初級翻訳・火星兵団 第88話

海野 十三

ちょうどその時、彼らのそばへ、黒い帽子に黒いマントをまとった火星人が二人、近づいてきました。
黒い帽子に黒いマントの姿をしているのは、火星人の中でも、えらい立場の幹部や、特別な任務を持った者たちだけでした。
だから火星兵たちは、この二人の姿を見ると、手を上げて敬礼をしたのです。
「あいつ、なんだか嫌な奴だなあ。
敬礼してやったのに、挨拶を返さないんだぜ」
「ふん、きっと地球の空気を吸いすぎて、頭がどうかしちまったのさ」
 火星兵たちはそんなふうに噂をしながら、黒い帽子と黒いマントの二人連れの後ろ姿を見送っていました。
しかし、この「嫌な奴」と言われた二人こそ、実は蟻田(ありた)博士と新田(にった)先生の変装だったのです!
二人は突撃隊よりも一足先にこの山中へ紛れ込み、大胆にも、今こうして火星兵のど真ん中をのっしのっしと歩いていたのでした。
もちろん、二人とも黙ったまま歩いています。
黒い眼鏡の奥から、二人の目が怪しくぎらぎらと光っていました。
はたして、二人はこれから何をしようというのでしょうか。
(もう、このあたりでいいだろう。
おい、新田、一、二、三で例の作戦を始めるぞ)
 そう目配せをしたのは蟻田博士でした。
新田先生はしっかりと頷き、早くもマントの下でガスピストルを握りしめました。
(それっ、一、二、三!
さあ、スタートだ!)
 博士はピストルをマントの下から突き出し、新田先生の方へ手を上げて合図をしました。
それと同時に、博士はガスピストルの引き金を引きました。
今日のピストルからは、不思議と音がしません。
なんと博士は、ピストルに特別な「音を消すしかけ」を取り付けておいたのです。
ガス弾は音もなく飛んでいき、火星兵たちの胴体に次々と命中していきました。
けれど、火星兵たちは最初のうち、何が起きたのか全く気づきません。
やがて「自分の胴体から黄色い煙が出ているぞ?」と思ったその瞬間――。
 しゅうっ、しゅうっ!
と大きな音がして、全身がまるで破裂しそうに激しく痛み出します。
そして次の瞬間には、すうっと意識が遠くなってしまうのです。
気がついた時には、彼らはもう地面にバッタリと倒れ込んでいました。
火星兵たちは、まるで稲穂が刈られるように、次々と倒れていきます……。
火星人に化けた蟻田博士と新田先生は、ガスピストルを面白そうにぶっ放し続けます。
山のてっぺんに集まって、近づいてくる大江山突撃隊を下に見下ろしながら、ガヤガヤとおしゃべりしていた火星兵たちは、片っ端から不思議な音を立ててぶっ倒れていきました。
あたりには十号ガスの煙がもうもうと立ち込め、まるで真っ白い煙幕を張ったかのようです。
そのうちに、ようやく火星兵の方でも異変に気づき始めました。
「おい、どうも様子がおかしいぞ。
怪しい奴が入り込んだらしい。
みんな、気をつけろ!」
「気をつけろどころじゃないぞ!
これを見ろ、一大事だ!
いつの間にか防護の壁がとけてしまって、みんな丸腰のまま倒れていくぞ。
なんだか変だ……おれもやられたらしい。
た、助けてくれ……!」
「この煙がおかしいぞ!
おや、あそこにいる二人の火星兵が変なものを手に持って、俺たちの仲間の胴中に何かをしきりに撃ち込んでいるぞ!
こら、お前たちは何をしているんだ!
おい、待て!」
「うん、さっきからあの二人、なんだか怪しいと思っていたんだ!
おい、手に持っているそれをこっちへ渡せ!」
 ついに蟻田博士と新田先生は、火星兵たちに化けの皮を剥がされてしまいました。
「博士、どうやらこちらの正体を見破られてしまったようですよ。
これからどうしましょうか?」
