この物語は、西暦一千九百五十年に始まります。
昭和の年号でいうと、昭和二十五年にあたります。
今年は昭和十五年ですから、今からちょうど十年後の未来のことだと思って読んでください。
――作者記
極南へ
アメリカの貨物船アーク号は、ひどい難航をつづけていました。
あと一日で目的地の極地へ到着するはずでしたが、あいにく今になって猛烈な吹雪に見舞われ、船のスピードはガクンと落ちてしまいました。
この様子では、予定通り明日、目指す極地の新フリスコ港に入るのは難しそうです。
なにしろ、極寒の地帯における吹雪ときたら、そのものすごさは言葉では言い表せないほどです。
時は現在、極地一帯は「白夜」といって、夜になっても太陽が沈まず、ぼんやりと明るい光がさしている時期でした。しかし、突然一陣の風とともに空は墨を流したように真っ暗になり、天から白いものが降り始めたかと思うと、あっという間にあたりは白い壁に塗り込められたようになりました。すぐ前にいる水夫の姿さえ見えなくなり、階段がどこにあったか、ロープがどこに積んであったのかも分からなくなるほどです。
帆柱は今にも折れそうにギチギチと鳴り、船の横腹を小さく砕かれた流氷が、工場の蒸気ハンマーのように激しい音を立てて叩き続けていました。
船長のフリーマンは、船橋(ブリッジ)で一等運転士のケリーと顔を見合わせました。
「おい、一等運転士。これは一体どうしたものか」
「はっ、船長。風向きは幸い北西ですから、当分このまま流されていったらどうでしょうか」
「まあ、そうするしかないだろうな。だが、新フリスコ港に着くのがいつになるやら、見当がつかなくなってしまった。とにかく今すぐに、無線で新フリスコ港へ連絡してくれ」
「リント少将を呼び出しますか?」
「それがいいだろう。少将は明日この船が到着することを何度も念を押していたから、少しは叱られるかもしれないぞ」
「はい、やってみましょう。ともかくも……」
無線は、新フリスコ港でこの船を出迎えに来ているリント少将につながれました。
「なに、船が遅れるだと? こっちへ到着するのは二日後か三日後か、見当がつかないだと? 冗談じゃない。それじゃあ万事めちゃくちゃだ。どうするつもりだ!」
「さあ、困りましたな」
一等運転士はそう答えましたが、少将の強い口調に少しムッとしました。本船は今、難破しかねないような吹雪の中で、やむを得ず流されているのです。こちらの事情も知らずに文句ばかり言う少将に、むかむかする気持ちを必死に抑えながら言いました。
「なにしろ、ひどい吹雪で人力ではどうにもなりません。先が見えないので、いつ流氷で船首を砕かれるか分かったものではないのです」
「困ったな。汽船なんてのは旧時代の遺物だよ。潜水艦などはこの大吹雪も平気で、どんどんこちらへ着いているんだ。君では話にならん。船長を呼んでくれたまえ」
「はあ、船長ですね」
船長が代わって、電話に出ました。
「一等運転士の言うとおりですよ。全くどうにもなりません」
「船長の見込みでは、アーク号はいつ到着するのかね?」
「全く分かりません。天の神様にでも伺ってみなければなりませんな」
「おい、子供にお伽噺をしているんじゃないぞ。はっきりしてくれたまえ、はっきりと。こっちはアメリカ連邦の興廃がかかっているんだ、責任を感じているんだからな」
「ですが、こればかりはどうしようも……」
「では仕方がない。こちらから別の汽船か軍艦を迎えにやることにしよう」
「それはどうも。迎えていただいても、貨物の積み替えにはどうにもなりませんよ」
「そうだ、その船に積んでいる貨物が明日中に着かないと、せっかく二年間を準備に費やした大計画が水の泡になってしまうのだ」
少将の声は、気の毒なほど消沈していました。一体、リント少将はアーク号の積荷として、どんな品物を待ちわびているのでしょうか。
無名突撃隊
アーク号の船内には、「船長の許可なくして入室を禁ず」と貼り紙がされた部屋がありました。
中では、わあわあと元気な男たちの声が響いています。
「ゲームは俺の勝ちだ。次は誰かと交代しよう」
「中尉殿、私が出ます」
「おう、ピート一等兵か。お前がやるのか。珍しいな」
「いや、さすがに気長の私も、もうこの部屋での生活には飽き飽きしましたのでね。何か変わったことをしたいというわけです」
「あははは、ピートがついに陥落したぞ! この部屋を呪わない者は一人もいなくなったな、あははは」
カールトン中尉が大きな声で笑い出しました。
「全く、長い航海だ……」外は見えないし、新聞も届かない。そのうえ、こうして絶え間なく波に揺られ続けているんだ。これであきあきしないなんて、どうかしているよ」
「そういえば、今日はひどく揺れるじゃないか。それに、少し冷え込んできたみたいだな」
三十人ほどのアメリカ陸軍の将兵たちが、暖房の効きすぎた部屋で、トランプ遊びに興じていました。
彼らは、籠の中の鳥のような状態でした。
いや、籠の中の鳥なら、外に陽が差しているのを見ることもできるし、猫が通り過ぎるのも見ることができるかもしれません。
しかし、この「無名突撃隊」の隊員たちには、船内をくり抜いて作られたこの部屋以外、外の様子をうかがい知ることは一切できませんでした。
船の壁面に窓はついていたものの、その窓さえも外側から頑丈に目隠しをされていたのです。
まるで、重罪人を護送するかのような物々しい雰囲気でした。
ピート一等兵は、この部隊の人気者でした。
彼は一行の中で一番若い十九歳で、非常に我慢強く、普段は口数の少ない男でしたが、時折鼻を鳴らしてラッパのようにし、軍歌や流行歌を吹き鳴らしてみせることもありました。
出港以来、誰よりも多くのページを使い、こまめに日記をつけているのも、このピート一等兵でした。
「ねえ、中尉どの。もういい頃じゃありませんか。教えてくださいよ」
低い声で中尉の袖を引いたのは、パイ軍曹でした。
彼は一行の中では巨人といえる存在で、日本でいえば相撲の大関クラスの体格をしていました。
「何を言っているんだ。私が知っているくらいなら、とっくの昔にお前たちに話しているよ。上陸してみないことには、何も分からないんだ」
「どうも変です。隊長であるあなたが、われわれの任務について全く知らないなんて、どうも腑に落ちません。どうか教えてください。われわれはどんなことを聞かされても尻込みはしません。国家への忠誠を誓います」
「知らないと言ったら、本当に知らないんだ」
「本当ですか? 戦車兵が船に乗る場合、一体どんな任務に就くというのでしょう。それを考えてみてください。私だけに、こっそり教えてくださってもいいんですよ。誰にも漏らしませんから。それならいいでしょう?」
「だめだ。本当に私は知らないのだ。言うときには全員に言う。中尉だの一等兵だのという区別はあるが、無名突撃隊の一員であることに変わりはないのだからな」
パイ軍曹は、それ以上何も言おうとはしませんでした。
しかし、腹の中では舌打ちをしていました。
(どこまで強情な中尉なんだ。よし、今に見ていろ。
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