初級翻訳・火星兵団 第101話

海野 十三

「いま、二人が心配して私に挨拶をしてきたのです。『この二人の人間は何か怒っているようだが、どうしたのですか』とね。
だから私は、『どうぞご心配なく。この二人は私の子供や孫のようなものですから、別に喧嘩をしているわけでも何でもありませんよ』と答えたのですよ」
「いったい何者なのですか?
博士がそんなに丁寧な言葉を使うような、この火星兵たちは……」
 先生がそう言うと、博士は言いました。
「火星兵ではないよ。火星人ではあるけれどもね」
「では、いったい何者なのです……」
「ロロ公爵とルル公爵だ。
火星から地球へ亡命してこられた方々なのだよ」
「ああ、ロロとルル……!」
 新田先生はピンときました。
博士はロロ公爵とルル公爵と言いましたが、この二人の火星人は、少し前まで火星を治めていた女王様の二人の子供たちでした。
新田先生は、この二人が博士の家の地下室でうごめいているところを、以前に見たことがあったのです。
あのとき、ロロは元気でしたが、ルルは大けがをしていました。
博士はルルを治すために、アルプスまで薬になる草を取りに行ったこともありました。
「ああ、あのロロさんとルルさんなら、私はお話したことがあります。
そうだったのですか!」
 先生は、ここで初めてホッと安心の色を浮かべました。
しかし、千二には何がなんだかさっぱりわけがわかりません。
千二は先生の袖をキュッと引っ張りました。
「先生、どうしたんですか?
なにがそんなに安心なんですか?」
「いや、千二くん。
ロロさんとルルさんなら、こういうわけなんだ」
 先生は、そのときの出来事をかいつまんで千二に説明しました。
「そうだったんですか!
博士はこの前、火星に行ったとき、この二人の子どもたちを助けて地球に連れてきたんですね。
それじゃあ、博士はこの二人の火星人にとって、ものすごい大恩人なんですね」
「その通りだ。
だから、火星兵とはまったく違うんだよ。安心していいんだ」
「でも、このロロさんとルルさんは、火星兵と同じような姿をしていませんか?
どうしてなんでしょう」
「なるほど、それはどういうわけかな。ひとつ博士に聞いてみよう」
 先生がこの疑問を博士に尋ねると、博士はこう答えました。
「いやあ、地球と同じ空気の中では、こうした専用の服を着ていないと体に障るのだよ。
だから私は、火星兵が着ているものに似せて、特別製の服を作って差し上げたのさ」
こうして、大空の中を飛ぶ宇宙艇の中は、急ににぎやかになりました。
博士と先生、そこに千二が加わり、さらにロロ公爵とルル公爵という二人の火星人が現れたことで、一行は合計五名になりました。
はじめは少し気まずい雰囲気もありましたが、よく考えてみれば、お互いに共通の敵である「火星兵団」を相手に戦う仲間です。だから、すぐに仲良しになりました。
そして、この宇宙艇の中で、なんとも不思議な光景の晩餐会(夕食会)が開かれることになりました。
その場所は、四方の壁に天文学に関する写真の額が飾られている、この宇宙艇の中で一番広い部屋でした。
部屋の真ん中には丸いテーブルがあり、五人がそれを囲みました。
正面に博士、その右に先生、左に千二少年が座り、向かい側にロロとルルの二人の火星人が席につきました。
はじめ、テーブルの上には何も置かれていませんでした。
(これはどうなるんだろう?
もしかして、天井からお料理のお皿が降ってくるのかなあ。
なんだか変なパーティーだなあ)
 千二は不思議に思って天井を見上げたり、横目で博士の顔をチラチラと見ていました。
すると、博士が言いました。
「それでは、これより始めます。
本日は特別に、とっておきのおいしいお料理を出して、ロロ公爵とルル公爵のご健康をお祝いすることにいたしましょう」
「どうもありがとう」
 ロロ公爵とルル公爵は、たどたどしい日本語で挨拶をしました。
(変だなあ。
おいしいお料理って言うけど、何も出てこないじゃないか)
 千二がふと先生の顔を見ると、先生は目で「しっ、静かにしなさい」と叱りました。
それで千二は「しまった」と思いました。
あわてて手をきれいに膝の上に置き、顔を前に向けました。
ところが、驚いたことに、いつの間にか千二の目の前には、おいしそうなお料理がたっぷりと盛られた大きな鉢が置かれていたのです。「うわあっ、いつのまに、こんなごちそうが、出てきたのだろう」
 と、千二は、自分のまえに、とつぜんあらわれたごちそうの鉢をながめて、目をぱちくり。
「千二。
それほど、驚くことはないよ。
ほら、テーブルの真中を見ているがいい。
ごちそうの鉢が、どんなふうに出てくるか、よくわかるじゃろう」
「え、テーブルの真中ですか」
 博士に言われて、千二は、テーブルの真中を見た。
テーブルの真中に、とつぜん、ぽかりと穴があいた。
それは、大きな丸いおぼんが、はいるくらいの大きな穴であった。
すると、下から、ごちそうの鉢が、せりあがってきた。
「おやおや、出てきたぞ」
 鉢が、テーブルのうえまであがると、こんどはその鉢は、すうっと走りだして、新田先生のまえへいって、ぴたりととまった。
「やあ、このごちそうの鉢は、化物の一種だな。
鉢が、ひとりで、テーブルのうえを走るんだもの」
 千二は、驚いて言った。
「なあに、鉢が走るのじゃない。
テーブルのうえに張ってある耐水セロファンの帯が、鉢をのせたまま、うごくのじゃ。
つまり、工場でつかっているベルトコンベヤーみたいな仕掛じゃ」
「ベルトコンベヤーって、なんですか」
「それを知らんかね。
工場へいけば、どこでも使っているよ。
たくさんの職工さんが並んでいる仕事机のよこを、はばのひろい帯が、たえずうごいているのじゃ。
一人の職工さんが、自分の加工した製品を、このベルトの上にのせると、ベルトは、たえずうごいているから、その製品をのせて先の方へはこんでいく。
ベルトの端には別の職工さんがまっていて、ベルトではこばれた製品をおろすといったわけじゃ」
「ああ、名は知らなかったけれど、その仕掛なら、知っていますよ」
 千二は、ベルトコンベヤーのことを、一つおぼえた。
つまり、このベルトコンベヤーと同じことに、テーブルの真中からあらわれたごちそう入りの鉢が、それをたべる人の前まで、はこんでくれるのであった。
動く帯と、テーブルの地の色とが、同じ黄色であったから、その帯が動いていることが、千二にはわからなかったのである。
「博士、やっと、わかりました。
そういう仕掛のあることを知らないと、まるで魔術をみているようですね」
「そうだ。
科学知識のない人や、勉強の足りない人は、なんでも魔術だと思うのだよ。
百年も前に死んだ人を、今の世の中に、もう一度息をふきかえさせてみると、この大空艇などはもちろんのこと、ロケットでも飛行機でもテレビジョンでも、みんな魔術としか、見えないだろう」
 と、蟻田博士は、しみじみ言った。
その間に、ごちそうは、順番に、みんなの前に並んだ。
あとからあとへと、いろいろなごちそうが、穴の中から、せりあがってきた。
いずれもみな深い器の中にはいっていた。
これは大空艇が、ときどき左右にゆれるせいであった。
「さあ、始めましょう。

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