「なに、かまわんさ!
今のうちに手当たり次第に撃ちまくれ!
こいつらをやっつけておけば、向こうにいる本隊の火星兵どもは、まだ当分は気づかないだろうからな。
ほら、そこにいる火星の野郎にも一発……!」
 博士は楽しそうに、音もなくピストルを撃ちまくります。
そのうちの誰かが仲間のピンチを知らせたのか、数え切れない宇宙艇が並ぶ本隊の方から、大勢の火星兵部隊がどっと押し寄せてきました!
ちょうどその時、大江山捜査課長が率いる突撃隊の先頭が、ついに山のてっぺんに顔を出しました。
さあ、いよいよ大合戦の始まりです!
 火星兵と人間の突撃隊による、大興奮の大合戦の幕が切って落とされました。
大江山隊長は、今度こそこの山に骨を埋める覚悟で、自ら突撃隊の先頭に立ち、勢いよく飛び込んできました。
「突撃隊、いっせいに突っ込め!
恐れるな、落ち着いて、一発ずつ正確に狙いを定めろ!
第一隊は正面、第二隊と第三隊は左へ回って横から攻め立てろ!
第四隊以下の者は、我々のことは気にせず、敵の本隊へ突入するんだ!」
「うわあっ! うわあっ!」
 のどが張り裂けんばかりに気合の声を上げ、突撃隊は火星兵の群れの中へと飛び込んでいきました。
ひゅう、ひゅう、ひゅう!
ぷく、ぷく、ぷく!
火星兵部隊の方も、何が何だかわからないまま不気味な声を上げ、人間の突撃隊を踏み潰そうと押し寄せてきます。まるで人間タンクの大群が、どんどん前へ押し寄せてきたかのようです。
ごうん、ごうん。
突撃隊の持っているガスピストルやガス銃は、消音式になっていないため、激しい大きな音を立てます。
ぱかっ、ぱかっ、ぱかぱかっ。
あちらでもこちらでも、火星兵の胴体が破裂します。
しゅうっ、しゅうっと、ものすごい響きです。
たちまち、あたりは黄色い煙に包まれ、まるで先が全く見えなくなってしまいました。
しかし、ガスピストルの音と、火星兵のかぶっている胴体がとけて爆裂する響きに、それが混ざり合って、双方の必死の叫び声が、ものすごい勢いで山々を揺るがしました。
一体、どちらが勝っていてどちらが負けているのか、さっぱり見当がつきません。
そのうちに、ピストルの音がピタリとやみました。
しきりに聞こえていた火星兵の胴体の爆裂音も、急にピタッと止まりました。
はて?
これは珍しい大合戦でした。
火星人と人間による、追いつ追われつの戦いです。
いつもなら人間部隊がみじめにやっつけられていたのですが、今度という今度は、人間部隊が、強さを誇る火星人部隊を相手にして、かなり有利に戦いを進めたのです。
急に静かになったのは、いったいどういうわけなのでしょうか。
大江山隊長、蟻田博士、新田先生の三人は、一つの場所へと集まってきました。
「博士、新田さん。なんだか火星兵の様子がおかしいですぞ」
「おお、大江山さん。急に静かになりましたね。博士、これは一体どういうわけでしょうか」
「さあ、わしにもよくわからん。だが、とにかく今度は、人間部隊の勝ったことに間違いはない。ひとつ、ここらで威勢よく鬨(とき)の声を上げるか」
「いいでしょう。おい、突撃隊! 大勝利を祝って、大声で、万歳三唱だ。それ、ばんざあい!」
「ばんざい、ばんざあい!」と、突撃隊の一同は声をそろえて、万歳を叫びました。
そのうちに、もうもうと立ちこめていた十号ガスの塊が、風に吹かれて、だんだん谷の方へと流れていきました。
そして、そのああとから、大合戦のあとの血なまぐさい戦場が、姿を現したのです。
ああ、なんと奇妙な光景でしょう。

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