初級翻訳・古事記物語 第11話

古事記物語

「もしもし、あなたはどうしてそんなに泣いておいでになるのでございますか」と聞いてくれました。弟さまは、
「私はお兄さまの釣り針をお借りして漁をしたのですが、その針を海の中へなくしてしまったのです。
だから代わりの針をたくさん作ってお返ししたのですが、お兄さまは『どうしても元の針を返せ』とおっしゃって、決して聞き入れてくださらないのです」
と、わけをお話しになりました。

塩椎神(しおつちのかみ)はそれを聞くと、たいそうお気の毒に思いまして、
「それでは私が、うまくいくように取り計らって差し上げましょう」
と言いながら、大急ぎで、水が少しも入らないように固く編んだ、籠(かご)の小船をこしらえて、その中へ火遠理命(ほおりのみこと)をお乗せしました。

「それでは私が押し出して差し上げますから、そのままどんどん海の真ん中へ出ていらっしゃい。
しばらく進んでいくと、向こうの波間に道ができておりますから、それに沿ってどこまでも流れていくと、やがてたくさんの棟(むね)が魚のうろこのように立ち並んだ、大きな大きなお宮へ着くはずです。
それは綿津見神(わたつみのかみ)という海の神の御殿でございます。
そのお宮の門のわきに井戸があります。
井戸の上には桂(かつら)の木が覆いかぶさっておりますから、その木の上に登って待っていらっしゃい。
そうすれば、海の神の娘が見つけて、ちゃんと良いように取り計らってくれますから」
と言って、力いっぱいその船を押し出してくれました。

二

命はそのままずんずん流れてお行きになりました。
すると全く塩椎神が言った通り、しばらくして大きな大きなお宮へお着きになりました。
命は早速その門のそばの桂の木に登って待っておいでになりました。

そうすると、まもなく、綿津見神の娘である豊玉媛(とよたまひめ)のお付きの女官が、玉の器を持って、桂の木の下の井戸へ水を汲みに来ました。
女が井戸の中をのぞくと、人の姿が映っているので不思議に思い、上を見上げると、桂の木の上に気高い男の方がいらっしゃいました。
命は、その女に「水をくれ」とおっしゃいました。
女は急いで玉の器に汲み入れて差し上げました。

しかし命はその水をお飲みにならず、首にかけておいでになる飾りの玉をお解きになって、それを口に含み、器の中へ吐き入れて、女にお渡しになりました。
女は器を受け取ってその玉を取り出そうとしましたが、玉は器の底に固くくっついてしまって、どうしても離れませんでした。
それで、そのまま中へ持って入り、豊玉媛にその器ごと差し出しました。

豊玉媛は、その玉を見て、
「門口にどなたかいらっしゃるの?」と聞きました。
女は、
「井戸のそばの桂の木の上に、気高い男の方がいらっしゃいます。
その方は、こちらの王さまにも勝るほど、それはそれは高貴でいらっしゃる方です。
その方が『水をくれ』とおっしゃったので、すぐにこの器へ汲んで差し上げましたところ、水はお召し上がりにならず、首飾りの玉を中へ吐き入れられました。
そうしましたら、その玉がご覧の通り、どうしても底から離れないのでございます」
と言いました。

媛は命のお姿を見ますと、すぐにお父さまの海の神のところへ行って、
「門口に素晴らしい方がいらしています」と言いました。
海の神は、わざわざ自分でお出迎えに出て、
「おや、あのお方は、大空からお降りになった貴い神さまのお子さまだ」
と言いながら、急いでお宮へお通ししました。

そして、あしかの毛皮を八枚重ねて敷き、その上にさらに絹の畳を八枚重ねて、そこへ座っていただいて、ごちそうをたくさん並べ、それはそれは丁寧におもてなしをしました。
やがて豊玉媛をお嫁に差し上げました。
こうして命はそのまま媛と一緒にそこにお住まいになりました。

そのうちに、いつのまにか三年という月日が過ぎました。
すると命はある晩、ふと例の釣り針のことを思い出し、深いため息をつかれました。
豊玉媛は翌朝、そっと父神のそばへ行って、
「お父さま、命はこのお宮に三年もお住まいになっていても、これまでただの一度も暗い顔をなさったことがないのに、昨夜に限って深いため息をつかれました。
何か急にご心配なことでもおできになったのでしょうか」
と言いました。

海の神はそれを聞くと、あとで命に向かって、
「先ほど娘が申しますには、あなたは三年の間こんなところにおいでになりましても、ふだんはただの一度も嘆いたことがないのに、昨夜はじめてため息をつかれたとのこと。
何かわけがおありになるのでございますか。
いったい、一番初めはどうしてこの海の中などへおいでになったのですか」
とこう言ってお尋ねになりました。
命はこれこれこういうわけで、釣り針を探しに来たのです、とお答えになりました。海の神はそれを聞くと、すぐに海じゅうの大きな魚や小さな魚を一ぴき残さず呼び集めて、
「この中にだれか命の針をお取り申した者はいないか」と聞きました。
すると魚たちは、
「こないだから雌だいがのどにとげを立てて物が食べられないで困っておりますが、ではきっとお話のつり針をのんでいるに相違ございません」と言いました。
海の神はさっそくそのたいを呼んで、のどの中をさぐって見ますと、なるほど、大きなつり針を一本のんでおりました。
海の神はそれを取り出して、きれいに洗って命にさしあげました。
すると、それがまさしく命のおなくしになったあの針でした。
海の神は、
「それではお帰りになって、おあにいさまにお返しになりますときには、

いやなつり針、
わるいつり針、
ばかなつり針。

とおっしゃりながら、必ずうしろ向きになってお渡しなさいまし。
それから、こんどからはおあにいさまが高いところへ田をお作りになりましたら、あなたは低いところへお作りなさいまし。
そのあべこべに、おあにいさまが低いところへお作りになりましたら、あなたは高いところへお作りになることです。
すべて世の中の水という水は私が自由に出し入れするのでございます。
おあにいさまは針のことでずいぶんあなたをおいじめになりましたから、これからはおあにいさまの田へはちっとも水をあげないで、あなたの田にばかりどっさり入れておあげ申します。
ですから、おあにいさまは三年のうちに必ず貧乏になっておしまいになります。
そうすると、きっとあなたをねたんで殺しにおいでになるに相違ございません。
そのときには、この満潮の玉を取り出して、おぼらしておあげなさい。
この中から水がいくらでもわいて出ます。
しかし、おあにいさまが助けてくれとおっしゃられておわびをなさるなら、こちらのこの干潮の玉を出して、水をひかせておあげなさいまし。
ともかく、そうして少しこらしめておあげになるがようございます」

こう言って、そのたいせつな二つの玉を命にさしあげました。
それからけらいのわにをすっかり呼び集めて、
「これから大空の神のお子さまが陸の世界へお帰りになるのだが、おまえたちはいく日あったら命をお送りして帰ってくるか」と聞きました。
わにたちは、お互いにからだの大きさにつれてそれぞれかんじょうして、めいめいにお返事をしました。

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