初級翻訳・未来の地下戦車長 第10話

未来の地下戦車長

ひろびろとして、木がなく、土がやわらかで、草がみじかいところというと……」
 お百姓さんは、しばらく首をかしげていたが、やがて、とんと足をふんで、
「あるよ、あるよ。
この道を、むこうへ、一キロばかりいって、左を見ると丘がある。
まわりには松の木が生えているが、その丘の上は、三十万坪もあって、たいへんひろびろとしている。
そこがいいだろう」
「そんなところがあるのですか」
「いってみなさい。
あまり人がいないよ」

   生きている地下戦車

 その夜、一郎は、もぐらが入った箱を車にのせ、お百姓さんに聞いたその丘の上へいってみた。
ぼんやりと西の空に、月が出ていた。
なるほど、そこは、ひろびろとしている。
三十万坪はあろう。
芝草のようなものが生えているが、草は、きれいに短く刈られている。
ねころがっても、いいようなところであった。
「これは、いいところだなあ。
ここなら、もぐらを放すのには、もってこいの土地だ」
 一郎がもぐらを買いしめたわけは、夜になってもぐらを放し、生きている地下戦車であるもぐらが、土を掘るところを見るつもりだったからである。
「草のみじかさ加減も、これならおあつらえ向きだ。
もぐらさん、さあ放すから、どんどんここを掘ってみておくれ」
 一郎は、車の上から箱を下ろし、その入口をあけた。
箱の後ろをたたくと、もぐらはびっくりして、われがにとせまい入口からぞろぞろとびだした。
淡い月光の下に、草原をもぐらの大群が、突撃隊のようにころころとはいっていくところは、なかなか風変わりな景色であった。
一郎は、地下戦車長になる前に、もぐら隊長になろうとは、ゆめにも考えていなかった。
一郎は、十五円のもぐら隊のあとから、にこにこ笑いながら様子をみまもっていた。
なにしろ、もぐらの数は多いし、それに、ここはべらぼうに広いから、もぐらの行方をいちいち心配する必要はなかった。
いずれそのうち、もぐらのどれかが土を掘りだすだろうから、そうしたらそのもぐらのそばへいって、その地下進撃ぶりを観察すればいいのであった。
もぐらの大群は、まっ黒なかたまりになって、青草のうえをはいまわっている。
長いこと車に乗せられたので、まだびっくりしているらしい。
一郎は体をそらして、もう西の森かげに落ちそうな淡い片われ月を見上げた。
「ああ今ここに、高度国防国家日本建設の、かがやかしき歴史がくりひろげられていくのだ。
だがぼくの外に、だれもそれを知っている者がないのだ。
ああ、なんという神秘な夜であろう。
――だが一体、ここは、ばかにいいところだ。こんないいところを放っておかないで、家でも建てたらいいだろうに、おしいことだ」
 一郎は、詩情にかられたり、それからまた土地監理案を考えたり――。
そのうちに、もぐらの群が、なんだか、大きくなったように見えた。
それはへんなことだから、そばへいってみると、どうであろう。
もぐらはそれぞれ、草原に穴をあけて、中へもぐりこんでいるではないか。
中には、もう一メートルちかい穴を掘り、草原のうえに、土をもりあがらせているものさえいた。
「さあ、しめた。
生きている地下戦車隊が、地下進撃をおこしたぞ」
 これから、いよいよ、もぐらのお手並拝見である。
一郎は、懐中電灯をつけて、そっと、もぐらのそばによった。
草原が、むくむくともりあがってくると、つづいて、くろい土があがってくる。
下では、もぐら先生が、汗だくで、活動しているのであった。
だが、中はよく見えない。
そこで一郎は、もってきた杖のさきで、もぐらをおどかさないようにそっと土をどけた。
すると月光と懐中電灯の光がもぐらの背をてらす。
もぐら先生は、急に光をあびて、びっくり仰天、大いそぎで、土の中にもぐりこむのであった。
「ああ、やっている、やっている」
 一郎はかんしんして、もぐらが、あわてふためいて土を掘るのを、のぞきこんだ。
「なるほどなあ。
もぐら戦車は、はじめ、あの先のとがったかたい鼻で、土を掘りくずし、それから前脚をつかって、その土を、うしろへかき出す。
なるほどねえ、上手なものだ。
ふーん、かんしんしたぞ」
 一郎にほめられていることもしらず、もぐら先生は、まぶしくて苦しくてたまらない。
だから、命がけで、土を掘るのだった。
「これは十五円出した値うちがあったぞ。
なかなか参考になる。
これでもぐらが、象ぐらい大きかったら、本当の戦争に、もぐら隊をつかったかもしれないねえ。
ふーん、かんしんした」
 一郎は、さかんに、かんしんしていたが、かくしから、帳面を出すと、もぐらの活動ぶりを写生しはじめた。

   設計命令下る

 話は、それから、急に五年先へとぶ。
岡部一郎は、今やりっぱに成人して、ある機械化兵団の伍長になっていた。
これは、一郎が、少年戦車兵を志願して、めでたく入隊したことにより、この躍進の道が、ひらけたのであった。
一郎は、まじめで、ねっしんだから、いつも、模範兵であった。
選抜試験をうけると、そのたびに通過し、まだ年も若いのに、その冬には、伍長になった。
今でも彼は、毎朝営舎で目をさますと、まず真先に宮城を遥拝し、それから「未来の地下戦車長、岡部一郎」と、手習いをするのであった。
演習にいっているときには、土のうえに木の枝などをつかって、書くこともあった。
当時、一郎の隊長は、加瀬谷少佐であった。
少佐は、一郎に目をかけて、特にきびしく教育をした。
他の兵が、遊んでいるときも、一郎は少佐の前に坐って、いろいろむつかしい数学や技術の教育をうけた。
それからまた、ときには、外国の研究などについても、少佐は、知っているだけのことを、話してきかせた。
ある日のこと、加瀬谷少佐は、若き岡部伍長をよんで、いった。
「岡部伍長。
今日は、お前に、問題をあたえる。
相当困難な問題ではあるが、全力をあげて、やってみろ」
「はい」
「その問題というのは、一、最も実現の可能性ある地下戦車を設計せよ――というのだ」
「はい、わかりました。
一、最も実現の可能性ある地下戦車を設計せよ」
「そうだ。
一つ、やってみろ。
今から一週間の猶予をあたえる。
その間、加瀬谷部隊本部附勤務を命ずる」
「はい」
 一郎は、それをきくと、もう胸の中がうれしさ一ぱいで、ろくに口もきけないほどだった。
「では、引取ってよろしい。
明日から、早速はじめるのだぞ」
「はい。
自分の全力をかたむけて、問題をやりとげます」
 岡部伍長は、厳粛な敬礼をして、よき部隊長の前を下がった。
さあ、たいへんである。
これは、今までのように、彼の趣味だけの仕事ではない。
軍からの命令であった。
国軍のために、実戦に役立つ地下戦車を設計するのだ。
たいへんな任務であった。
彼は、早速その夕刻、原隊から、所持品一切をもって、隊本部へ移った。
彼のために、一つの部屋があたえられた。
それは、やがて倉庫になるらしい木造のガランとした部屋であった。
夕食が済むと、彼は、下士官集会所へも顔を出さず、この新しい部屋へもどってきて、電灯をつけた。
彼は、どこから手をつけようかと考えながら、ひろい部屋の中を、こつこつと靴音をさせながら、あるきまわった。

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