僕をここで溺死させるつもりか。
なんて憎むべき悪魔なんだ!)
僕はもう、やぶれかぶれだった。
拳を固めて、ガラスの天井をどんどん突き上げた。
頭を天井にぶつけてみた。
しかし、ガラスの天井は厚い。そんなことでは破れそうもなかった。
僕はついに体を逆さまにして、両脚に全身の力をこめて、ガラスの天井を蹴った。
ああ、それも無駄に終わった。
足の骨が折れそうになり、激痛が全身を稲妻のように突き刺しただけだった。
(もう駄目か。
息ができなければ、僕は死んでしまう)
僕はもう、気が変になりそうだった。
どこかに空気が漏れてくる穴がないものかと、僕は水槽の中を魚のように潜って、あっちの壁やこっちの底を探り回った。
だが、すべては無駄だった。
無駄だと知りつつも、それでも僕は水中を、アザラシのように跳ね回った。
やがて僕は、立て続けに水をがぶがぶと飲んでいた。
呼吸は苦しさを通り越して、なぜか奇妙に楽になっていった。
胃の腑の方が苦しくなってきた。
もっと泳ぎ回り、潜り続けて空気を見つけなければと思いながらも、僕の体はだらんとしていた。
水の層を通して開いている両目に、うす青い光が入ってくるのが、まるで夢の国にいるような感じだった。
僕の知覚は、だんだんと麻痺してきていたのだ。
わが耳に、遠くで人が言い争っている声が聞こえる。
本当に聞こえているのか、それとも幻想なのか、どちらとも分からなかった。
それは男と女の口論のようでもあった。
声高く笑っているかと思えば、くやしそうに泣いているようでもある。
(僕はもう死ぬんだな)
僕はそう悟った。
死にたくない。
しかし、どうにもならない。
ああ、神様!
それからどのくらいの時間が経ったか、僕は覚えていない。
とにかくぼんやりと気がついたとき、僕はしきりに口から水を吐いていた。
いや、正確にいえば、水を吐かされていたのだが……。
遠大なる実験案
僕は、うつ伏せになって、水を吐かされていた。
胃袋の下に、砂枕のようなものがあたっている。
そして誰かが、僕の背中に、ぐいぐいと力を加える。
そうすると僕は、障子が引き裂けるような音を立てて、ごぽごぽと下へ水を吐くのだった。
僕には見えないが、僕の頭の上で、がやがやと喋っている人の声がする。
それは非常に遠いところで喋っているようにも思われた。
僕の知覚は、まだ麻痺状態を脱し切っていないのである。
その証拠に、喋っている人の声が急に遠くなったり、また僕が水を吐いていることが分からなくなって、花園の中で犬を追い回している夢の中へ入ってしまったりした。僕の体のあちこちには、三重にも四重にも重なった痛みが走っていて、それに耐えるだけで僕のエネルギーは使い果たされていた。誰が背中を押して水を吐かせているのか、誰が言い争っているのか、頭を上げてその様子を確認する余裕なんて全くなかった。それでも、時間が経つにつれて、ぼんやりとした意識の中で、少しずつ状況が整理されていくようだった。つまり、激しく罵り合っている男女の言葉の意味がところどころ分かるようになり、また僕のお尻に何度も注射針がぶすりと突き立てられることも分かった。
「なんといっても、あたしの説が正しいと証明されたわけよ」
「いいや、そうはいえない。僕の説の方が正しい。そうでしょう、この実験動物は、まさに溺死してしまったじゃないですか」
「それは溺死したかもしれないわ。でもそれは、この実験動物が、今現在エラを備えていないために、水中で呼吸ができないという体のつくりをしているためよ。溺死しようと、この実験動物が水槽の中で見せた水中動物らしいあのすばらしい運動や反射、そして体のバランスをとる感覚などは、あたしの説を正しいと証明したじゃありませんか。まさにこの実験動物は、水中動物としての機能を持ち、それを保持していると断定できる。そうでしょう?」
「そりゃね、いくぶんそれは認められるけれど……」
「ああ、なんてケチな言い方をするのかしら。これだけ明らかなことを、しぶしぶ認めるなんてフェアじゃないわ」
「だけどね、とにかくこの実験動物は一度溺死してしまったんだ。だから、そんなに大きなことは言えないわけだ」
「あなたは頭が悪いのね。そういう難癖のつけ方は、どう考えてもフェアじゃないわ」
「まあ、そういうならそれでいいということにして、僕はもっと繰り返し、この実験を続けることを提案しますね」
「それはもちろん、あたしも同感ですわ」
僕は急に目が回りだした。僕の頭の上で、があがあと言い争っているのは、男子大学生のトビと女子大学生のダリア嬢に違いない。かねてからこの二人は、人間の中に残っている平衡感覚の器官について熱心に研究を進めていたのだが、二人の説は対立していてどちらが正しいか判定がつかないでいた。その結果、ついに二人は僕をホテルのベッドから盗み出し、あのような水槽へ放り込んで、魚のようなひどい目に遭わせたに違いない。その上、乱暴にも僕を溺死させたのに、まだ飽き足らずに僕を「実験動物」と呼び、さらに僕に金魚や鮭のマネをさせようと言っているのだ。
溺死はもうたくさんだ。この先、二回、三回と溺死を繰り返されたら、そのうちに僕は弱りきって、いくら注射を打っても生き返らなくなるだろう。僕は激しく抗議したいと思ったが、残念なことに口も体も言うことをきかない。
「あたし、考えたんですけれどね」とダリア嬢が元気いっぱいの声で言う。「この次の実験には、この実験動物が水槽で楽に呼吸ができるように、呼吸用のヘルメットを頭にかぶせようと思うんですの。つまり、適当に酸素を補給させて、余分な二酸化炭素が排出されるようになっていればいいんですから、そのようなヘルメットを作るのはわけありませんわ」
「それはいいでしょう。しかし、体のバランスを崩さないように考えないといけませんね」
「そうですね。体の他の部分にも別の重りをつけましょう。あたしはもっといろいろと考えていますのよ、発展的な実験をね」
「発展的な実験というと、どんなことをしますか?」
「少し大胆かもしれませんけれど、この実験動物をそのうち深海へ放ってみようと思うんです。そして、深海の強い圧力が、この実験動物の平衡感覚にどんな影響を及ぼすかを調べてみたいと思います」
「それは面白いですね。しかしその実験を最後として、この実験動物は役に立たなくなりますよ。おそらくひどい内出血をして死んでしまうでしょうからね」
「それはもう、死んでも構いません」
僕はそれを聞いていて、気が遠くなりそうだった。死んでも構わないとは、よくもまあそんなことが言えたものだ。ああ、僕は一体これからどうなってしまうのか。
女学生ダリア嬢と男子学生トビ君のために、水槽の中で実験道具としてさんざん使い回され、へとへとになっている僕の耳に、次は呼吸用ヘルメットを被せて深海へ放り込むつもりだというダリア嬢の放言が響いた。僕は驚いたが、すっかり気力を失っているので、立ち上がって逃げ出す元気もないばかりか、それに抗議する声さえ出なかった。
(もう駄目だ。僕はやがてこの二人に殺される。――殺された結果、僕は一体どうなるのか。
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