初級翻訳・火星兵団 第40話

海野 十三

おや、向こうにぼうっと明かりが見えるぞ」
暗い廊下の奥にどこか別の穴でもあるらしく、下の方からぼうっとした光が天井の方へ向かって映し出されていました。
「いったい何の光なのだろうか?」
新田先生と千二は、やっと二人並んで歩けるほどの狭い廊下をしのび足で、奥へと前進していきました。
「ここからは這って行こう」
先生の指示に従い、千二もまた、しめっぽい土の廊下に腹ばいになりました。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ひゅん、ひゅん、ひゅん。
奇妙な笛のような音は、だんだんと大きさを増してきます。
千二はその音を聞いているうちに、なぜだか、いつかどこかでこれとそっくりな音を聞いたことがあるような気がしてきました。
(はてな? 以前にどこかで聞いたことがあるような、この音は……いったいどこだったかなあ)
新田先生はぐんぐんと前へ進み、ついに腹ばいの姿勢のまま、ぽっかりと開いた穴のふちのところまですり寄りました。
さすがにここから先は、先生ほどの大人であっても、相当な覚悟をもってのぞまなければならない正念場です。
先生はその覚悟を決めるためか、大きく二、三度息を吸い込むと、思い切って穴の方へとそっと頭を差し出しました。
今まさに、穴の中の光景が目の前に見えようとしています。
さあ、先生は、穴の中にいったい何を見たのでしょうか。
(ああ――!)
先生は、まるで硬い石像のようにピタリと動きを止めました。
あまりの大きなおどろきが、先生の体を凍りつかせてしまったのです。
見よ! その穴の中には、なんと鉄の檻が見えました。
そしてその檻の中には、何やら暗闇の中でうごめく気味の悪い怪物の姿があったのです。
あたりはぼうっとうす桃色に怪しく光っていましたが、先生がそのうごめく不気味なものの形をはっきりと見きわめるには、もう少しばかり時間がかかりそうでした。(ああ、なんてふしぎな動物なんだ! 見たこともない気味の悪い生きものだ! いったい、あれは何なのだろうか!)
「見たか、千二君」
と、新田先生は、千二をうしろからしっかりと抱きかかえながら、そのおどろきを伝えました。
千二は、声も出さずに、ただうなずくばかりでした。
うすぼんやりとした光を放っているその怪物は、なんだか大きなタコに似ているところがありました。
頭がものすごく大きくて、目玉がぽーんと飛び出しているところなんて、タコそっくりです。
だけど、タコとはまったく似ていないところもありました。
それは、その大きな頭の上から、二本か三本のツノみたいなものが生えていて、それがうねうねとしきりに動いていることでした。
いや、ツノというよりも、チョウやカブトムシなどの昆虫が頭につけている「触角(しょっかく)」にそっくりで、それがピコピコと動いていたのです。
「ふしぎな動物じゃないか」
新田先生は、すっかり感心してしまったようで、はじめに感じていたこわさなんて、すっかりどこかへ忘れてしまったかのようでした。
千二は、やっぱり無言でうなずくだけでした。
その怪物は、はじめは床の上でぐにゃりと縮こまっていましたが、しばらくすると、むくむくと立ち上がりました。
そして、ぶらぶらと部屋の中を歩き始めたのです。
その時、ふたりはまた、とんでもないおかしなところを発見しました。
その動物には、人間やほかの動物にあるような「胴体(どうたい)」というものが、ほとんど見当たらなかったのです。
いや、胴体はあるにはあるのですが、ものすごく細くて、おまけに短く、枕(まくら)くらいの大きさすらなかったのです。
足はありました。
その足をちゃんと言わせて怪物は立ち上がり、床の上をゆらゆらと動き回っているのです。
足のまわりには、長い手のようなものがぶらぶらしているのが見えましたが、その長い手はまるでタコの足そっくりで、ぐにゃぐにゃと柔らかそうでした。
しかし、ものすごく細い手でした。
細いのは手だけではありません。
足もひょろ長いうえに、なんだか干し大根(ほしだいこん)のようにガリガリに細いのです。
「どうも、ふしぎな動物だな」
と、新田先生は小さな声でささやきました。
「熱帯地方にいるクモザルは、手や足がものすごく長い。
だけど胴体は、ほんのちょっぴりしかないように見える。
だから、もしかしたらクモザルの一種かしらんと思ったが、どうもそうでもなさそうだな」
「先生、やっぱり大ダコなのでしょうか?」
千二は、やっとの思いで自分の考えを口にしてみました。
タコとはちがうところもあるけれど、でも、タコにいちばんよく似ているのは確かです。
「そうだなあ。
タコじゃないとも言い切れないが、タコにしては、こんな檻(おり)の中であんなに元気よく生きているのが変だなあ。
たしか、あれによく似たものがいたはずだが……はて、いったい何だったっけなあ」
新田先生は、しばらくの間うーんと腕組みをして考えていましたが、
「ああ、そうそう!
これは熱帯地方にある植物なんだけど、『タコの木』という植物があるんだよ。
いま見えているあの気味の悪い動物ほど小さくはないし、あいつは大きな木なんだけど、そのタコの木の形が、どこかあの動物にそっくりなんだ」
「先生、いま下に見えているのは動物ですよねえ。
そのタコの木っていうのは、植物なんでしょう?
タコの木なんて名前でも、動けないんですよねえ?」
「もちろんそうだとも。
地面にしっかりと生えている大きな木なんだから、動けるわけがないさ。
千二君、先生は、あくまで『形』が似ていると言っただけだよ」
だけど、いくら考えても、このふしぎな動物の正体はなかなか分かりそうにありません。
「あっ、先生!」
その時、千二が思わず声をあげました。
「なんだい、千二君」
「先生、一匹だけかと思ったら、まだ奥の方にもう一匹いますよ!」
「なに、二匹だって?
どれどれ……」
檻の奥のうす暗いところをじっと見てみると、なるほど、もう一匹の怪しげな動物が、眠っているのか丸くなってじっとしていました。
地底の暗闇(くらやみ)にうごめく、二匹の気味の悪い動物!
新田先生と千二は、なんだか夢を見ているような、不思議な気持ちになってしかたありませんでした。
「ねえ、千二君。
あの動物のすぐそばまで行って、もっとよく見てみたいものだなあ」
「はい……」
「どこかに、あそこへ下りていける場所がないだろうか。さがしてみようよ」
「はい……」
「あっ、千二君、もしこわかったら、先生についてこなくてもいいんだよ」
「ううん、ちがいます! ぼく、いっしょに行きます!
だけどねえ、先生。
あの怪しい動物はいったい何なんでしょう?
先生も、少しも心当たりがないんですか?」
千二は、目をきらきらさせながら熱心にたずねました。
「まだ分からない。
まったく、さっぱり分からないんだ」
「そうですか……」
と、千二は少しの間考えていましたが、
「じつはねえ、先生。
ぼくさっき、先生が『穴の中にへんな動物がいる』って言ったから、のぞき込んだでしょう?
あの時ぼくは、もしかしたらあれは『火星の動物』なんじゃないかって思ったんです。
つまり、ほら、いつか火星のボートに残されていた、あの気味の悪いやつのことを思い出してさ。

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