そのとき、ドアが外に向かってパッと開いた。
さっきのカロチ教授が、おどろいた顔で部屋へとびこんできた。だがこのとき、外からの冷たい空気が、ポコちゃんの鼻の穴へ侵入してくすぐったので、かれはたまらなくなって、でっかいくしゃみを一つした。
「はっくしょい!」
「ケケッ」
カロチ教授は、きみょうなさけび声を戸口にのこすと、そのからだは、あらしにまう紙だこのように、くるくとはげしくまわりながら、はるかにはるかに遠くへ吹きとばされ、やがて姿は見えなくなった。
思いがけないポコちゃんのくしゃみの偉力だった。
ポコちゃんは戸口にぺったり、しりもちをついたまま、ぽかんとして石のように動かない。
何事が起ったのか、ポコちゃんにはさっぱりのみこめないのだ。
なぜ滑るのか
「へんだなあ。
さっぱり、わけがわからない」
ポコちゃんは、ふしぎそうに、まゆをひそめて、けしとんでいったカロチ教授のゆくえを目でさぐってみる。
戸口から見える前方の景色は、はばのひろい白い道が遠くまでつづき、その両側にきみょうな林がある。
その林は、あたまの重そうな植物のあつまりでできている。
その植物は背がずいぶん高くて、大きなケヤキの木ほどもある。
しかし、ケヤキとはちがい、あんな太い幹はなく、細くてつやつやした幹がまっすぐに立っている。
幹が細いかわりに、葉っぱはたいへん大きく、たたみを三四枚あわせたほどもある。
それからこずえの上に、これも、たたみ何枚じきはありそうなばけもののような花が咲いているのであった。
あぎやかな赤い花、すきとおるような黄いろい花、海をとかしたような青い花などが、そのかたちもいろいろあって、咲きみだれているのだ。
「へんな林だ。
しかし、どこかで見たような気もする景色だ」
そうだ、思いだした。
地球の上ならどこにでも見られるあの草花るいを、かりに五十倍か百倍ぐらいに大きくして、それを集めて林にしたら、たぶんこのような景色になるかもしれない。
とにかくきみょうな景色のジャンガラ星ではある。
「カロチ教授はどうしたのかしらん。
これからいって、あの林の間を通りぬけ、カロチ教授がどうなったか、たずねてみよう」
このきみょうな国にとびこんで、きみの悪いったらないが、カロチ教授はふしぎに日本語が通ずるので、どのくらい心強いかしれない。
そのくらい頼みに思う教授が、糸の切れたたこのようにすっとんでしまって、いつまでたっても姿をあらわさないのであるから、気になって、しかたがない。
ポコちゃんは、じゅうぶんに気をつけて起きあがった。
さっきはどうして滑ったのかわからないが、こんどは滑らないようにと用心をして、ゆかの上を一足ふみだした――とたんにかれは、またすってんころりんと滑ってしまって、そのいきおいで、ゆかの上を氷のかたまりのように滑って走って、戸口から外へ……どすん!
たしかに大地の上に、ポコちゃんはしりもちをついた。
しかしおしりは、そんなに痛くはなかった。
ふんわりとふとんのうえにしりをおろしたのと同じようであった。
ポコちゃんは、きょろきょろとあたりを見まわした。
空は青く晴れて、高いところにあった。
太陽はぎらぎらと照りつけて熱帯の太陽のようであった。
ふりかえると、今までポコちゃんのいた家があったが、それは白いクリームでこしらえた、みつバチの巣といったような感じだ。
ポコちゃんは、もう一度じゅうぶんに用心をして腰をあげた。
そしてしずかに大地に立った。
そこでしばらく深い呼吸をして、気をしずめた。
気がしずまったところで右足を高くあげた。
まるで馬が前足をあげたように。
それからその足をそっと垂直におろした。
そのかっこうは、まるで川をわたるときの足つきそっくりだった。
「あっ、しめた。
一足、ちゃんと歩けたぞ」
たった一足だけ滑らないで歩けたことが、ポコちゃんにとっては大きなよろこびだった。
そのちょうしで、彼は用心ぶかく、つぎの一歩をそれからまたつぎの一歩を、白い道路の上にふみだしていった。
が、また、すってんころりんと、ころんでしまった。
そのわけは、ポコちゃんにはわかっていた。
すこしゆだんをして、うっかり大地をけるように足を使ったのがいけなかったのだ。
とたんにつるり、すってんころりであった。
「なんという道路だろう。
まるで油をぬってあるように滑っちまう。
しかし油なんか、けっしてぬってないんだがな」
道路を手でなでてみたが、油をぬったようにぬらぬらはしていないで、やはり大地はがさがさしていた。
「ふしぎだなあ。
なぜ、歩くときだけ、滑ってしまうんだろう」
このことは、後になってはっきりわかった。
それはこのジャンガラ星は重力が非常に小さい星であるために、摩擦もまた小さく、したがって地球の上を歩くような力の入れかたをしたのでは、すぐ滑ってしまうのだ。ジャンガラ星はたいへん小さくて、月の一万分の一しかない豆粒(まめつぶ)のような星だったのだ。
そしてついでに書きそえておくが、このジャンガラ星はビー玉のようにきれいな球(きゅう)ではなく、乾燥したグリーンピースが、おされてすこしいびつになった形によく似ていた。
そのことが、ジャンガラ星の宇宙での旅の軌道(きどう)を、いっそうふしぎなものにしているのだった。
そのことについて、もっとくわしく説明すると――いや、説明はこれでおしまい!
なぜって、今ちょうど空から一人の人間が、空気がぬけたゴム風船みたいに、ふわりふわりと下りて来るところだからだ。
しかもそれは、ポコちゃんがぺたんとすわっている目の前に下りてきそうだった。
いったいどうしたんだろう。
空からおりてくるこのあやしい人かげは、はたして誰なのだろうか。
空からおりてくる人かげ
空からおりてくる人かげは、なんともみょうな姿をしていた。
ポコちゃんはそれに気がついて、ぽかんと口を開けたまま、そのようすを見まもっている。
「空から人間が降ってくるとは、なんだか変だなあ。
背中に翼(つばさ)が生えているわけでもないし、パラシュートを持っているわけでもないのに、どうしてあんなにふわふわと、ゆっくり下りてこられるんだろう?
おや、このへんに落ちてきそうだな」
まるで花火からとびだした紙製の人形のように、その人かげは風にのったまま、地面に対して斜め(ななめ)にすうっと着陸した。
……かと思ったら、とたんにごろごろと転がりはじめて、約二十メートルほど転がったところで、ちょうどポコちゃんの前までやって来た。
ポコちゃんはあわてて、その相手のからだを支えてつかまえてあげた。
「どこか、けがはありませんでしたか!」
相手にそう声をかけながらよく見ると、なんとそれは、ほかでもないジャンガラ星人のカロチ教授だった!
「川上(かわかみ)くん。
くしゃみをするときは、こっちを向いてやらないでくれたまえ。
わしはもう、息がとまるかと思ったぞ。
君はすごい破壊力のあるくしゃみをするんだねえ」
カロチ教授は、三本の手でしっかりとポコちゃんの腕をつかみながら、なんだかうらめしそうに言った。
それを聞いたポコちゃんは、思わず顔がまっかになった。
「あなたをくしゃみで吹きとばすつもりなんて、ぶるんとなかったんです。
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