そのあいだには、明るくひろびろとした原っぱが見えていました。
山脈の多くは輪のようにつながっていて、まん中が低く落ちこんでいました。
まるで爆弾が落ちたあとのように見えました。
光る陸地は、帯のように左右へ長々とつづいて伸びていました。
ちょっと見ると、月の世界は光の帯のように見えるのです。
月は丸いものと思っていたのに、こんなふうに見えるなんて不思議なものだなあと思いました。
しかし、よく気をつけてみると、噴行艇の真下にある黒いところは、やっぱり月の陸地でした。
空も黒いのですが、そこにはたくさんの星がキラキラとうつくしく輝いていました。
それに対して、噴行艇の真下は、ただ黒いだけで、星は見えませんでした。
星は見えないその黒いかたまりこそが、月の陸地だったのです。
まぶしい光の帯に見えるところには、太陽の光があたっているのでした。
太陽のあたらないところは、墨でぬりつぶしたように真っ黒でした。
これが地球であれば、昼と夜のさかいめの陸地はうすぼんやりと明るく見えるものですが、それは空気があるために太陽の光がちらばるからなのでした。
しかし、月には空気がありません。
だから、太陽のあたるところは明るく、あたらないところはまっくらで、そのさかい目はたいへんくっきりと分かれているのです。昼と夜としかないのが月の世界であった。
暁だの夕暮だのぼんやりと明るいときはない。
だから月の世界は、あれはてたように見える。
やわらかさがない。
死の世界である。
けものもすんでいなければ、虫もとんでいない。
花もなければ、木も生えていない。
「ああ、なんというさびしい月の世界であろう」
三郎は思わず、ため息をついた。
ただ心地よいのは、わが噴行艇が、光の尾をひいて、いさましくとんでいることであった。
噴行艇は生きている。
ま下の月の世界は死んでいるのだ!
三郎は、とうとう窓から、身体をひいた。
あまり荒れはてた月の世界の光景をながく見ていると、気がへんになってくるのだった。
三郎が妙な顔をしていると、そこへ艇長がやってきて、触角をさしだした。
三郎も、こんどは心得て、触角をさし出した。
艇長が何か話してくれるのであろう。
「どうだ。
月の世界が、はっきり見えたろう。
すさまじいところなので、びっくりしたろう」
三郎は、うなずいた。
「光っている陸地が見えたろう。
『笑いの海』は、あの中にある。
もうすぐ着陸だ」
「ああ艇長。
『笑いの海』というと、月の世界に、海があるのですか」
「ほんとうの海ではないよ。
月には水がない。
だから海どころか、小川も水たまりもない」
「じゃあ、いよいよへんですね、『笑いの海』だなんて……」
「それは、こうだよ。
地球のうえから月を見ると、黒ずんだところがある。
その黒ずんだところが、ちょうど海のように見えるので、それで『海』というのだ。
『笑いの海』というのが、つまりは、岩でできた平原なんだ。
降りてみれば、よくわかるがね」
「はあ、そうですか。
『笑いの海』の『笑い』というのは、どんなことですか」
「それは地名だよ。
伊勢湾の伊勢と同じことだよ。
しかし一説に『笑いの海』の黒ずんだ形がなんとなく笑っている人間の横顔みたいだから、それで笑いの海というのだと説く人もある」
「へえ、笑っている人間の横顔ですって」
三郎は、また窓から、月の世界をのぞいた。
「ほら、あそこだ。
一番高い山の左をごらん。
まだ形がはっきりしないが、あの黒いところが『笑いの海』だ。
笑っている人間の、鼻だの口だの頬だの、あたりが見えている」
「ああ、見えます、よく見えます」
三郎には、艇長のいったとおりの、月の面にはいっている笑いの顔の一部が見えた。
そういううちに、噴行艇は、月面に対していよいよ高度を下げてきたものと見え、光の帯のように見えていた太陽のあたる月面は、いつのまにやら幅が川のようにひろくなり、それがなお近づいて、ますますひろくなった。
やがてそれは、洪水のようにひろがり、噴行艇のま下まで明るくなった。
とたんに、魚雷のような形をした噴行艇の影が、くっきりと、月面のうえに落ちて、山脈も岩の平原も、流れるようにずんずんと後へ走っていった。
「着陸用意! 重力装置を反対にしずかに廻せ!」
艇長の号令が、無電にのって出た。
電力装置が、反対に廻りだした。
すると、噴行艇の落下速度が喰いとめられた。
艇はだんだん高度を下げていきながら、もりあがってくる月面の上に、ふわりと降りた。
まるで蒲団のうえに落ちたかのように、しずかに着陸したのであった。
ごとんと、たった一回だけ艇はゆれただけでじつに見事な着陸ぶりであった。
噴行艇は、笑いの海に、巨体をよこたえたのであった。
上陸第一歩
笑いの海に着陸すると、艇員たちは、俄にいそがしくなった。
号令は、無電をもって、矢つぎ早につたえられた。
重い扉が、内側にむかって開かれた。
すると、中からはしごが下ろされた。
「艇長、下艇の用意ができました」
「よろしい。
わしが月の世界への第一歩をふみだすぞ」
そういって、艇長はやおら大きな宇宙服につつんだ身体をおこし、司令塔から立ち出でた。
その後には、高級艇員たちがつきしたがった。
三郎は、あわてて、皆の間をかけぬけると、艇長のすぐ後に追いついた。
せまい通路をぬけると、出入口がひらいていた。
艇長は、ゆうゆうとはしごを下りていく。
三郎は、それにつづいた。
はしごを下りきって、三郎は、こわごわ岩原に足を下ろした。
ごつごつした、赤黒い岩原であったが、その上を歩いてみると、思いの外、足ざわりはわるくなかった。
たしかに岩の上であるのに、畳の上を歩いているような感じであった。
「おお、このへんに足場をたてるんだな」
艇長は、はや修理のことについて、命令をだしていた。
三郎は、月の大地に立って、はるばるここまで自分たちをはこんでくれた噴行艇の巨体を見上げた。
艇は、うつくしく銀色にかがやいていたが、艇長の指している附近の外廓だけが、すこし焼けたように色がかわっていた。艇の背中から、宇宙服を着た艇員が四五人、顔を出した。
背中からも出てきたのである。
出てきたのは、艇員ばかりではなかった。
やがて大きな起重機の鉄桁が、にゅっとあらわれた。
そのころ、噴行艇の横腹には、いくつもの大きな出入口がひらき、そこから、足場用の丸太がたくさん、えいさえいさと引張り出された。
艇員たちは、おどろくべき早さでもって、その丸太を組み立てていった。
三郎は、手つだうつもりであったが、むしろじゃまあつかいされた。
彼はそれが不服であったが、どうも仕方がない。
噴行艇の機械についての知識がないから、じゃまあつかいされても仕方がなかった。
三郎のほかにも、じゃまあつかいされて、ふくれている者があった。
それは外でもない、彼と同じく給仕をしている木曾九万一少年であった。
この木曾少年と三郎とは、岩原のうえをぶらぶらあるいているうちに、ついに行きあった。
お互いに妙な形をしているので、行き合っても、しばらくはお互いに、兜の硝子の中をのぞきこんでいたが、ようやくそれとわかって、二人は手をにぎりあった。
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