初級翻訳・人魚のひいさま 第3話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

あらしが近づいてくると、船はやがて沈んでしまう運命にあることがわかっていたので、みんなで船のそばへ泳ぎっていき、やさしい歌をうたって聞かせるのです。
海の底がどんなに美しいか、だから船の人たちは沈むことをそんなにこわがらなくてもいいんだよと、そう歌ってあげるのでした。
でも、その言葉の意味は人間にはわかりません。
人間たちはそれを、ただのあらしの音だと思い込んでいました。
それにまた、沈んでいく人たちが、沈みながら海の底を見るなんて、そんな上手くいくわけもありません。
なぜなら、船が沈んでしまえば、乗っている人たちはそのまま溺れてしまうからです。
そうして、冷たい亡骸(なきがら)となって、人魚の王さまの御殿へ運ばれてくるのですから。

きょうだいたちが、こうして手をつないで夕方に水の上へと上がっていくとき、一番下のひいさまだけは、いつもひとりぼっちであとに残されていました。
そうしてみんなのあとを見送っていると、なんだか泣かずにいられない気持ちになりました。
けれども、海を生きる乙女には、涙を流すということができません。
そのため、よけいにつらく、せつない思いをするのでした。
「ああ、わたし、どうかして早く十五歳になりたいなあ」
と、このひいさまは言いました。
「わたしにはわかっているわ。あの上の世界でも、そこに家をつくって暮らしている人間たちのことも、わたしきっと好きになれるはずよ」

やがて、とうとう、ひいさまも十五歳になりました。
「さあ、いよいよ、あなたもわたしの手を離れるときがきたんだよ」
とおばあさまがおっしゃいました。
「さあ、いらっしゃい。お姉さたちとおなじように、あなたにも素敵なめかしこみをしてあげるからね」
こう言って、おばあさまは、白ゆりの花かんむりをひいさまの髪に飾りました。
でも、その花びらというのが一枚一枚、真珠を半分に割ったものでできていたのです。
それからおばあさまは、さらに大きな8つの牡蠣(かき)をひいさまのしっぽにしっかりと吸い付かせました。それを高貴な身分のしるしとしたのです。
「こんなものをおつけになられたら、痛いわ」
と、ひいさまは言いました。
「高貴な身分というものはね、それなりの飾りが必要なの。すこしはがまんしなければいけないよ」
とおばあさまはおっしゃいました。
ああ、こんな飾りものなんて、どんなに放り捨てたかったことでしょう。
重たい花かんむりなんか、どんなに投げ出したかったことでしょう。ひいさまは、海底の花壇に咲いている真っ赤な花のほうが、自分にはるかによく似合うということをよく知っていました。
でも、いまさらそれをどうすることもできません。
「いってまいります」
とひいさまは言うと、それはそれは軽く、ふんわりと、まるで海の泡のように、水の上へと昇っていきました。

ひいさまが海の上にはじめて顔を出したとき、ちょうどお日さまは沈んだところでした。
でも、どの雲もまだ、ばら色にも金色にも輝いていました。
そうして、ほの赤く染まった空に、宵の明星(ほし)がそれは美しくきらきらと光っていました。
空気はなごやかに澄み渡り、海はすっかり穏やかに凪(な)いでいました。
そこには、三本のマストを持つ大きな船がぽつんと横たわっていました。
そよとも風が吹いていなかったので、一本のマストだけに帆が揚げられており、その周りを取り囲むようにして、水夫(すいふ)たちが帆綱や帆げたに腰を下ろしていました。
そのうち、音楽や唱歌の声が聞こえてきました。
やがて夕闇がせまってくると、何百という色とりどりのランプに火がともされ、まるで世界中の国旗が風になびいているかのように華やかに見えました。

人魚のひいさまは、その船室の窓のところまでずんずんとおほいで行きました。
波にゆり上げられるたびに、ひいさまは、水晶のように透き通った窓ガラスをすかして、中の様子をのぞくことができました。
そこには、大勢の人が晴れ着を着かざって集まっていました。でも、その中でひときわ目立って美しいのは、大きな黒目をした若い王子でした。
王子はまだ満十六歳より上にはなっていませんでした。
ちょうどきょうが誕生日だったので、このように盛大なお祝いをしているところだったのです。
水夫たちは甲板(かんぱん)でおどっていました。
そこへ若い王子が姿を現すと、何百という花火が夜空へ打ち上げられました。それがまるで真昼のようにあたりを明るく照らし出したので、ひいさまはびっくりして、いったん水のなかに身を沈めました。
けれど、またすぐに首を出すと、もうまるで大空の星が一斉に自分めがけて落ちかかってくるかのように思われました。
こんな花火なんてものを、ひいさまはまだ一度も見たことがなかったのです。
大きなお日さまがいくつもいくつも、しゅうしゅうと音を立てながら回り、すばらしくきれいな火の魚が青い中空へと跳ね上がりました。
そうして、それがみんな、鏡のようにたいらな海面に映し出されました。
そのおかげで船の上はとても明るくなり、甲板の上の帆綱がごく細いものまで一本一本はっきりと見えるほどだ、とみんなが話していました。
でも、まあ、若い王子のなんと本当にりっぱなことでしょう。王子はだれとでも握手をかわして、にぎやかに、またにこやかに笑っていました。
そのあいだも、音楽は、このおめでたい夜の部屋にひびきつづけました。
夜がふけていきました。
それでも、人魚のひいさまは、船からも、そこのうつくしい王子からも、目をはなそうとはしませんでした。
カラフルなランプは、とうに消され、花火ももう上がらなくなりました。
お祝いの大砲の音もとどろかなくなりました。
ただ、海の底で、ぶつぶつごそごそと、ささやくような音がしていました。
ひいさまは、やはり水の上にのっかって、上に下にゆられながら、船室のなかをのぞこうとしていました。
でも、船はだんだんスピードをあげて、帆は一枚一枚しっかりと張られました。
そうこうするうちに、波が高くなってきて、大きな黒雲がわきだしてきました。
遠くでいなづまが、光りはじめました。
やれやれ、おそろしいあらしになりそうです。
それで水夫たちはおどろいて、帆をまき上げました。
大きな船は、あれる海の上をゆられゆられ、とぶように走りました。
潮が大きな黒い山のように高くなって、マストの上にのしかかろうとしました。
けれど、船は高い波と波のあいだを、まるで白鳥がふかく水にもぐるかと思うと、またもりあがる高潮の上につき上げられて出てきました。
これは海のおとめの身にしてみれば、なかなかおもしろい見ものでしたが、船の人たちはそれどころではありません。
船はぎいぎいがたがた鳴りました。
あんなに頑丈な船の板も、ひどく横腹を打ちつけられて曲がってしまいました。
マストはまんなかからぽっきりと、まるで足なんかのかようにもろく折れました。
船は横倒しになって、潮がどどっと、所かまわず船にながれ込みました。
ここではじめて、人魚のひいさまも、船の人たちの身の上があぶないということがわかりました。
そればかりか自分も、水の上におしながされた船のはりや板きれにぶつからないように気をつけなければなりませんでした。

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