けたたましい呼出し音響とともに外から電話がかかってきました。
「お、きたようだ」
帆村は、かれにしか意味のわからないことをつぶやいて、電話機のほうへ足早にいきました。
かれがスイッチを入れたのは、国際電話の器械のほうでした。
やはりテレビジョンがついていて、電話をかけてくる相手の顔が映写幕にうつる方式の電話機だったのです。
映写幕のなかに、血色のいいアメリカ人の顔がうつりました。
顔の背景に、宇宙図が見えていました。
「やあ、ミスター・ホムラ。ぼくはきみを引っ張りだす役目を仰せつかったのだ。うちの社できみを雇って、出張してもらおうというんだがね、行先は宇宙のまっ只中だ。聞いたろう、さっきの臨時ニュース放送を……」
ぶっきら棒に、さっそく用件を切りだしたそのアメリカ人は、ニューヨーク・ガゼット新聞の社会部記者として名の高いカークハム氏でした。
そして彼カークハム氏は、これまで二、三の事件を通じて帆村荘六と知合いなのでした。
「だしぬけにぼくを引っ張りだして、どういう仕事をやれというのかね、カークハム君」
そういう帆村の声は、いつもの落ちついたしずかな調子でした。
「明朝はやく、こっちから『宇宙の女王』号の救援艇が十隻出発する。その一つにきみは乗るんだ。もう救援隊長テッド博士の了解をえてあるが、きみは『宇宙の女王』号の捜査にしたがうんだ。そして記事を全部わが社へ送ってくれるんだ。わが社は、それを新聞、ラジオ、テレビジョンを通じて特約報道としてアメリカはもちろん全世界にまき散らすんだ。――もちろんきみは引きうけてくれるね」
「その他に条件はあるのかね」
「ない。それよりはきみのほうの条件を聞かしてくれ」
「条件は別にないよ――おッと、ちょっと待ってくれ、カークハム君」
帆村は送話口でしゃべるのをちょっと中止して、横へ首をのばしました。
そこには三根夫がいて、しきりにじぶんの鼻を指さしていました。
「ゆきたいのか。……ふーん。」「ただし、ひどい目にあって泣き出したとしても、おじさんは知らないからね。本当に大丈夫か。決心は固いんだね」
帆村は小声で早口に甥と話してから、ふたたび映写幕の中のカークハム氏と向き合いました。
「条件はただ一つ。ぼくの甥、矢木三根夫という少年を、ぼくの助手として連れていくこと。これでいいだろうか」
「オーケー。では契約成立だ」
カークハム氏はにっこりと笑いました。
「救援艇が出発する一時間前までに、社へぼくを訪ねてきてくれたまえ。それまでにこちらは一切の準備と手続きを済ませておくから」
三根夫の買い物
大変なことになりました。急に話が決まり、アメリカへ飛ぶことになったのです。――いや、アメリカどころか、何千万キロも先の広大な宇宙の真っ只中に向かって旅立つことになったのです。
帆村荘六は、三根夫にあと三時間の自由時間を許しました。そして本日十三時に東京を出発する、成層圏航空株式会社の『真珠姫』号に乗り込んでニューヨークへ向かうことになったのです。それに乗れば、目的地には五時間で到着します。
三根夫はすっかり嬉しくなり、顔を真っ赤に上気させたまま、通りへと飛び出しました。この三時間の間に、彼は宇宙旅行の準備を整えるつもりでした。必要だと思ういろいろな品物を買い揃えなくてはなりません。それから、別れを告げておきたい先生や友だちも四、五人いましたが、全員を回る時間はないかもしれません。テレビ電話をかけて、それで済ませることにしましょう。
別れを告げるのは、それだけです。三根夫には両親も兄弟もいません。兄弟は最初からおらず、両親は早くに亡くなっているからです。ですから、一番近い身寄りといえば、帆村伯父だけでした。
「さあ、何を買って持っていこうかな」
三根夫は商店街を歩き回りました。そして、どうしても必要だと思うものを買い歩きました。たとえば、彼は十冊揃いの名作小説文庫を買いました。また、愛唱歌集と画集も買いました。それから工学講義録の二十四冊セットも購入しました。これらは艇内に閉じ込められて、退屈で長い旅行を続ける間に、楽しんだり勉強したりするためでした。
受信機や万年筆、手帳、トランプやピンポン用具などは、買おうとしましたがやめました。そんなものは艇内に備え付けてあるはずだからです。薬品を買う必要もないでしょう。服装に関するものもいらないはずです。靴などの履物も必要ないでしょう。艇内には、そういったものを作ってくれる裁縫師や靴屋さんがいるはずですから。
だんだん考えていくうちに、どうしても買っていかなければならない品物はあまりないことに気がつきました。もう家へ帰ろうかなと思った三根夫は、最後に、しばらく銀座の街ともお別れだと思い、そこを歩きました。
昔ながらの露店が、いろいろな小物を並べて賑やかに店を開いていました。それを一つ一つ覗き込んでいくうちに、三根夫はある店で、小さな娘の人形がオルゴール入りの小箱の上で、音楽とともに面白く踊る玩具を一つ買いました。彼はオルゴール音楽がとても好きだったのです。
それからしばらく行った先の店で、彼は一丁の丈夫なパチンコを買いました。さらにその先の店で、ガラスのはまった木箱の中で、自分の体よりもずっと大きな車をくるくると回し続ける、かわいい白ネズミを買いました。それは三つの車がついている一番良い白ネズミの小屋に、白ネズミを七匹つけて買ったものです。
オルゴール人形、パチンコ、車回しの白ネズミの小屋――なんだかあまり必要そうには見えない変な買い物ですが、とにかく勢いで三根夫はそれらを買ってしまったのです。いわば、余計なおまけの買い物でした。しかし、このおまけの買い物が、やがて三根夫にとって思いがけない大変な役目を果たしてくれることになろうとは、さすがに知る由もありませんでした。
三根夫が帰ってみると、伯父の帆村は相変わらず寝衣の上にガウンを羽織ったまま、暗号機を回し続けていました。特に出発の準備を進めている様子もありません。ですが、帆村は三根夫がその部屋に入ってきたとき、
「やれやれ、間に合ったぞ」
と独り言を言い、暗号機から一枚の紙を抜き取ってほっと一息つくと、その紙片を八つに折りたたんで、革製の名刺入れの中に突っ込みました。
「さあ、出かけよう」
伯父は寝衣を脱いで、外出用の服に着替えました。たった一分しかかかりません。それから机の上の雑品を集めてポケットに突っ込みました。さらに戸棚から一つのトランクを取り出し、手に下げました。
「ミネ君。出かけるが、君の準備はいいかい?」
「待ってください、おじさん。僕はこれから荷造りをするのです」
「おやおや、そうかい」……でもまだ三十分時間があるね」
救援艇の出発
ニューヨークのエフ十四号飛行場から、十台の救援ロケット艇が飛び立ったときの壮大な光景は、これを見送った人々はもちろん、世界中の人々に深い感動を与えました。
帆村荘六と、甥の三根夫少年は、テッド隊長が乗っている一号艇に乗り込みました。
各艇とも、乗組員は三十名でした。
コメント