初級翻訳・火星探険 第24話

海野 十三

しかし、博士自身はひと休みもせず、これから火星人とどうやってお話し合い(交渉)を始めたものかについて、幹部の人たちと会議をはじめた。
それから一時間ほどたったとき、宇宙艇の中に大歓声(かんせい)がわき起こった。
「無線がつながったぞ!
地球との無線連絡ができるようになったぞ!」
 えっ、地球へ無線が届くようになっただって!?
それを聞いた乗組員たちは、大急ぎで無線室へと駆けつけた。
さっき眠ったばかりの連中も、ベッドからピョンと飛び起きて、無線室へすっとんで行ったのだ。「もしもし、KGO局ですか?
……そうですとも、危うく墜落するところを、すれすれのところで無事に着陸しましたよ。
……みんなびっくりしているって?
放送局には電話がひっきりなしにかかってきているんだね。
自動車で直接駆けつける人までいるのか。
それはなんとも愉快だな。
……こちらの乗組員の名前ですか?
まずは艇長のデニー博士、それから……」
 地球の上では、このニュースが早くも全世界に電波で伝えられ、ものすごい大興奮の渦に包まれている様子でした。
会議の真っ最中だったデニー博士も、ついにマイクの前に引っ張り出されました。
「わたくしは、我が火星探険協会長に長年寄せられてきた、アメリカ全国民の温かいご支援に対し、心から感謝の意を表するものであります。
今や我が地球の人類は、ついに火星の地に足跡をしるしたのでありますが、私たちはこの大きな光栄のため、今日までのあらゆる苦しい戦いを一瞬にして忘れてしまいました。
しかしながら、私たちの任務は重く、そして大変大きなものであり、火星人との本格的な話し合いは、まさにこれから始まろうとしております。
私たちは地球人類の光栄と名誉をしっかりと守り、それを汚すことなく、この新しい重大な使命に向けて万全の努力を尽くす所存であります。
ただ一つ心にかかっているのは、宇宙艇が大破してしまったことと、燃料の大部分を失ってしまったことでありますが、ただいまもその立て直しについて、最善の方法を考えているところであります。
最後にわたくしは、アメリカ国民の皆さま、いいえ、全地球のすべての仲間たちに深く期待し、この火星探険が、私たちの生きとし生けるすべてのものの幸福と栄光につながっていくことを心から願っております。
どうもありがとう」
 デニー博士のこの挨拶は、地球上の人々にものすごい感動を与えたようです。
それからというもの、無線室は目が回るような忙しさになりました。
公式の通信の合間に、世界中の通信社からの特別な通信の申し込みが殺到し、それに一休どう答えてよいのか、さっぱり見当もつかないほどでした。
なにしろこちらは、たった一つだけ復旧した無電装置が動き出したばかりで、地球から送られてくる膨大な通信の希望にとても追いつけなかったのです。
もしここで、デニー博士が再びマイクの前に立ち、「私たちは今火星に着陸したものの、ものすごい危険な状態にさらされており、火星探険の詳しい報告などを今送っている余裕はないのです」と正直に打ち明けなかったとしたら、せっかく直った宇宙艇の無線機は、使いすぎですぐに壊れてしまっていたことでしょう。
ようやく地球側でも事態の重大さがわかり、政府から正式な命令が出されて、当分の間は宇宙艇との通信は公式のニュース発表だけに限られることになりました。その代わり、デニー博士の要望に応じて、あらゆるバックアップを惜しまず、向こうからの連絡を待つ体制となったのです。
こうして、地球と宇宙艇をめぐる大騒ぎはひとまず落ち着き、無線担当のメンバーたちもようやく一息つくことができました。
デニー博士は再び会議の席へと戻っていきました。
そしてそれから二時間ほど、比較的静かな時間がゆっくりと流れていきました。
「いったい、今の時間って何時なんだろうね?」
 乗組員のひとりが、隣の仲間に尋ねました。
「お昼頃なんじゃないかな。
ほら、太陽がちょうど頭の上でまぶしく輝いているよ」
 彼は丸窓から上を指さしました。
「でも、なんだか変だぜ。
この火星に到着してからもう四時間も過ぎているっていうのに、太陽は初めのときとほとんど同じように、ずっと頭の真上で光っているんだからさ」
「そんなバカなことがあるもんか」
「だって、本当のことなんだから仕方ないだろ」
「それはこういうわけさ」
 通りがかったマートン技師が、ニコニコしながら言いました。
「火星ではね、一日の長さが四十八時間もあるんだよ。
つまり火星は、地球の約半分のゆっくりしたスピードで回っているから、二倍の時間をかけないと一回りできないのさ」
「へえーっ、そいつはやってられないな!
一日に三度の食事じゃなくて、二倍も食べないと、お腹が空いて目が回っちまうぜ」
「なに、一日に六回食べればいいのさ!」
「いや、そうはいかないって。
だって、夜が二十四時間もずっと続くんだろ?
二十四時間も何も食べないで生き続けられるものかなあ」
「うーん、それはちょっとつらいかもな。
途中で一度起きてごはんを食べて、それからまた眠りの続きをするってことになるのかなあ」
「なんだかわけが分からなくなってきたぞ。
とんでもなく面倒くさい土地へ来ちまったもんだ!
はっはっは!」
 みんなはお互いの顔を見合わせて、声を上げて大笑いしました。

再びの来襲か

 そんな中、宇宙艇のすぐ目の前で、火星人の大群が再びものすごい勢いで集まり始めているという山木の報告が、乗組員たちの顔から笑顔を消し去り、再び不安な影を落としました。
潮が引くように一度は退いていった火星人たちが、今度は前よりもずっと勢いを増して、宇宙艇へと迫ってきているのです。
火星人たちの数がぐっと増えただけでなく、今度はみんな手に手に変な棒を持っています。
先が丸くふくらんだ、まるで棍棒のようなものです。
それだけではありません。
彼らは高いやぐらのようなものを後ろからゴロゴロと引っ張ってきているのです。
そのやぐらは四階建て、五階建てもあり、どの階の窓にも気味の悪い火星人の顔が、まるで赤いトマトを店頭にぎっしり並べたかのように、鈴なりになっていました。
そんな不気味な代物が、密林のあちらこちらから次第に姿を現し、どんどん数を増やしていくのでした。(いったい彼らは、どうするつもりなのだろうか)
 櫓(やぐら)と棍棒と、おそるべき火星人の大群!
 さきほどはFガスをくらってすごすごと逃げ帰った彼らでしたが、今度はそれに対抗する作戦を考えてやってきたに違いありません。
宇宙艇の中には、すぐに行動できるように「非常配置につけ」の号令が出され、デニー博士はまたもや指揮台の上に立って、テレビ見張器に吸い込まれそうなほどの鋭い視線を投げつけています。
すると、火星人たちが手にしていた棍棒のようなものを、一斉に高く突き上げました。
その瞬間、ふしぎなことに、ものすごい風がぴゅうぴゅうと吹きだしました。
砂漠の砂ぼこりが、激しく舞い上がります。
そして、宇宙艇のまわりをすっぽりと包み込んでいたFガスの幕が吹き飛ばされ、見るるうちにどんどん薄くなってしまいました。
火星人たちは、どっと楽しそうに笑ったようです。

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