっと理解することができました。
「艇夫。
そこの窓から、下をのぞいてみるがいい。
これから着陸しようとする月の陸地が見えているよ。
しかし、おどろいてはいけないぞ」
と、丸い窓を指さして、艇長が言いました。

月の引力

(おどろいては、いけないぞ……)
艇長はそう言いましたが、三郎は、こんなことでちちいちおどろいていてはしかたがないと思いました。
なに、おどろくものか!と度胸をすえて、窓から下を見おろしました。
「あっ!」
ですが、やっぱり三郎はおどろきの声をあげてしまいました。
なんと怪奇な月世界の風景でしょう!
飛んでいく噴行艇の下はまっくらでしたが、そこからずっと向こうの方を見ると、今度はまぶしいまでに光り輝く銀色の大きな陸地がありました。
よく見ると、その光る陸地は、けわしい山々が肩をならべてそびえているものでした。
山の端が光っていて、そのあとは墨でぬりつぶしたように、まっ黒な山脈が手前のほうにありました。
それより向こうの山脈は、全体がまぶしく光り輝いていました。

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