初級翻訳・海底大陸 第2話

海底大陸

指先につまんで読んでみると、
「われらの女王クイーン・メリー号は海上を征服し、今また海中をも征服す」
とありました。
「なんだ、これは。サケ漁を祝った文句らしいが、あまりうまい文句じゃないね」
とひとりの船員がいった。
「うん、この文句の次に――よって、はなはだ疲れたれば、われわれはこれより海底に眠らんとす――と書いておけばいいのに」
「よせッ。海底に眠るなんて、縁起でもない……」
 三千夫少年もボーイ室に、皿に大盛りになったサケ料理を持って行きました。「サケの本場はどこだか知ってるかい。知らなきゃ教えてあげよう。日本の北のほうにある漁場カムチャッカだ」
大いばりでフォークを握ろうとしたとき、「三千夫ボーイ、事務長のお呼びだ」と、ボーイ長がどなりました。
「ちえッ、つまらないの」
 三千夫は日本語でつぶやくと、勢いよく背の高い椅子から滑り降りました。
そのとき船内には、あちこちで眠そうな声が聞こえてきました。アーアと大きなあくびをする者もありました。船長は階段をのぼりながら、手すりにぶらさがってコックリコックリ居眠りをしています。ロボット操縦装置を持ったメリー号の船体だけが、一向に変わらぬ全速力で、真っ暗な海上を東に向かって航行していきました。

ルゾン号の無電報告

「クイーン・メリー号行方不明となる!」
 このおどろくべき報道が全世界に向けて放送されたとき、人々はあっと驚きの声を上げました。でも、なにかのまちがいではないか?
 しかし、それが間違いではないことは、それから矢継ぎ早に放送される臨時ニュースの内容によってだんだんと明らかになっていきました。
「クイーン・メリー号に無線電話をもって呼びかけたが、いっさい応答がない。最後に同汽船から通信を受けとったのは午後八時二十分であった。それ以来、一通の電信も電話も、同汽船から受けとっていない」
 ニューヨーク、ロンドン、パリなど、各国の都では、クイーン・メリー号の乗客となった親や子供、親類、上官や友人などの身の上を案じて、汽船会社のまえは群衆で黒山のようになりました。
高声器(スピーカー)が鳴りました。
「クイーン・メリー号は、不可解なる原因のため無電に故障を生じたものと思われます。当局ではただちに、海軍飛行隊に出動を命じました。ただいま偵察第十二戦隊が出発いたしました」また、駆逐艦六隻も現場に向けて出発いたしました」

 人々は顔を見合わせ、うなずき合いました。今に飛行機がうれしい知らせを持って帰ってくるに違いありません。
 ロンドンの汽船会社の重役室では、社長のラングレー氏が幹部たちを集めて会議を開いていました。
「ああ、いました。フランスの汽船ルゾン号です」
 航路部長のロイド氏が、数字がびっしりと書かれた分厚い書類を押さえながら言いました。
「おお、ルゾン号か。すぐに無線で問い合わせてくれ。午後八時二十分から九時の間にメリー号とすれ違うはずだったのだから、同船を見かけなかったか、なんでもいいからメリー号に関する詳しい情報を教えるよう頼むんだ。もちろん、丁寧な言葉遣いでな」
 無線係はただちに汽船会社の屋上から電波を発信しました。
 フランスの汽船ルゾン号からは、まもなく返信がありました。
「本船は予定された時刻においてクイーン・メリー号と遭遇せず。また、その時刻の前後においても遭遇せず。ついに船影すら認めることはなかった。海上は風がやや強いものの、航行に支障があるほどではない」
 なんと、ルゾン号はクイーン・メリー号とすれ違うはずだったのに、船の姿さえ見なかったというのです。
 メリー号の行方は一体どうなっているのでしょうか。今ごろ乗組員たちは何をしているのか。サケ料理を食べ損ねた三千夫少年はどうなったのか。

スミス警部の出発

 大西洋で謎の失踪をとげた豪華客船クイーン・メリー号の行方について、あらゆる捜査が試みられました。
 勇敢な英国海軍の偵察第十二戦隊は、大きな危険をかえりみず、荒波が激しく打ち付ける海面すれすれを飛んだり、あるいは雲一つない三千メートルの高空に昇ったりして、消えた巨大船を探し回りましたが、なかなか手がかりはつかめません。
 駆逐艦六隻も、あとを追うように現場へ急行しました。そのうちの一隻には、英国警視庁の有名な探偵、スミス警部も乗り込んでいました。
 スミス警部は出発に先立ち、警視総監から激励の言葉を受けていました。
「なにしろ、世界一のクイーン・メリー号がどこへ消えたかわからないとなっては、わが大英帝国の恥だ。巨船の行方がわかるまでは、二度とロンドンへ帰るつもりはないという覚悟で、任務を全うしてくれ」
「もちろんです、総監閣下。メリー号の竜骨を見つけるためなら、百尋(ひろ)の海底にだって潜る覚悟です」
 スミス警部は、決意を込めて唇をきつく結び、総監の前を辞そうとしました。
「スミス警部!」
 総監は椅子から立ち上がると、スミスと固い握手を交わし、声を低くしてささやくように言いました。
「これは大秘密なのだが、聞くところによると、近ごろ大西洋方面から怪しい電波が時折飛び出してくるそうだ。何者が発信しているのか正体は不明だが、大いに気をつけるがいい」
「怪しい電波ですか。無線電信でしょうか、それとも無線電話でしょうか」
「それがどちらとも判別がつかないのだ。暗号電信のようでもあり、人間の声のようでもある。海軍当局――いや、某所で受信した回数も少ないので、正体までははっきりしていない。とにかく、君の頭の片隅にそのことを留めておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
 今、スミス警部は駆逐艦の艦橋から暗い海面をじっと見つめながら、総監から餞別として受け取ったこの言葉を、何度も心の中で反芻していました。
 夜目にも、潮が白い歯を剥き出しにして吠えているのがわかります。
「この暗い海を見ていると、深い深い海底には、きっと驚くべき秘密が隠されているように思えてくるんだ。船に乗るのが苦手な私の気まぐれだろうか」
 スミス警部は、首からかけた双眼鏡のストラップをいじりながら独り言をつぶやきました。そのとき、タラップを当直の水兵がトコトコと靴音をさせて上がってきました。
「おーい、スミス警部殿! 警部殿!」
 警部は呼びかけに気づきました。
「おお、ここにいるぞ」
 水兵はその声をたよりに駆け寄ってきました。
「ただいま、あなた宛てに本国から電報が届いております。すぐにご一緒に艦長室へ来てください」
「おお、そうか。わかった。すぐに行こう」
 何事だろうと思いながら、スミス警部は大急ぎで艦橋を降りました。艦長は一通の電報をテーブルの上に置き、スミスが来るのを待っていました。
「おお、これは総監閣下からの命令だ」
 スミスは、じっとその文面を見つめました。「なになに、メリー号とすれ違うはずだったルゾン号が、ロンドンに向かうのを中止して現場に引き返すから、ルゾン号に乗り換えて捜査しろ――という命令か。いや、これはおもしろくなってきた」
 警部はなにか事件の予兆を感じ取ったのか、ひとり大きくうなずくのでした。

ルゾン号に移乗

 ただちにルゾン号との間で、無線電信が忙しげにやり取りされました。

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