非常時だから仕方がないけれど……。
前の日の夜から、私たちはリュックサックを背負って、必死の思いで縦穴をよじ登っている。しかし、おじいさんである私には、腕の力も腰の力も弱くて、なかなか先に進まない。
一時間もかかって、やっと五メートル登るのがやっとこさの状態だ。
おまけに、少しでも気を抜こうものなら、下から登ってきた乱暴な市民に邪魔者扱いされて、まるで壁にピタッとくっついているヤモリを叩き落とすみたいに、私たちの体は底知れぬ谷底へ投げ落とされてしまうのだ。
底へ落ちたら、どっち道、待っているのは死だけである。
岩の角に頭をぶつけるか、運よく死なずに元の極楽地下街まで落ちたとしても、そこには白人帝国軍の地底戦車部隊が待ち構えていて、あっという間に体をおせんべいのようにぺちゃんこにされてしまうのだ。
だから、どう転んでも死のあごから逃れることはできない。
ああ、今になってグチグチ言っても仕方がないけれど、どうしてうちのえらい人たちは、抱合兵団の攻撃に気づかなかったのだろうか。
攻撃される側である私たちが、敵軍の空からの爆撃を避けて地下に隠れ、「空からの爆撃はもう効果がない」と分かれば、敵軍は今度はやり方を変えて、地の底深くから私たちの住んでいる場所を攻撃してくることくらい、素人(しろうと)でも分かりそうなものじゃないか。
何を今さら、五万台もの敵の地底戦車部隊を自分たちの足の下に迎え入れて、「大変だ、どうしよう」と大騒ぎしたところで、もう間に合うわけがない。
「市民たちは、すぐに地上へ逃げなさい!
地上に出たほうが、まだ被害が少なくてすむだろう」
そう言って、私たちの守衛司令官は命令を出したけれど、それもいい加減な対策だったことが、もうすぐ明らかになった。
なぜなら、何十年ぶりかで市民たちが地上に顔を出した途端、「待っていました!」とばかりに、敵である白人帝国の空の部隊が、私たちの仲間の上に襲いかかってきたからだ。
激しい爆撃、また爆撃。その悲惨な様子は、とても言葉では言い表せないほどだった。
地下へ下りれば敵の地底部隊がおり、地上へ出れば敵の空の部隊がいる。上と下からの「抱合兵団」による挟み撃ちにあっては、私たちは上ることも下ることもできず、文字通り進むも地獄、退くも地獄の状態に追い詰められてしまったのだ。
「ああっ、しまった!」
ああっ、痛い。
そんなとんだ愚痴を言っている間に、私はせっかく二日がかりで登った八メートルほどの縦穴を、すべり落ちてしまった。
でも幸いなことに、そこで地下道が横に曲がっていたおかげで、それ以上落ちずにすんだ。
もう愚痴はやめにしよう。
そして私は、もう上に登るのも、下に降りるのもやめにした。
もうそんな気力は残っていない。
これからの未来に対する希望なんて何もない、ここで静かに飢え死にするだけだ……。
と、心の中で思い込んでいると、突然、私の肩をツンツンと突く者がいた。
私はびっくりして目を開けた。
すると目の前に、力強い顔をした青年が、体をかがめて私の顔をのぞきこんでいた。
「おお、君は洪(こう)くんじゃないか!」
「そうです、洪です。
先生、ぐずぐずしていられませんよ!
僕と一緒に逃げてください」
「君の優しさはありがたいが、もうどうしようもないんだよ。
上に出ても下に行っても殺されるなら、ここで静かに自分の人生を終わりにしたいんだ。
私のことはほうっておいてくれ」
「先生、そんな弱気じゃダメじゃありませんか!
敵の手に捕まらずに、まだ逃げられる場所が残っていますよ」
「へえ、本当かね?
それは一体どこだね?」
「それはつまり、深く地下にも降りず、かといって地上にも飛び出さず、ちょうどその真ん中のところ――サンドイッチでいえば、パンのところではなく、パンに挟まれたハムのところを狙って、どこまでも横に逃げていくんです!
横へ逃げれば、今ならまだ、果てしないほど逃げられる場所があります。
そのうち、どこかで落ち着いて、穴ぐらでの生活を始めるんですよ」
「しかしだな洪くん、横に逃げるっていっても、自分で穴を掘っていかなきゃいけないんじゃないかね?」
「そうです。
穴を掘る機械が必要です。
ほら、僕が持っているのが、人工ラジウムを使った長距離用の岩を削る車、つまり『鑿岩車(さくがんしゃ)』です。
さあ、安心しなさい。この車の上に乗りなさい!」
「そうかね。
それは本当にすごいな!」
私は鑿岩車(さくがんしゃ)に足をかけ、洪くんの後ろの座席に腰を下ろした。
そのときちょうど、私のリュックサックの中で、目覚まし時計が午後十二時を告げた。
8
それから十年の月日が流れた。つまり七十×年八月八日、私は日記を書く代わりに、金博士あてに次のような手紙を書いたのだった。炯眼なる金先生の足下へ。
まず何よりも、先生の予言がその通り的中したことをご報告するとともに、深く驚嘆するものです。
金先生、足下。
ピポスコラ族には、ついに昨日、直接会うことができました。
それは全く突然のことでありました。
私は洪青年と一緒に、長距離用の鑿岩車に乗って、十年ほど前から地中を放浪する旅に出ておりましたが、昨日の昼頃、車を止めてしばらく休憩していますと、ふしぎなことに、地中のどこかでどすんどすんと地響きがするではありませんか。
私たちはおどろいて、顔色を変えました。
私は、ついに敵の地底戦車に取り囲まれてしまったのだと悲観したのに対し、洪青年は、こんなところに地底戦車隊がいるはずがないと主張してゆずらず、その結果、ついに洪青年の意見に従って、私たちは勇気を振り絞り、鑿岩車を駆って、その怪音がする地点に向けて最後の突撃を試みたのです。
やがて、一段と大きく岩が崩れる音とともに、私たちは思いもかけない明るい部屋の中に飛び込みました。
私は驚きのあまり目をみはりました。
そこは大きな洞窟で、猿とも人ともつかぬふしぎな動物たちが居合わせたのです。
しかしその動物たちは、特に私たちに危害を加える様子はありませんでした。
私が以前から勉強しておいた前世古代語の知識が役に立ち、本当に嬉しいことでした。
彼らは自ら、自分たちがピポスコラ族であると名乗り出ました。
彼らは二十万年前に地中へ潜ったのだと語りました。
その当時は、地上や空には恐竜などの恐ろしく大きな動物が暴れ回り、地中深くには大土竜(それが退化して今日残っているのがおなじみのもぐらです)に攻め立てられ、ついに上下をふさがれて横の方向へ逃げるうちに見つけたこの場所に安全な洞窟を見出し、穴居動物となって暮らしていることが分かったのです。
すべては、金先生がおっしゃっていたとおりでした。
そこで私は洪君と相談し、これから何とかしてこの土地でピポスコラ族にならい、穴居生活を続けることになりました。
もしもどこかで、洪君のために良いお嫁さんが見つかるならば、私たち人類は、やがてネオピポスコラ族という新しい種族をつくり、この地の中で繁栄していくことでありましょう。
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