初級翻訳・古事記物語 第22話

古事記物語

そして「天皇はすでにお亡くなりになった」と言いふらし、そのご遺体を運んで帰るようなふりをして、筑紫を出発されました。
一方、香坂・忍熊の二人の皇子たちは、その知らせを聞くと案の定、自分たちが跡を継ごうと動き出しました。
彼らはまず、皇后の軍勢を待ち伏せて討ち滅ぼそうと考え、急いで兵を集めて摂津の斗賀野(とがの)というところまで進軍しました。
皇子たちは、その野原で試しに狩猟を行い、その獲物によって戦の吉凶を占おうとなさいました。香坂皇子(かごさかのおうじ)は、くぬぎの木に登って、狩りの様子をじっと見ていらっしゃいました。
するとそこへ突然、手傷を負った大きないのししが現れて、そのくぬぎの木の根元をどんどん掘り返し始めました。
そしてあっという間に木をガタガタと掘り倒したかと思うと、いきなり香坂皇子に飛びかかり、ガツガツと食べてしまいました。
しかし、弟の忍熊皇子(おしくまのおうじ)は、そんな不吉な前兆にも全く動じず、そのまま軍勢を引き連れて海岸まで押し寄せ、待ち構えていました。
そのうちに、皇后たちが乗る船団が見えてきました。
忍熊皇子は、喪船(葬儀のための船)には兵士が乗っていないはずだと考え、まず真っ先にその船を目がけて討ちかかりました。
ところが、その船の中には、あらかじめ選び抜かれた精鋭の兵たちが隠れていたのです。
船が岸に着くやいなや、彼らは「うわっ!」と飛び降りて、たちまち激しい戦いを始めました。
そのとき忍熊皇子の軍勢には、伊佐比宿禰(いさひのすくね)という人物が総大将として立っていました。
それに対して皇后軍からは、建振熊命(たけふるくまのみこと)という力強い将軍が攻めかかりました。
建振熊命は見る見るうちに宿禰の軍勢を打ち破り、どこまでもどこまでも追いかけていきました。
すると敵は山城(やましろ)の地で踏みとどまり、頑固に防戦を始めました。
建振熊命は「何を!」と怒りながら、死にものぐるいで何度も攻め立てました。
しかし、どんなに焦っても敵は一歩も退こうとしません。
建振熊命は、これではキリがないと思い直し、急いで味方の兵をまとめると、敵軍に向かってこう申し入れました。
「実は、皇后さまが急にお亡くなりになった。我々にはもう戦う気はない」
そう言って、目の前で兵士たちに弓の弦をすべて断ち切らせ、まるで本当に降参したかのように見せかけて、伊佐比宿禰を油断させました。
すると伊佐比宿禰はすっかり気を許して、自分のほうもみんなに弓の弦を外させ、すべての武器を片付けさせてしまいました。
建振熊命はその瞬間を見逃さず、「それッ!」と合図をしました。
すると部下の兵たちは、髪の中に隠し持っていた予備の弦を瞬く間に弓に張り、「うわーっ!」と鬨(とき)の声を上げて攻めかかりました。
敵はまんまと不意を突かれて、総崩れになって逃げ出しました。
建振熊命は勝機を逃さず、どんどん追いかけました。
敵軍は近江(おうみ)の逢坂(おうさか)というところまで逃げ延び、そこで一度は踏みとどまって戦いましたが、またしても攻め崩されて、バラバラに逃げていきました。
建振熊命は、とうとう近江の篠波(ささなみ)というところで追い詰め、敵の兵士を一人残らず斬り殺してしまいました。
そのとき、忍熊皇子と伊佐比宿禰は、危ういところで船に飛び乗り、湖の中へと逃げ出しました。
しかし、このままではすぐに捕まってしまうことは火を見るより明らかでした。そこで皇子は宿禰に向かってこう歌いました。

「さあ、おまえ。振熊に殺されるくらいなら、鳰鳥(におどり)のように、この湖の底深くにもぐってしまおうよ」

そう詠むと、二人はザンブと湖に飛び込み、そのまま溺れ死んでしまいました。

四

皇后は、こうして無事に大和(やまと)へお帰りになりました。
しかし武内宿禰(たけうちのすくね)だけは、幼い天皇をお連れして、穢れを払うための禊(みそぎ)をするために近江や若狭を巡り、越前(えちぜん)の鹿角(かづの)というところに仮の宮殿を建てて、しばらく滞在していました。
するとその土地の神である伊奢沙和気大神(いざさわけのおおかみ)が、ある夜、宿禰の夢の中に現れてこう言いました。
「わしの名前を、幼い天皇のお名前と取り替えてはくれぬか」
宿禰は、「それはあまりにもったいないお言葉でございます。ありがたくお受けいたします」とお答えしました。
すると大神は、「それでは、明日お供を連れて海岸へ来るがよい。名を取り替えてくれたお礼を差し上げよう」と言いました。
翌朝早く、天皇をお連れして海岸へ行ってみると、なんと鼻の先に傷を負った、数え切れないほどのイルカが浜辺いっぱいに打ち上げられていました。
宿禰はさっそくお社へ使いを立てて、「食料となるお魚をたくさんいただき、誠にありがとうございます」とお礼を申し上げました。
その後、天皇は大和へお帰りになりました。
待ちわびていたお母上の皇后は、この上なくお喜びになり、すぐにご用意していたお酒を出して、お祝いの宴を催されました。
皇后は、こう歌いました。

「このお酒は、私が醸した酒ではない。薬の神である少名彦名神(すくなひこなのかみ)が、あなたのご運を祝い、喜びさわいで造ってくださったお酒です。だから残さず、すっかり召し上がってください。さあさあ、どうぞ」

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