次の日、お寺の懺悔室(ざんげしつ)で、大僧正は王さまに自分が目撃したことと、恐ろしい思いつきをすべて告げ口しました。
大僧正の口からひどいのろいの言葉がはきだされると、お寺の中にかざられていた昔の高名なお坊さまたちの石像が、まるで「そんなことはないぞ!」と言うように首をふりました。
もしあの石像に声があったなら、「ちがうぞ、エリーザは無実だ、罪なんかないんだぞ!」と大声で叫んでくれたことでしょう。
けれども大僧正はそれを全くちがう意味にとりました。
――あべこべに、それこそエリーザに罪がある動かぬ証拠であり、その罪を憎いと思っているからこそ、石像たちが首をふっているのだと思い込んだのです。
そのとき、ぽろり、と大粒の涙が王さまのほおをこぼれ落ちました。
王さまは、生まれて初めてエリーザに対する疑いの心を抱いたまま、お城へと帰っていきました。
心が乱れて、落ち着いて眠るどころではありません。
王さまがそっと様子を見ていると、はたしてエリーザが夜中にそっと起きあがって出かけていくのをみつけました。
それからは毎晩、おなじことが繰り返されました。
そのたびに王さまはそっとあとをつけていって、エリーザが例のほら穴のような小部屋に姿を隠してしまうのを確認したのです。
日一日と、王さまの顔はどんどん暗く、曇っていきました。
エリーザは夫の変化に気づき、なぜそんなふうになってしまったのか理由はわからないものの、心配で心配でたまらなくなりました。
そのうえ、遠く離れたきょうだいたちのことを心の中で思い出し、胸が張り裂けそうに苦しんでいました。
エリーザの流す熱い涙は、お妃さまが身につけているビロードと紫色の絹の服の上にぽたぽた零れ落ち、まるでダイヤのようにキラキラと輝いて見えました。
そんな華やかな着飾った姿を見る人はだれもが、自分もあんなお妃さまになりたいとうらやましがったのです。
そうこうしているうちに、エリーザの過酷なお仕事もいよいよ最後の仕上げに近づいていました。
あとほんのひと枚、最後のくさりかたびらが途中のままで残っているだけでした。
しかし、用意していたイラクサの草はもう一本も残っていません。
だからもう一度だけ、これが最後だと思ってお寺の墓地へ行き、ほんのひと掴みだけでも草を引っこ抜いてこなければならなかったのです。さすがのエリーザも、ひとりぼっちの暗闇の中へ行くことや、あのおそろしい魔物たちにまた出会うかもしれないことを考えると、心がすくむようでした。
それでも、神さまをしっかり頼る信心深さのおかげで、エリーザの決心はあくまでも固いものでした。
エリーザは出かけていきました。
ところで、王さまと大僧正もその後をつけていきました。
ふたりは、エリーザが門の格子戸をぬけて、墓地の中へと消えていく姿を目撃したのです。
そばへ寄って見てみると、血を吸う魔物たちが、エリーザが言っていたとおりにお墓の石の上にのっていました。
王さまは、その中にまさか自分の愛するお妃エリーザがいるのではないかと、ぎょっとしました。
ついその夕方まで、そのお妃が自分の胸の中にいたことを思い出していたからです。
「さばきは人民にまかせよう」
と、王さまは言いました。
そこで、人民たちは「エリーザを火あぶりの刑に処する!」という恐ろしい宣告を下しました。
目の覚めるような立派な王宮の広間から、暗くてじめじめした地下のろうやへ、エリーザは押し込められてしまいました。
冷たい風が、鉄格子の窓からぴゅうぴゅうと吹き込みました。
今まで着ていたビロードや絹のドレスのかわりに、エリーザが集めたイラクサの束が無造作にほうりこまれました。
そのイラクサの束の上に、エリーザは頭をのせることだけが許されたのです。
そして、自分で編んだ、とげだらけで燃えるようなくさりかたびらが、羽ぶとんと夜着のかわりになりました。
けれどエリーザにとって、これ以上うれしい贈り物はありませんでした。
エリーザはお仕事をつづけながら、心の中で神さまにお祈りを続けました。
外では、町の意地悪な子どもたちが、悪口の歌を歌っていました。
やさしい言葉をかけてくれる人は、だれひとりいませんでした。
ところが、夕方になって、鉄格子のすぐ近くではくちょうの羽ばたきが聞こえてきました。
それは、いちばん末のおにいさまでした。
おにいさまはいもうとを見つけてくれたのです。
いもうとはうれしさのあまり声をあげて、すすり泣きました。
そのくせ、心のなかでは、「もうすぐ夜になれば、私はこの世とお別れだわ」と思っていました。
でも、お仕事はもうひと息でしあがります。
それに、おにいさまいたちも今まさにそこに来ているのです。
大僧正は王さまと約束して、終わりのときまでエリーザのそばについていることに決めていました。
だからこのときもそばへ寄ってきて、冷たい言葉をかけました。けれどエリーザは首をふって、目つきと身ぶりで、どうか出ていってほしいとたのみました。
今夜こそ、お仕事を仕上げてしまわなければなりません。
そうでなければ、せっかくいままでに流したなみだも、苦しみも、眠らない夜を明かしたことも、みんなぜんぶ無駄になってしまうのです。
大僧正は意地の悪い、のろいの言葉を捨てぜりふに残して、部屋から出ていきました。
でもエリーザは、自分には何の罪もないことをよく知っていました。
だから気にせずにお仕事をつづけました。
小さなハツカネズミが、ちょろちょろと床の上をかけまわって、イラクサを足のところまで引っ張ってきてくれました。
エリーザのお手つだいをしていくつもりだったのです。
すると、ツグミも窓の格子のところにとまって、ばんじゅう、一生けんめいにおもしろい歌をうたって、気がめいらないようにとげましてくれました。
まだ外は、夜明け前のうす明るい時間でした。
あと一時間待たなければ、お日さまは昇らないでしょう。
そのとき、十一人のきょうだいたちがお城の門のところへやって来て、王さまにお目どおりを願いたいとたのみました。
けれどもまだ夜が明けていないのだから、そんなことはできないと言われました。
王さまはまだ眠っていらっしゃるのだから、その眠りをジャマしてはならないというのです。
それでもきょうだいたちは頼み込んだり、おどかしたりしました。
近衛の兵隊たちが外に出てきました。
いや、そのうちに王さまご自身まで出ておいでになって、どういうわけなのかとお尋ねになりました。
するとどうでしょう、もうきょうだいたちの姿はどこにもありませんでした。
ただ十一羽の野のはくちょうが、お城の上をとびまわっているだけでした。
町じゅうの人民たちが残らず町の門にあつまって来て、魔女が焼き殺されるところを見ようと、ごったがえしてひしめきあいました。
よぼよぼのやせ馬が一頭、罪人を乗せる馬車をひいてやって来ました。
やがてエリーザは、そまつな麻の着物を着せられました。
あのうつくしい髪の毛は、きれいな首筋にだらしなくみだれたまま下がっていました。
ほおは死人のように真っ青に青ざめていました。
くちびるはかすかにふるえながらうごいていました。
そのくせ指はまだ、緑色の麻の糸をせっせと編みつづけていました。
コメント