新田先生は、いつも課長のそばについていたが、課長の苦しそうな表情を見るにつけて、先生もまただんだん苦しくなって来た。
(これは、こんなことをしていたのではいけない。何とか、ここで我々がもりかえさなければ……)
先生は、どうしたらよいかとそれを考えたが、すぐに名案も浮かんで来ない。
「ねえ、新田さん。
せめて佐々刑事に連絡をとる方法がないものかねえ」
「さあ、困りましたな」
と、先生は首を振って、
「もう佐々さんが、山から下りて来てもいいころなんですが、何をしているのでしょうね」
新田先生は、佐々刑事が火星のボートに乗って、宇宙にとび出したことを知らない。
先生が知らないくらいだから、大江山課長が知るはずがない。
「では、もう一度、私が山へ上ってみましょうか」
と、先生は言い出した。
「いや、それはいけない」
と、大江山課長は強く言って、
「佐々は、火星人に殺されてしまったのかも知れないのだ。
この上あんたが行って、またそれっきりになったら、どうして火星人を攻めて行ってよいか、見当がつかなくなる」
「だって、私などが……」
「いや、この上は、火星人のことを少しでも知っている者は、大事にしておかなければならない」
先生は、その時、はっと気がついた。
蟻田博士のことを。
「大江山さん。
蟻田博士のその後の消息は、わかりましたか」
大江山課長は、帽子のあごひもをしめ直しながら、
「その蟻田博士のことなんだが、我々も、一生懸命にさがしているんだが、手がかりなしでね、全く残念なんだ。
博士が見つかれば、我々は、きっと何か火星人について、大切なことが聞出せると思うんだが……」
と、ほんとうに残念そうに言った。
「大江山さん。
あなたは、蟻田博士を、どう思っているのですか」
「どう思っているとは?」
「つまり、博士はいい人だとか、悪い人だとかいうことです」
「さあ、そんなことは、うっかり言えないがねえ」
と、課長はつつしみ深い口ぶりで、
「ここだけの話だが、前には、蟻田博士は、おかしいと思っていたんです。
しかし、こうして博士の予言通りに火星兵団が攻めて来た今日、私は博士はおかしいとばかり、きめてしまうわけにはいかんと思う」
大江山課長は、前のことを思い出しながら、しんみりと、ただ今の気持を先生に話した。
「じゃあ、蟻田博士が、とうとい大学者であることを、大江山さんはみとめたわけですね」
「まあまあ、それに近いと思って下さい。
だが、我々は博士について、全く気を許してしまうわけにはいかないと思っている」
「え、気が許せないというのですか。
それはまた、なぜです」
「それはつまり、これもここだけの話だが、蟻田博士は、火星のスパイではないかと、そんな気もするのだ」
大江山課長は、蟻田博士が火星人のことなどをよく知っているが、火星のスパイではないかと思うと言う。
それを聞いていた新田先生も、実は、自分の先生である蟻田博士が、いい人であるか、それとも悪い人であるか、はっきりわからなかったのである。
博士の日頃の行いは、あまりにとっぴである。
人間ばなれがしている。
博士から、教えを受けていた昔のことを思い出してみるのに、博士は、ただもう学問のことに、いつも夢中であって、学問のためなら、その外のどんなことでも、捨ててしまうというたちであった。
だから、学問のためなら、大江山課長がうたがっているように、或は、火星のスパイとなって、地球人類を陥れるかも知れないと、そんな風に思われて来るのだった。
(もし、博士が、ほんとうに火星のスパイを働いているとすると、これは許しておけないことである。
これはどうしても、博士を探し出し、ほんとうの気持をたしかめてみる必要がある。
何しろ、火星の学問をおさめている学者として、博士以上のえらい人はいないのだから、ぜひとも、博士が火星の味方をしないように説きふせなければならない)
と、新田先生は、ついに、はっきり自分の覚悟をきめたのだった。
「大江山さん。
私は、これから行って、博士を探して来ます」
「何、博士を探しに行くというのですか」
課長は、びっくりした。
「そうです。
すぐ出かけます」
「それは、我々にとってもありがたいことだが、新田さん、あなたには、博士がどこにいるか、わかっているのかね」
博士はどこにいるか?
もちろん、新田先生は、博士の居るところを、はっきり知らなかった。
だが、先生は、あるところへ見当をつけていた。
40 地底の声
行方不明の蟻田博士を探すために、新田先生は、ただ一人で出かけた。
この夜更、しかも火星人が人間狩をはじめていて、往来のあぶない時にもかかわらず、先生は、だんぜん出かけたのである。
大江山課長は、先生の強い決心を聞いて、ぜひとも警官を五、六人、連れて行くようにとすすめたのであるが、先生は、考えるところがあるから、一人で行くと言って、護衛の警官のついて来るのを断った。
さて、新田先生はどこへ行くのであろうか。先生の足は、麻布にある博士の研究所の跡地へと向かっていました。
夜の街を歩く先生は、何度も厳しい非常線に引っかかり、そのたびに警官から厳しい取り調べを受けましたが、大江山課長からもらった通行証を見せて、なんとか通してもらったのです。
そしてついに、先生が博士の研究所の跡地にたどり着いたのは、真夜中の二時のことでした。
研究所の跡地――!
あの立派だった天文台の丸く大きな屋根は、もうどこにもありません。あの日起きた大地震で、すっかりペシャンコに崩れてしまっていたのです。
先生がかつて勉強していた本館も、いまや地上に崩れ落ち、コンクリートの破片の間からは雑草が元気に芽を出していました。
雲の間から漏れてきた薄明るい月光が、蟻田博士の研究所の跡地をぼんやりと照らし出しています。見ているだけでぞっとするような、寒々とした荒れ果てた景色の中に、新田先生はぼうっと立ち尽くしました。
「あぁ、これじゃあ博士を見つけるなんて、とても無理そうだ……!」
新田先生は、深い溜息をつきながらつぶやきました。
もしかしたら、研究所のどこかに博士が小さな小屋でも建てて、がんばっているのではないかと思ったのですが、見渡すかぎり崩れたがれきがそのまま残っているだけで、人が住んでいるような気配はどこにもありません。
蟻田博士の天文台が崩れ去ったあとに、冷たい月光がぼんやりと光を投げかけています。まるで墓場のような景色でした。
たった一人でそこにポツンと立っている新田先生の胸の中には、言い表せないほど、たくさんの心配や疑問がわき上がってきました。
博士はいま、どうしているのだろう?
そして、博士はいったい、いい人なのだろうか、それとも悪い人なのだろうか?
さらに、大江山課長が言っていたように、博士は本当に火星のスパイとして働いているのだろうか?
博士の研究所は、このようにめちゃめちゃに崩れ果てています。だから、博士がどこへ行ったのか見当もつきません。
とにかく、こんなところに博士が残っていないことだけは確かでした。
先生は、せっかく真夜中にここまでやってきたものの、あまりの状況にすっかり気落ちしてしまいました。
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