逃げ場のない何かをつかまえて、それでも話さないか、ぎゅうぎゅうと追い詰めてやる)
カールトン中尉は、パイ軍曹の横顔をちらりと見て、さりげなくタバコの煙をふーっと吹き出しました。
「食事です。食事を配ります」
スピーカーから、妙な訛りのある子供の声が聞こえてきました。
「おい、みんな、そこでストップだ。食事を済ませてからにしよう」
「よし来た。今日は頼むから、あの陽に焼けたようなほうれん草のスープだけは勘弁してくれ……」
「おい喜べ」
「なんだ、例のスープか? セロリでも入っているのか?」
「いいや、陽に焼けたようなほうれん草のスープだよ」
「うわーっ!」
氷山
アーク号は、すべての機関にありったけの重油を注ぎ込み、全力をあげて吹雪の中を極地へ近づこうと、必死の奮闘を続けていました。
だが、それはほとんど無駄骨に近いものでした。
船はうまく前進し始めたかと思うと、またどんどん後方へ押し戻され、思うように進めません。
そればかりか、アーク号の危険は刻一刻と迫っているようでした。
前が見えないまま突き進む姿は、まるで目の見えない人が杖も持たずに崖の上を走っているようなものです。
船橋に立ち、コートの襟を立てて波しぶきを見つめる船長と一等運転士の顔からは、血の気が失せていました。
「船長。これはもう、だめですね」
「ああ、だめなことは分かっている」
「ばかばかしいではありませんか。リント少将には後で適当に言い訳をして、せめて吹雪がやむまで船を流すことにしませんか?」
「もう、それは遅い。リント少将は大きな賭けをしているのだ。大アメリカ連邦のために、この壮大な賭けをしているんだ。われわれもまた、この賭けに加わらなければならない。なぜならば……」
「あっ、船長、氷山が……!」
「うむ、しまった! ――無電で、リント少将へ……!」
船長の悲痛な叫びが終わるか終わらないかのうちに、船の舳先に、突然山のような氷の塊がゆらりと現れるのが見えました。とたんに、ものすごい音とともに、船の上にいた乗組員たちは、一斉にバタバタと倒れました。
警笛が、激しく鳴り響きます。
アーク号は、メキメキと音を立てながら、氷山の上に乗り上げてしまいました。
機関が壊れたのか、船の横腹から、真っ白な蒸気がもうもうと吹き出しました。
「全員、甲板へ出ろ!」
吹雪が吹き荒れる甲板に、乗組員たちが飛び出しました。
叩きつけるような氷の風です。
あっという間に四、五人が、つるつると滑って海の中へ落ちていきました。
無名突撃隊の部屋にも、すぐさま警報が伝わりました。
隊員たちは仰天しました。
「氷山と衝突したぞ。
全員、甲板へ出ろ!」
氷山とぶつかるなんて予想もしていなかったのに、あまつさえ船は沈みかけているのです。
隊員たちは、さっき少し寒くなってきたから、船はニューファウンドランド沖を通って、カナダの方へ北へ向かっているのだろう、くらいに思っていたのでした。
「なんだ、もうベーリング海峡まで来ていたのか」
しかし、そこはベーリング海峡ではありません。
そのちょうど反対側、南極のすぐ近くまで来ていたのです。
無名突撃隊を率いるカールトン中尉は、衝突の衝撃で頭を鉄の扉に激しくぶつけ、重傷を負っていました。
ですが、さすがは軍人です。
すぐさまカーテンを引き裂いて頭にたくましく鉢巻を巻くと、隊員たちに向かって叫びました。
「みんな、落ち着くんだ。
ここは南極に近い場所だが、すぐにリント少将が救援隊をよこしてくれるはずだ」
「えっ、南極だって?」
「そうだ。もう言っても遅いが、南極こそが、われわれ無名突撃隊の目的地だったんだ。
リント少将の指揮下に入って、はじめて正式な任務を受けるはずだったのだ。
それから、われわれは……」
「おい、ボートはこっちだ!
無名突撃隊! 早く、こっちへ来い!」
中尉の言葉は途中で遮られました。
隊員たちは、斜めに傾いた甲板を滑りながら、我先にとボートの方へ走っていきました。
「落ち着け! そのうちに救助隊がきっとやってくるぞ!」
吹雪の中で、中尉の声はかき消されそうでした。
そのとき、さらに不幸なことが起こりました。
突然、船内から爆発が起きたのです。
ボイラーの中に冷たい海水がなだれ込んだため、爆発したようでした。
船はドーンと激しく揺れ、そのたびに傾きがひどくなっていきました。
ピート一等兵は、パイ軍曹とともに最後に部屋を出ました。
二人は一度部屋を出かけたのですが、外が激しい吹雪だとわかると、すぐに引き返して防寒服を取りに戻っていたのです。
日頃の訓練が、この非常事態に役に立ったのでした。
「パイ軍曹殿。なかなか壮観な眺めでありますな」
「なにを言っているんだ、お前は……。まったく、そんなに落ち着き払って。われわれは、ここで死ぬかもしれないんだぞ」
「一度死ねば、二度と死ぬことはありませんよ。せっかくですから、この千載一遇の壮観をゆっくり見物しておきましょう」
「ふん、お前と話をしていると、わしまでコーヒーでも沸かして飲みたくなってくるよ」
そう言うパイ軍曹も、決して慌ててはいませんでした。
沈没迫る
アーク号の甲板は、刻一刻と傾きを増していきます。
もうこの船は、あと五分ももたずに海の中に姿を消してしまうだろうと思われました。
そのうえ、意地悪なことに大吹雪がますます猛烈に吹き荒れ、甲板を右往左往する人々の息さえ止めんばかりです。
「おい、ボートはもう満員だ。おれたちは入れやしない。ど、どうなるんだ?」
「うん、仕方がない。舳先(へさき)の方へ行って探してみろ。割り込める席があるかもしれないぞ」
「だめだ、だめだ! 舳先も探したが、艫(とも)の方はボートごとひっくり返って、大変な騒ぎになっている!」
人々はなんとかしてボートに空きを見つけて命を助かろうと、まるで喧嘩のような騒ぎでした。
パイ軍曹は、唇の上に鉛筆で引いたような細い口ひげをひねりながら、大柄なピート一等兵を見上げて言いました。
「おい、ピート。ボートはもうダメらしい。お前、あの冷たい南氷洋で競泳する覚悟はできているか?」
「わしは競泳には自信がありませんね。誰よりも一番最後になってから海水につかると腹を決めましたよ」
「一番最後って、一体どうするつもりだ?」
「いやなに、一番背の高いマストの上に登っちゃおうかと思いましてね」
「馬鹿を言え。だからお前のような陸兵は役に立たないんだ。陸に生えているリンゴの木とは違うんだぞ。船がどんどん傾いているんだから、マストなんて一向に当てにならないのさ」
「そうですかい。なるほど、甲板がずいぶんと滑り台におあつらえ向きになってきましたねえ。ところで、軍曹殿……」「あなたは、これから一体どうなさるおつもりなんですか……」
「今に、リント少将の飛行船か何かがこの上へ飛んできて、エレベーターか何かをこの甲板におろすだろうと思っているんだ。そいつをこうして、待っていようというわけさ」
「あっはっはっはっ。軍曹殿、ここは寄席の舞台の上じゃありませんよ」
二人の勇士は、死を覚悟していると見えて、とんでもなく馬鹿げた話をしていた。
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