その姿も、人間の目には見えないものでした。
つばさがなくても、からだが風船のように軽いために、空中にふんわりとただよっているのでした。
人魚のお姫さまは、そのふしぎなものたちと同じように、自分のからだもすっかり軽くなって、あわの中からスルスルとぬけ出て、だんだん上へ上へとでのぼっていくのを感じました。
「わたしたちは、いまどなたのところへ行くのでしょうか?」と、お姫さまはまわりのものたちにたずねました。
その声は、あたりにただよっているほかのものたちと同じように、美しく、とうとく、ふしぎにひびきわたっていました。
それは、どんな地上の音楽をもってしても、決してまねすることのできない美しいしらべでした。
「いまから『空気の娘たち』のところへ行くのよ!」と、みんながやさしく答えました。
「人魚の娘にはね、死ぬことのない永遠の魂というものがありません。
でも、人間を心から愛し、自分の優しさや自己犠牲によってそれを証明しなければ、どんなに願っても、決してその魂を手に入れることはできないのです。人魚がいつまでも生きつづける命を手に入れるには、自分以外のものの力にたよるしかないのです。
空気の娘たちにも、やっぱり、終わりがない魂はありません。
けれども、よい行いをすれば、やがてそれをいただくことができるのです。
あたしたちは、暑い国へ飛んでいきます。
そこでは、空気がむし暑くて、毒をもっていますから、そのせいで人間は死んでしまうのです。
だからこそ、そこで、あたしたちはすずしい風を送ってあげるのです。
それから、空に花のかおりをふりまいて、だれもがさっぱりした気分になれるよう、みんなが元気になれるようにしてあげるのです。
こうして、三百年のあいだ、あたしたちにできるかぎりのよい行いをしようとつとめれば、終わりがない魂をいただいて、果てしない人間のしあわせをもらうことができるのです。
まあ、お気の毒なお姫さま。
あなたも、あたしたちとおなじように、まごころをつくして、がんばっていらっしゃったのですね。
ずいぶんと苦しいめにあわれたでしょうけれど、よくがまんしていらっしゃいました。
こうして、いまは、空気の精の世界へとのぼっていらっしゃったのですよ。
さあ、あと三百年、よい行いをなされば、終わりがない魂が、あなたにもいただけるのですよ」
人魚のお姫さまは、すきとおった両腕を、神さまのお日さまのほうへと高くさしのべました。
そのとき、生れてはじめて、涙がほほをつたわるのを感じたのです。
――
船の中が、また、がやがやとにぎやかになりました。
見ると、王子が美しい花嫁といっしょになって、お姫さまをさがしています。
お姫さまが波の中に身を投げたことを、まるで知っているかのように、ふたりはあわだつ波間を悲しそうに見つめていました。
人間の目には見えないけれど、人魚のお姫さまは、花嫁のひたいにそっとキスをして、王子にはにっこりとほほえみかけました。
それから、ほかの空気の娘たちといっしょに、空にただよう美しいバラ色の雲のほうへとのぼっていったのです。
「そうすると、三百年たったら、あたしたちも、神さまのお国へのぼっていけるのね」
「でも、もっと早く行けるかもしれないわよ」と、空気の娘のひとりがささやきました。
「あたしたちは、人に見られないで、子供のいる人間の家に入っていくの。
そうして、おとうさんやおかあさんをよろこばせて、おとうさんやおかあさんにかわいがられているよい子供を、毎日みつけるのよ。
そうすると、神さまがそれをごらんになっていて、あたしたちのテストの時間を短くしてくださるの。
その子には、あたしたちがいつお部屋の中を飛んでいるのかわからないわ。
でも、そういう子供をみつけると、あたしたちはうれしくなって、つい、にっこりと笑いかけてしまうの。
そうすると、すぐに三百年のうちから一年のちがいがへらしてもらえるのよ。
けれども、その反対に、おぎょうぎのわるい、よくない子供を見ると、悲しくなって、思わず泣いてしまうわ。
そうすると、今度は、涙をこぼすたびごとに、神さまのテストの時間が、一日ずつ長くなっていくのよ」――
初級翻訳・人魚の姫 第11話
アンデルセン ハンス・クリスチャン
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