初級翻訳・火星兵団 第116話

海野 十三

ミツバチの巣箱の下にハチが出入りするための穴がありますが、ちょうどあんな感じにとてもよく似ていました。
「さあ、こちらへお入りください」
 首相のモンモンが先頭に立って、その門の中へとスタスタ入っていきました。
千二も、蟻田博士や新田先生のうしろをついていきました。
入り口を入ると、幅が広くて立派な大階段が地下へむかってずっと続いていました。
なんと、地底にはすばらしい大宮殿があったのです。
キラキラと美しい灯火が、その宮殿の中でフワフワとうごいていました。
「おお、ロロ王があそこにおられるぞ」
蟻田博士はそう言って、すぐうしろをついてくる先生と千二にそっと教えました。
階段の下には、立派な王冠をかぶり、黄金で作られた薄い衣をまとった、堂々たる火星人が立っていて、博士の方へパッと手を差し出しました。
「ようこそ蟻田博士。
よくおいでくださいましたね。
おかげさまで、ごらんのとおり、火星国はすっかり平和におさまりました。
本当にありがとう、お礼を言いますよ」
「おお、ロロ王。
これはなんとごりっぱな!」
 博士は、ロロ王の手をしっかりと強くにぎりました。
森の王城ではこの夜、新王ロロと副王ルルが、蟻田博士たちに感謝の気持ちをこめて、盛大な大宴会を開いてくれることになっていました。
その頃にはもう太陽が沈んで、外はすっかり夜になっていました。
あと一時間もすれば、いよいよ大宴会場の扉が開かれる予定でした。
千二も、王城の中にいる火星人たちから「よくやってくれたね!」とチヤホヤされるので、少し誇らしくて悪い気はしませんでした。
はじめのうちは火星人なんて気味が悪くてしかたがなかったけれど、王城の中にいる火星人たちはみんなとっても礼儀正しく、新しい王さまや副王さまからの命令もあったので、千二たちに対してものすごく丁寧にしてくれたのです。
そんなとき、千二はふと、ものすごい重大なことを思い出しました。
彼は慌てて新田先生のそばへカサカサと寄っていくと、小さな声でこう言いました。
「あのう、先生……。
もうとうに時刻はすぎてしまったのではないでしょうか?」
「なんだね、時刻がすぎてしまったとは?」
「先生、もしかして忘れているんですか?
モロー彗星が地球に衝突する時刻って、もうとうにすぎてしまったはずですよね。
いったい、地球はどうなってしまったんでしょうか。
もしかして粉々になって、それから……」
 千二は、その先を言葉にすることができませんでした。
あまりの不安に悲しくなってしまい、思わず先生の胸にポスッと頭をうずめてしまいました。
「そうだなあ、地球はいったい……」
 先生も、そのあとの言葉を続けることができませんでした。
すると、蟻田博士がその様子に気づいて、二人のそばへとトコトコ歩いてやって来ました。
「お前たちは一体、なにをメソメソやっているのかね?
ロロ新王におめでとうを言う楽しい日がやってきたというのに、そんな顔をして泣いたりして……」
 先生は心配そうな顔で博士に言いました。
「千二君も私も、地球のことを急に思い出して、悲しくなってしまったのです。
今ごろは、地球はあの恐ろしいモロー彗星のために、粉々にくだけ散って、宇宙のチリになってしまったんじゃないかと思って……」
 すると博士は、ハタと手をポンと打ち鳴らし、
「おお、そのことか!
わしはすっかり、君たちにその話を言うのを忘れていたよ!」
 果たして、地球は一体どうなってしまったのでしょうか。「博士は、いったい私たちに何を言おうとしていたのですか。何を言うのを忘れていたというのですか」
 新田先生と千二は、息を切らしながら蟻田博士に尋ねました。
「ああ、そのことか。
よし、わしが説明するよりも、ロロ新王にお願いして王城の天文台へ登らせてもらい、地球がどうなったか自分の目で確かめさせてあげよう」
 博士は分かっているという顔つきですぐにロロ新王へその許可を求めました。
 ロロ新王はもちろん快く承知してくれました。
「さあ、天文台へ登らせてもらおう。
まあ、それまでは黙ってついてきなさい」
 博士は地球の最期について、なかなか二人へ話そうとしませんでした。
千二たちが博士の後を追って天文台へ向かうため、王城の広間を横切って歩き出そうとしたとき、突然博士の前に飛び出してくる者がいました。
「蟻田博士の大うそつき!」
 その怪漢は大声で怒鳴りました。
見るとそれは、なんと驚いたことに佐々刑事でした。
彼は突然王城の中へ駆け込んできたようです。
しかし驚いたことに、防寒服も着ていなければ酸素かぶともかぶっていません。
まったく無茶な話です。
「おお、佐々刑事だ!」
「ほう、これが佐々刑事か」
「蟻田博士、あなたは地球が……」
 と言いかけ、再び佐々刑事は言葉をつごうとしましたが、その瞬間に急にまっ青になり、フラフラとよろめきました。
そして、先生と千二が駆け寄るよりも早く、王城の床の上にドスンと倒れてしまいました。
蟻田博士はすぐに床にひざまずき、佐々刑事の手を握りました。
その時、火星人の医師が駆けつけ、博士に代わってすぐに手当てをすると言いました。
博士は後のことを頼み、先生と千二の方へ目配せをしました。
千二は博士が目配せをするので、倒れた佐々刑事のことも心配でしたが、博士の後を従って天文台へ続く階段を登っていきました。
そのとき、千二はそばの新田先生に尋ねました。
「どうしたのでしょうね、あの佐々刑事は……」
 すると先生は言いました。
「佐々刑事は火星のボートを奪い返したと放送していたから、今までずっとそのボートの中にこもっていたのだろうね。
そうして蟻田博士が来たという話を聞きつけて、ボートの扉を開けて飛び出してきたわけさ。
実に大した頑張り屋だなあ」
「なるほど。
元気な人ですね」
「きっとあとで、おもしろい話をたくさん聞かせてくれるだろうよ」
立派な階段を登りきると、素晴らしい円形の広間に出ました。
見上げるほど高い天井、美しい壁、そして見事な望遠鏡が、天蓋の隙間から夜の大空へ向かって据え付けられていました。
「千二、新田、望遠鏡で見なくても肉眼でよく見えるから外廊下へ出よう」
 博士は扉を開けて外廊下に出ました。
火星には今、夜のとばりが降りていました。
この天文台は森の上からほんの少しだけ頭をのぞかせています。
だからこの外廊下からは、森の高いこずえ越しに、荒涼とした火星の夜景が見渡せました。
「ほら、あれを見なさい」
 博士はそう言って、夜空にきらきらと輝く星を指さしました。
「えっ、あれは何という星ですか」
「あれは地球じゃよ」
「えっ、地球ですか!
地球はモロー彗星に衝突されて、まだあそこにほんのかけらでも残っているのですか?」
 千二は不思議そうに尋ねました。
「いや、あれは地球のかけらではない。
かけらどころか、地球は昔のままちゃんとしているのだ」
「えっ、地球はちゃんと形を保っているのですか?
モロー彗星は地球にぶつからなかったのですか!」
 千二はドキドキと高鳴る胸を押さえながら尋ねました。
四月四日の十三時十三分十三秒に、モロー彗星は地球に衝突するはずでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました