初級翻訳・人造人間エフ氏 第6話

人造人間エフ氏

自分のいのちはどうでもよいが、マリ子だけはどうにかして無事にこの災難から切りぬけさせ、日本に待っていらっしゃるお母さまの手にとどけなければなりません。
そうだ、それだ。
マリ子を救わなければならない。
(自分のいのちを的にして、一つ思いきりこの危難とたたかってみよう)
正太は、いまやよわよわしい気持をふりすてて、いさましい日本少年としてたたかう決心をしたのでした。
「ねえ、マリちゃん。
どう考えても、まだしんぱいすることはないよ。
僕も、船員のひとに力をあわせて、ウラル丸がたすかるようにはたらいてくるから、マリちゃんはさびしいだろうけれど、その間、船室で待っておいでよね」
「まあ兄ちゃんちょっと待ってよ」
「兄ちゃんのことはいいよ。
はやく船室にはいって……」
「兄ちゃん、兄ちゃん……」
マリ子は声をかぎりに、兄の正太をよびとめましたが、正太はどんどんと甲板の人ごみのなかに走りこんで、姿は見えなくなってしまいました。
そのとき、ウラル丸の船橋には、船長と一等運転士が顔をそばへよせて、なにごとか早口でささやきあっていました。
「船長。
どっち道、もうだめですよ」
「そう弱気をだしちゃ、こまるね。
しかし無線機をこわされちまったのは困ったな」
「無線技士が、しきりにSOSをうっているとき、うしろに人のけはいがしたのでふりむいた。
するととたんに頭をなぐられて、気がとおくなってしまった。
そのとき、ちらりと相手の顔をみたそうですが、それが例の正太という少年そっくりの顔をしていたそうですよ」
「そうか。
あの少年は、いつの間にやら、私のところから逃げだしたとおもったが、そんな早業をやったか。
無線機をこわしたのも、もちろん無線技士をなぐりつけた犯人と同一の人物にちがいない。
――というと、正太という少年のことだが、あんなかわいい顔をしていながら、見かけによらないおそろしい奴だな」
「そうです。
おそろしい奴です。
そしておそろしい力を持った奴です。
無線技士を気絶させたばかりではなく、無線機のこわし方といったら、めちゃめちゃになっていまして、大人だってちょっと出ないくらいの力をもっているんですよ、あの正太という子供は!」

   怪少年?

正太はそんな力持ちであろうか。
船長と一等運転士とは、正太のおそろしい力に身ぶるいをしていると、そこへひょっこりと、正太少年が顔をだしたものだから、二人は、あっといって、二三歩うしろへよろめきました。
「船長さん。
まだ日本の軍艦はこないんですか」
「えっ?」
「船長さん、SOSの無線はうったのですか。
それともまだうたないのなら、早くうってはどうですか」
船長と一等運転士とは、顔をみあわせました。
そして二人とも心のなかで、(この少年は、なんという図々しい少年だろう。
自分が無線機をこわしておきながら、まだ無線をうたないのかなどとたずねるとは)と、あきれたり、おどろいたりしました。
「船長さんたちは、海の勇士ではありませんか。
しっかりしてください」
正太は、一生けんめいに船長と一等運転士をはげました。
それをきいていた一等運転士は、こころのなかにむっとして、ポケットからピストルをぬきだすと、正太をめがけて、今にも銃口をむけそうな気配を示しました。
そのとき、電話のベルが、けたたましく鳴り響きました。
それは正太のために、一命をすくったようなものでした。
「船艙から電話がかかってきたのだろう。
おい、なんだ」と、船長が電話にかかりました。
「なに、船艙の火事が消えた。
それはいいあんばいだ」……ええっ、電気仕掛けの火口が見つかったって?
それを使って、ただの荷物に見せかけてあったダイナマイトを爆発させたことがわかったんだって? そいつはおどろいたね。
……その電気仕掛けの火口を一体だれがつけたのか、わからないって?
ふんふん、それは、わからないわけじゃないよ」
船長は、ちらりと正太の方に目を動かしたが、すぐに視線を元に戻して、
「とにかく、火事のほうが片付いたら、今度はあの怪しい潜水艦と戦う番だ。
いつこっちへ魚雷が飛んでくるかもしれないから、お前たちはすぐに昇降階段の下へ集まっていろ。
そして、いつでも甲板へとびだせるように準備をしておくんだ。
こちらから命令するまでは、甲板へ出てはならない。
こっちがうろたえているところを潜水艦に見つかると、都合が悪いからね」

   急潜航

「ねえ、船長さん。
まだ僕は、なんだか疑われているみたいで、気持ちが悪いなあ」
と、正太が言った。
船長は受話器を置きながら、ふふんと鼻の先で笑った。
「この前も、信号の煙が出るボールを海に投げ込んだって疑われて、それは大木さんが間に入ってくれたから疑いは晴れたはずなのに、まだ船長さんたちは僕を疑っているみたいだ。
一体、僕のどこがそんなに怪しいんですか」
「なにを!
君はなんて図々しい少年なんだ」一等運転士が前へ乗り出してきた。
「まあ待て、一等運転士。
そんなことよりも、今はあそこに見える潜水艦から魚雷が飛んでくることを心配しなければならないんだ」
「船長。
それはわかっていますが、でも、この子供の言うことを聞いていると、腹が立ってきてたまらないんです」
正太は、もっと言い返したかったが、船長の言う通り、今はウラル丸を狙っている怪潜水艦の方が大事だと思い直し、これ以上自分のことで言い争うのはやめにした。
「ねえ、船長さん。
僕にできることなら、なんだってしますよ。
ボートを漕ぐことだって、僕にだってできるんだからさ」
「ふん。
君は黙っていたまえ」
船長は、じっと海面を見つめている。
一等運転士はまた、潜水艦と正太とを交互に見つめていたが、そのうちにおどろきの声をあげた。
「おや、船長。
潜水艦が、海のなかもぐり(潜水)にうつったようじゃありませんか」
一等運転士の言う通りだった。
ウラル丸を取り囲んでいた四隻の怪潜水艦が、急にぶくぶくと水中にもぐり始めたのだ。
「本当だ、やけにあわてているようだな。
どうしたんだろう」と言っているところへ、ぶーーんと飛行機の音が耳に入ってきた。
しかも、かなりの数の飛行機らしい音だ。
「あっ、飛行機だ。
どこの飛行機だろう?」
そうこうしているうちに、南の空から翼を並べて堂々たる姿をあらわしたのは、九機からなる間違いのない、我が海軍機の編隊だった。
「あっ、日本の飛行機だ!
海軍機だ!」
「ああ、最初に打ったSOSの無線がちゃんと届いて、このウラル丸を助けにきてくれたんだ。
だから怪潜水艦も逃げ出したんだ!
うわーっ、やったあ、万歳、万歳!」
海面には、いつの間にか怪潜水艦の姿は消え去っていた。
海軍機はウラル丸の上を通り過ぎ、堂々たる編隊のまま、なおも北の方へと飛んでいく。
ゆるせない砲撃

怪潜水艦の後を追いかけていた海軍機の大編隊が、とつぜん三つの編隊に分かれた。
「おや、どうしたのだろう?」
これを船橋の上から眺めていた正太少年は、不思議に思った。
すると、どどーんという大きな音がして、ぱっぱっぱっと高角砲の弾(たま)が空中で破裂した。
そこはちょうど、飛行機編隊の真ん中だった。

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